第三十三話 森の拠点と歓迎の証
俺たちの王都は、茶色だらけの土の街だ。
ここにも緑が欲しい。公園、街路樹、花壇が欲しい。『デベロ・ドラゴ』を住み良い国にする為、第五区画だけでなく、王都の緑も復活を目指す。
「《精霊召喚》」
サーシャが呪文を唱える。精霊たちが現れ、手を繋いで円を作った。円の中心が光り輝き、乾いていた大地から木が生えた。木の周囲にと草が茂り土も栄養に満たされていく。
「やっぱり凄いな……」
俺が感心していると、サーシャは残念そうにこう言った。
「でも、ちょっと大変そうです」
どうやら、一本の木を生やすだけでも大量の魔力を消費するようだった。ハイエルフの覚醒時、森を生み出した時とは、全く別物のようだ。
「無から生命を生み出すのは、それだけ大変な事なのじゃ」
グウィンは何でも知っているかのように呟いた。絶対忘れてると思うけど、事を荒立てる必要はない。
「全ての魔力を使い切ったとしても、10本が限界ですね。グウィンちゃんのお肉を食べながらなら何とかなるでしょうが」
サーシャはそう言った。無理はさせたくないが、一日に一度や二度であれば、問題もないだろう。
……と思ったが、そうは上手くいかなかった。尻尾肉を食べて、サーシャの魔力が回復しても、精霊たちは舞い降りなかった。
「私の魔力が回復しても、精霊たちの魔力……精霊力が回復しないみたいなんです」
「精霊を降ろす魔力と、精霊が草木を茂らせる魔力は別物ということか」
「サーシャ、鑑定してもいい?」
「お願いします!」
「うん……《詳細鑑定》」
俺はサーシャの新スキル「精霊魔法」を詳細鑑定した。
精霊魔法 Lv.1 (レベルアップには延べ200体の精霊を召喚する必要がある 現在20/200)
「うーん。サーシャの精霊魔法はまだスキルレベル1だから、レベルが上がれば呼べる精霊の数も増えるかもしれないけど……サーシャ、一度の召喚でやってくる精霊は何人なの?」
「人数……ですか? わかりません」
覚醒後に精霊を召喚したのが二度。それで延べ20の精霊召喚しているという事は……
「俺の勘が確かなら、今のサーシャが一度に召喚出来る精霊は10人だ。スキルレベルが上がれば変わってくると思う」
「英太さんは本当に凄いですね」
昔、この手のゲームを作っていましたので……とは言えなかった。
言っても良いのか? でも、異世界からの転生者だとわかったら、混乱を生むだろう。今はまだ、誰にも言うべきではない。
「サーシャよ、水の精霊を召喚して、湖を生み出す事は出来ぬのか?」
「確かに……ドライアドの魔力が尽きただけで、サーシャの魔力は回復するもんな」
「ごめんなさい。私が繋がれたのはドライアドだけだったみたいなんです。ハイエルフになったので、他の精霊とも繋がれる筈なのですが……」
本来ならばサーシャは全ての精霊を呼び出せるそうだ。しかし出来ない。精霊魔法のスキルレベルが足りないのか、全く反応が無いとの事だった。
「ふむ、そもそも、この島に精霊はおらんのかもしれぬな」
「草木も水も枯れ果てた『死の大地』だもんな。ドライアドと繋がれただけでも凄いよ」
「ドライアドは結界を通り抜けて来たのでしょうか?」
「そう考えるのが一番自然かな」
サーシャが覚醒した日の神々しさを目の当たりにしたら、何が起こったって不思議じゃない。
「良いように捉えようぞ。少しずつ緑地化を進めていった方が身の安全を担保できるというものじゃ」
優しいぜ、ブラックドラゴン!
「そのぶん英太はクリエイトを多用せよ。鉄、銅、ミスリル、欲しい素材は山のようにあるぞ」
優しくないぜ、ブラックドラゴン!
