第三十話 覚醒のハイエルフ
「サーシャは既に覚醒の条件を満たしているって」
「え!?」
「あと300年と言っておったではないか!? 見間違えておったのか?」
「サーシャは本当ならハイエルフに覚醒している筈だったんだ。だけど、能力の前借りをしたせいで、それが遅れていただけで、その魔力がグウィンの肉……の栄養で補填されて、覚醒までの期間が短縮したみたいだ」
正確には「グウィンの肉」と「俺のポーション」を掛け合わせた結果なのだが……どちらにしても今のサーシャには届かないだろう。あまりの事に、頭が真っ白になっているようだった。
「ふん、妾の肉はハイエルフをも救うか……まるで神じゃな」
神って表現すると邪神っぽいだろうが。悩んでたんじゃないのか、ブラックドラゴンさんよ。
「うむ、祝杯じゃ!! 英太よ、妾の肉を出せ! 外カリ中ふわに焼き上げてくれようぞ!」
グウィンはアイテムボックスから取り出した肉を持って外へと飛んで行った。ツバサを大事に抱えていたままなのは、ちょっと可愛い。
サーシャは依然として信じられないといった表情で、呆然としている。
「サーシャ、大丈夫か?」
「はい。エルフですから」
相当動揺しているのか、ハイエルフアピールが復活していた。
「でも、こんな急に……しかもグウィンちゃんの肉を食べただけで……いいのでしょうか?」
「だけ、じゃないよ。俺はサーシャの努力を見て来た。俺たちと出会う前のサーシャもそうだったと思ってる……これは俺の予想なんだけど……サーシャがハイエルフの能力を前借りしたのって、魔物の子供を助けた時なんじゃないかな」
サーシャはハッとした表情を見せて、それから薄く微笑んだ。
「私もそう思っていました。いえ、気付いていたのですが、思わないように自分を騙していたんです。あの時、あの子を助けなければ……なんて思いたくなかったから」
「辛かったね。でも、こうなった……遠回りしたぶんだけ、いいハイエルフになれると思う」
「そうなんですかね」
「そんなサーシャがここにやって来たのは、グウィンの元にやって来たのは……」
『運命』とか、くさい言葉は使いたくない。シナリオ通り……なんてのはもっての外だ。
「俺たちの為だと思うんだ」
月夜に照らされた、真っ茶色の大地に目を遣る。サーシャもそれに続いた。
「私、頑張ります……グウィンちゃんに森を……湖を……大自然を見せてあげたいです」
「俺もだよ。こんな何もない『死の大地』にずっと一人でいたんだ。沢山のものを見せてあげたい」
サーシャが、俺の手を取った。
「絶対にですよ! 私たちで『デベロ・ドラゴ』を最高の国ににしましょう!」
貴女はエルフ国の女王にならないと……なんて、無粋なツッコミはしなかった。それよりも、伝えなければならない事があった。
「サーシャ、謝らないといけない事がある……サーシャに飲ませたポーション……あれに、少しだけグウィンの肉を混ぜてた……ごめん」
「知ってましたよ。あんなに効果が高いポーション、私は見た事がありません。それに、あのポーション、お肉と同じ味もしましたし……」
「あのポーションに、前借りした魔力を補完する力があったみたいなんだ」
「そうですか……感謝です。それが無くても、感謝しかないですけどね」
その時、ステーキを食べ頃に仕上げたグウィンが戻って来た。
「サーシャよ! 喰らうがよい!」
「はい。ありがとうございます」
サーシャは笑顔でグウィンの肉を受け取った。笑顔のまま、涙を流しながら、サーシャは肉を頬張った。そんなサーシャをグウィンが心配そうに見つめている。
「サーシャ! そのようにわんぱくに食べなくてもよいぞ! 英太! 少しは奪うのじゃ!」
「大丈夫です。今日、お腹ぺこぺこですから」
そのままサーシャはステーキを完食してしまう。
「グウィンちゃん、英太さん、ちょっと食後の散歩に行きませんか?」
「散歩?」
「私たちが初めて会った場所……もう一度行ってみたいんです」
サーシャの決意がハッキリと伝わって来た。俺たちはグウィンに抱えられて、島の8時の位置へと向かった。
死の大地の夜空は美しい。まん丸の月が浮かんでいるのを見つけて、サーシャがやって来て一ヶ月が
経過したのだと気付いた。
