第三十二話 緑地化計画
精霊魔法が発動した場所から近いところに生えた木は、とんでもない魔力を持つ神聖な木だった。空気がピリピリするようなオーラを放っていて、近づくだけで背筋がゾクッとする。しかし、少し離れた場所に生えた木は、魔力がほんの微量しかなくて、ごく普通の木って感じだ。触っても何も感じないし、素材として使う分には問題なさそうだった。
俺は地面に目を落とし、そこに生えている草や花を鑑定してみることにした。
鑑定結果が頭に浮かぶ。まずは草から。
名称:青葉草
年齢:1日
ランク:C
状態:健康
特徴:
精霊魔法によって生まれた普通の草。高さは約15cmで、青々とした葉が風にそよいでいる。指で軽く触ると柔らかい感触が伝わってきて、見た目も性質もよくある牧草に近い。魔力はまるで感じられず、特別な効果もない。
備考:
肥料や家畜の餌として利用可能。
草原に植えれば、自然に溶け込んで機能する。
家畜の餌に使えるらしい。食べられなくはないみたいだが、味は期待できそうにないな。
次に、花に目を移す。
名称:白鈴花
年齢:1日
ランク:C
状態:開花済み
特徴:
精霊魔法によって生まれた白い小花。ベルのような形が可愛らしくて、直径は約2cmくらい。そっと鼻を近づけると控えめな香りが漂ってくるが、魔力も特別な効果も感じられない。観賞用や装飾にはぴったりだ。
備考:
自然に枯れるまで約1週間。
花束や庭の飾りに使えるが、特別な能力は持たない。
木と違って、近くにある草や花にも大した魔力は宿ってないみたいだ。さらに詳しく鑑定してみたが、専門的な言葉が羅列されるだけで、俺が知ってる植物と別物なのか、ただ名前が違うだけなのか、さっぱり判断がつかなかった。
「ふむ……大自然とはよいものじゃな……いつかは島全体に草木を生やしたいものじゃ」
「ああ、心が洗われるって感じだ」
「心を洗うか……よい表現じゃな。洗わねばならぬ程汚れた心を持つとは、胸ばかり見ている弊害かの?」
「だから見てないんだよ。あんまり」
「しかし、草木を生やしたいのは山々じゃが、サーシャに全てを求めるにはちと酷な広さじゃな」
確かに、島全体の広さは北海道くらいはあるだろう。風が木々を揺らす音が遠くまで響いて、そのスケールの大きさを実感させられる。ハイエルフの力がどれだけすごいと言っても、これだけの範囲をどうにかするのは難しいんじゃないか?
「とは言え、既に島の一割弱が森になっておる」
「え? 一割って……そんなに?」
「うむ、六芒星の形状をした島の六つの先端のうち、一つは完全に森と化している。ここじゃな。しかし、残りの五つは全く持って変化がなかった。中央部も同様じゃ」
「この区画だけ異常に影響を受けたって事か」
単純にサーシャが覚醒したのがここだったから、この辺を中心に草木が育っただけなのかもしれない。あるいは、エルフ王国にある『死の滝』とつながっていた場所だから、ここだけがエルフの力の影響を受けやすくなってるのか? 木々のざわめきが、そんな疑問を掻き立てる。
「ここまでの大森林にする必要はないがの……サーシャに昨夜のような無理をさせるわけにはいかぬ」
グウィンの声に少し反省の色が混じってるのが分かる。俺へのブラックドラゴン労働を悔いてるみたいで、ちょっと安心した。
「そうだ……実験がてら、やりたい事があるんだ」
「なんじゃ?」
「結界の外から水が流れてるだろ? あれは『死の滝の水』なんだ。ただの水じゃなくて、肥料のような効果があるらしい。それを島全体に分布すれば、土壌は改善するかもしれない」
「なるほど、やってみる価値はあるな」
「で、実験をしたいんだ」
「なんじゃ、また小難しい事を抜かすのではあるまいな?」
「いや、水を撒く場所と撒かない場所を分けるんだ。それでどれだけの変化が起こるかを観察する」