☆★☆★☆★
それからの2週間、俺は再び土の創造主と化した。土からの土、土からの鉄、土からのミスリルに、『死の滝の水』を撒く為の貯水槽から、噴霧器の作成……などなどと、今まで以上の過酷な日々を過ごした。
しかし、過酷に働いたにも関わらず、スキルレベルの上昇速度が目に見えて落ちていた。
2週間をほぼほぼクリエイトに費やしたが、上がったのは土魔法のスキルレベルだけ。クリエイトそのもののスキルレベルには変化が無かった。レベルが上がるつれて、必要な経験値は増えていく。ユニークスキルのスキルレベルを上げる為には、今までとは比べ物にならない回数と質量を必要とするのだろう。
サーシャは王都に木を生やしながら、生活魔法のスキルレベル上げに精進する……が、こちらもレベルアップには至らなかった。
サーシャのステータスは詳細鑑定で確認出来るので、スキルレベルを上げるまでに必要な魔法の試行回数がわかる。サーシャの生活魔法をレベルアップさせるには、20000MPの消費に加えて5000回魔法を使用する必要があった。
サーシャに関しては「無理をさせない」というグウィンの方針もある。精霊魔法を使いながらでは時間がかかるのも致し方ないだろう。
という事で、緑地化計画は牛歩の如く進んだ。それとは逆に、第五区画の森林伐採に関しては、新たな発見があった。
木を伐採しても、そこに根さえ残っていれば、サーシャの魔力で再生可能だったのだ。消費する魔力もそこまで膨大ではなく、一日200本は再生可能だ。これは嬉しい誤算だった。
木材の加工は『創造』の本領を発揮するところだった。裁断や加工だけに限らず、本来ならば必要な木を乾かす工程も、一瞬にして終わってしまう。
さあ、木材を使って建築を進めていくぞ……と思ったが、ここで気付いた事がある。家というていを成すだけなら、木である必要が殆どない……というよりも、俺が『創造』で創り上げた土の家が、とてつもなく優秀なのだ。
勿論、木の温もりを感じたり、趣があったり、良さはあるのだが、森林を伐採してまで木の家に……というところはあった。
という事で、木材は定期的に切り落としつつ、そのほとんどをいずれ使う為の素材として保管する事にした。
箸や机など、細々とした家具を除いて、木材を使用したものは今のところ2つだけ。
「英太さん! 凄いです! 凄いです! カッコいい!」
「ふむ、流石は妾の友達じゃ! しかし勘違いするなよ! カッコいいのは家じゃ! 英太の事ではないぞ!」
二人が絶賛したのは、第五区画の拠点として使用する、特製ログハウスだ。週末をログハウスでスローに過ごす。起きている時間は全て仕事だった前世で憧れていた事でもある。
所々は土や鉄で補完しつつではあるが、99%木製のお洒落ログハウスを創り上げる事に成功した。サーシャが生み出した加護を得た木だからか、癒されるというか、空気が澄んでいるというか、断熱効果があるというか……なんだか心地がいい。ログハウスは中の家具もウッディに統一する予定だ。
そして「王都」と名付けた島の中央部。そこに六角形の壁を用意した。中央部の王都と他の区画を明確に分け、それぞれに王都へと繋がる門を設置した。
多くの種族を『デベロ・ドラゴ』に迎える為の準備でもある。
サーシャから聞いた『不可侵』条約を鑑みての事だった。2025年もの間、長きにわたって他種族との交流を絶っている。他種族に抵抗のある者も多いだろう。だから、六つの区画を移住してくれる種族に提供する事にしたのだ。
その上で、中央部の王都は様々な種族が交流出来る街にしたい。
もちろん、税や諸々の事はまだ何も決まっていない。それでも俺は、この国に色んな人を招きたいと考えている。交流のなかった種族や、封印された邪神が笑い合えるような国だ。デベロ・ドラゴは不可侵の外側にある国にしたい。
その第一歩として、六つある王都の門にその名を刻んだ看板を作る事にした。
それが、木材で作った二つ目だ。
サーシャが生み出した『木材』と、グウィンが切り落とした『鱗』を素材として、おれのスキル『創造』で作った、この街の象徴だ。
「『デベロ・ドラゴ』へようこそ」
威厳よりも歓迎を……それがデベロ・ドラゴだ。中に入ってブラックドラゴンに威圧されたとしても……それはご勘弁を!