死の滝の水で浸された大地。肥料のような力を持つ水が、乾いた土に栄養を与えていた……とは言っても、前世の、そこら辺の公園の土にも劣るほどのものではあるが……この島で一番の土壌ではある。
「グウィンちゃん。いつも仲良くしてくれてありがとうございます。魔法の練習に付き合ってくれてありがとうございます」
「なんじゃ、改まって……」
「……私……やります……ハイエルフになって、大地と繋がってみせます……グウィンちゃんに森を見せます」
正直泣いてしまいそうだった。そんな事言われたらグウィンも泣いちゃうだろ……と思ったら、とっくに泣いていた。
「サージャ……だっ何を言っでおるのじゃ……」
「見ててね…………」
サーシャの纏う空気が変わった。神々しい……という言葉以外に喩えが見つからない、美しい佇まい。
森よ、眠れる魂よ、古き根に宿りし力よ、
大地の深き息吹と共に、再び命を呼び覚ませ。
風を纏い、葉を揺らし、清き流れを導け。
炎が焼き尽くした地にも、
新たなる緑を息吹かせよ。
天の光よ、大地の母よ、
精霊たちよ、共に歌え。
森よ、蘇れ、永遠なる命の循環の中で……
サーシャの声が震えると同時に、周囲の空気が一変した。穏やかな風が吹き、結界の外から無数の光が集まり始める。
光の正体は精霊たちだった。
サーシャの魔力が一気に解き放たれる。
ゆっくりと広がっていく光。その光に合わせて、周囲の荒地に草木が芽吹き始めた。やがて、枯れ果てた大地に小さな森が姿を現す。
森は広がっていく。見る見るうちに目に映る全てが木々に覆われていった。
こんな速度で……こんな大量に……サーシャの魔力が持つ筈がない……
その時……結界の外……何もない空間から勢い良く水が噴き出した。水は大地に広がり、木々に力を与えて行く。
「サーシャ! もういい! サーシャ!」
森よ、目覚めの時来たれ。
星々の記憶、我らに宿れ。
清らなる光よ、導け。
ハイエルフよ、いま覚醒せよ。
森の広がりが止まった。同時に生えた木々が光り輝く。枯れ果てた土しか無かった死の大地を圧倒的な生命エネルギーで覆い尽くした。
その直後、サーシャは力尽きてその場に崩れ落ちた。
「サーシャ!!」
「おい、大丈夫か!?」
グウィンと共に駆け寄った。俺がサーシャを抱き上げると、サーシャは弱々しく微笑んだ。
「私……役に立てましたか?」
「無茶しやがって」
「ハイエルフになったサーシャの姿、立派であったぞ」
「……ありがとう、英太さん、グウィンちゃん……一緒に森を楽しもうね……」
サーシャの意識が薄れていく中、グウィンがそっと彼女の頭を撫でた。
「うむ、共に楽しむと約束しようぞ……サーシャよ……よくやったのう。よくやった」
「はい。エル……です……か……」
サーシャは、いつもの台詞を口にしながら、すーっと寝息をたてた。
「サーシャは凄いよ……サーシャ、確認するな……《詳細鑑定》」
名前:サーシャ・ブランシャール
年齢 : 330
種族:ハイエルフ
レベル:21 (次のレベルまで640EXP)
HP:280/2800
MP:10/4300
基本能力
筋力: E
敏捷: C−
知力: C−
精神: B
耐久: E
幸運: C+
ユニークスキル
• R.I.P Lv.2
スキル
•生活魔法 Lv.2
•隠蔽魔法Lv.4
•精霊魔法
状態:安眠
詳細:ハイエルフの末裔。覚醒直後で体力が枯渇している。睡眠を取れば回復するが、最高品質のポーションがあれば即座に回復可能。
「凄いよ。覚醒してるし、精霊魔法も覚えて、能力も段違いに上がってる。このまま眠っていれば回復するって」
「そうか……無事で何よりじゃ」
サーシャを家に連れ帰ろうか、とも考えたが、今日はここで一泊する事にした。俺はクリエイトで簡易的なベッドを作って、サーシャをそこに寝かせた。
「安眠せよ」
と言って、グウィンはサーシャの隣にツバサを置いた。
不安だったサーシャの体力だが、最高品質のポーションで口を湿らせたら、HPとMPは八割方回復した。
俺たちは地面に寝転がる。少し冷やっとするが、久しぶりの緑の中はとても居心地がいい。グウィンにとっては……2000年以上ぶりだろうか?
「これで一歩前進だな」
「英太よ、一歩どころではないぞ、数万歩前進じゃ」
「そうか……そうだな」
『死の大地』に生命が産まれた。外部からの侵入者ではない。この大地に根付いた生命だ。
まん丸い月が、薄く森を照らしていた。