グウィンに実験の概要を説明してる間、頭の中で島の地図が浮かんでくる。せっかくだから、六芒星の形をした六つの先端に簡単な呼び名をつけることにした。
最北端、グウィンの土像を目印に立てた位置を第一区画と名付ける。そこから時計回りに第二、第三と続けて、この区画は時計でいう8時の位置だから第五区画だ。中央部は「王都」と呼ぶことにした。
大森林と化した第五区画の両隣、その片側の第六区画にだけ『死の滝の水』を撒く。さらに、対角線上にある第二区画にも水を撒いて、変化を観察する。それで死の滝の水の効果をしっかり把握するつもりだ。
ついでに、王都の中でも公園や緑道の予定地には、ピンポイントで水を撒く計画を立てた。
グウィンに抱えられて俺が撒くのが一番効率的だが、ここはゴーレムたちに頼ることにした。作業用ゴーレムたちが静かに水を汲む音が響き、サーシャを起こさないように静音モードで各地へと動き出した。
「やっぱり木があると歩きにくそうだな」
「ゴーレムハウスの側に貯水池を作るがよい。英太のアイテムボックスなら水の移動など容易いであろう」
「確かにそうだな」
☆★☆★☆★
夕方になっても、サーシャはまだ眠り続けている。風が木々の間を抜ける音が静かに響き、時間がゆったり流れてる感じがする。今夜もここで夜を明かすか、ゴーレムに家まで運んでもらうか……でも、サーシャが離れると木が魔力を失うかもしれない。木々に影響が出るのは避けたいから、とりあえず暗くなるまで待つことにした。
サーシャが目を覚ますのを待つ間、グウィンはもう一度島の見回りに出かけた。足音が遠ざかる中、危険はないとはいえサーシャを一人にできないから、俺は森林浴を楽しむことにする。
木々の香りが鼻をくすぐる中、ふとある考えが浮かんだ。
「精霊魔法……俺にも使えるのかな?」
俺には全属性魔法のスキルがある。理論上はどんな魔法でも使いこなせるはずだ。精霊魔法は特殊だけど、『R.I.P』みたいな固有スキルじゃなくて、あくまで魔法の一種。思いついたら試してみたくなるのがクリエイターの性ってもんだ。
地面に手を近づけ、魔力を集中させると、小さな光がチラチラと集まり始めた。すると、周囲の草木がさらに生き生きと輝き出す。
「え、マジで……?」
出来ちゃった……俺にも出来ちゃった……
ちょっと気まずい気持ちが胸に広がり、サーシャの方に目をやる。熟睡してるはずだったサーシャが、真っ直ぐに草木の輝きを見つめてた。
「……英太さんも精霊魔法を?」
サーシャの顔がみるみる青ざめていく。
「私、一生懸命やってもなかなかできなかったのに……」
やばい! どうしよう!? 謝る……のも違う気がするし……真似たら出来たんだが……なんて言えばいいんだ!?
その時、重たい空気を切り裂くようにグウィンが戻ってきた。呆れた顔で口を開く。
「どうやら精霊がまだ残っておったようじゃな。先ほどサーシャが呼び寄せた精霊が、精霊魔法に反応して英太と繋がっただけじゃ」
ナイス! グウィン!!
「なるほど……ってことは、俺の実力じゃないのかー」
「英太の実力ではあるぞ」
グウィン! そこは俺を下げてでもサーシャをフォローしてくれ!
「そうですよね。英太さんは凄いですよね」
「うむ、英太は凄いが、0を1にしたサーシャとは比べ物にならぬ」
「そ、そうですか……?」
サーシャが目に涙を浮かべながら、グウィンに抱きついた。
俺たちは一旦家に戻ることにした。草木はしっかり根付いてて、サーシャがいなくても枯れることはないらしい。
その後、生み出された草木の伐採や、島全体の緑地化計画について話し合った。『死の滝の水』を使った実験についてもサーシャに説明する。
サーシャは草木を伐採することに反対はしないみたいだ。ただし、その規模は様子を見ながら進めるべきだって意見だった。




