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第三話 美味しい尻尾

 目が覚めた。まだ空は薄暗く、星の残像が空に浮かんでいる。枕代わりにしていた土の塊が首に食い込み、鈍い痛みが走った。


「……異世界生活二日目か」


 ゆっくりと息を吐く。手をかざし、意識を集中する。


 魔力が戻っている……体の中に魔力が満ちている。古き良きRPG同様に睡眠で回復するようだ。そのことが確認できただけで、少し安心した。


 『バサッ』と翼を閉じる音が聞こえた。そこにはドラゴン少女グウィンの姿があった。


「英太よ、もう起きたのか?」


「ああ、グウィンはずっと起きてたのか?」


「妾はあまり眠らぬ。ドラゴンはそういう生き物じゃ」


 グウィンはどこか遠くを見つめていた。その横顔が妙に神々しい。


「さてと、魔力の検証をしようか」


 今日のタスクのひとつ、魔力消費量の確認だ。全属性魔法というチートを手に入れながら、基礎能力が低すぎてすぐに魔力切れを起こす。レベルアップの手段は戦闘か、魔法の使用回数か? とにかく試してみるしかない。


「ステータスオープン」


名前:鏑木英太カブラギエイタ

年齢 : 15

職業:デベロッパー

レベル:1

HP:100/100

MP:50/50


ユニークスキル

•クリエイト


スキルスロット

1.全属性魔法

2.言語理解


 体感と同じように、MPは完全回復しているようだった。手を前にかざし、水魔法を使用する。


 昨日までと同様にイメージをしながら、それっぽい名前で呪文を唱える。


「《ウォーター》」


 手のひらから、ポタポタと水滴が滴り落ちる。勿体ないからそのまま喉を潤した。魔法で出来た水はとてつもなくクリアな味がする。


 ステータスを確認する。


名前:鏑木英太カブラギエイタ

年齢 : 15

職業:デベロッパー

レベル:1

HP:100/100

MP:47/50


ユニークスキル

•クリエイト


スキルスロット

1.全属性魔法

2.言語理解


 消費3ってとこか。もう一度唱える。


「《ウォーター》」


 最大限まで出し切ってみた。魔力消費量は同じ3で、最大2リットルは出せそうだ。これも成長で変わるのかどうか。生活魔法としては十分使えそうだ。


「英太、作って欲しい物があるのじゃ」


 グウィンが土の塊を手にしていた。


「この辺の土でも上等な土じゃぞ」


 グウィンはそう言うが、正直違いがわからない。


「何を作るんだよ?」


「カッコよくて強い剣じゃ!名付けてドラゴンソード!」


 剣かぁ……魔物がいるわけでもないから、正直すぐに必要な物ではないが、カッコいい剣を欲しがるグウィンの気持ちもわかる。それにデベロッパー魂も疼く。武器のデザインには散策こだわってきた。ブラックドラゴンが持つに相応しいカッコいい剣を作ってやる。俺は上等な土を受け取って意識を集中する。


「《創造クリエイト》」


 呪文を唱えた途端に土が形を変え、みるみる間に剣が出来上がった。持ち手と鍔に竜のデザインが施されている。小ぶりだが力強い印象の剣だ。グウィンの体格にちょうどいい刀だと言えよう。


 ステータスを確認する……消費8。拘ったから消費魔力が重いのか、昨日のコップ作成も同じ消費量だったのか、追加検証の必要がありそうだ。


「おお! なかなか良い剣ではないか!」


「お気に召しましたか、お姫様?」


「妾は姫ではない! ドラゴンじゃ! 改めぬと焼き尽くすぞ!」


「わかったよ。ごめん」


 どう見ても姫っぽいんだけどなぁ……こだわりがあるのか?


「さて、試し切りが必要じゃの」


 グウィンは楽しげに尻尾を振っていた。


「何か切るに相応しいものはないかのう。ドラゴンソードの贄に相応しい標的は無いものかのう」


 グウィンはわざとらしく尻を向けてくる。こいつ、やってんな。


「いやいや、お前の尻尾を切るのは無理だよ……」


 つい20時間前まで普通の日本人だったんだ。友達の、ドラゴンとは言え、見た目は少女の尻尾を切り落とすのも食べるのも気持ちがついていかない。


「そうか。しかしいずれは食わねば死ぬぞ?」


 それもわかってる。ただ少し先延ばしにしたかった。


「とりあえず、魔力の検証をしてから考える」


 俺はもう一度剣を「創造クリエイト」した。今度はあまり拘りを入れず、シンプルな土の剣だ。消費MPは同様に8だった。


「同じか……サイズの問題なのかな?」


「ならば、もっと大きなものを作ってみよ」


「大きなもの……」


 何を作ろうか? 当面必要なもので大きなもの……家? いやいや、大きすぎるだろ。とりあえず石の壁を作ろう。俺は再び土に手をかざし、家の外壁をイメージする。


「《創造クリエイト》!」


 ゴゴゴッと地面が震え、二階建て相当の大きな壁がせり上がった。その瞬間、体の中からスッと力が抜ける。


「うっ……」


 膝をつく俺を、グウィンが呆れ顔で見下ろす。


「ふむ、魔力切れじゃな。やはり大きなものを作るにはそれ相応の力が必要か」


「はぁ、はぁ……消費がデカすぎる……」


 MPは完全に底をついていた。基礎魔法が消費3、剣や細かいものは消費8、大規模な魔法は一気に魔力を奪う。


 だが、理解できただけでも一歩前進だ。


「ちょっと仮眠する」


 そのまま意識が飛んだ。


 目を覚ますと、日は高く登っていた。晴天に見えるのだが、空は灰色に濁っている。原因は何なのだろうか? 生命が育たない原因。そもそもここ以外に大陸は存在するのだろうか?


 グウィンは……居ないようだった。ずっとここに一人でいたんだよな。グウィンがいなかったら寂しいだろうな。寂しかっただろうな。


 ステータスを確認する。MPは回復していなかった。どうやら仮眠では回復しないらしい。続きはまた明日……か。なかなか進まないな。でもまあ、時間はたっぷりある。


 ……死ななければ。


 そこにグウィンが帰って来た。水浴びでもしてきたのか、かえって泥で汚れている。気にしてられるような世界でもないのか。


「英太よ、そろそろ腹が減ったのではないか?」


「……正直、空腹で死にそうだ」


「ならば、妾の尻尾を喰らえ」


 グウィンの目には、揺るぎない覚悟が宿っていた。


「いや、それは……」


「ぐだぐだ言わずに、喰らうのじゃ! 妾は英太に死んでほしくないのじゃ!」


 その言葉は真っ直ぐ突き刺さった。何のフィルターもかかっていない真っ直ぐな言葉だった。


「わかったよ」

 

「では、切り落とすがいい」


 グウィンにドラゴンソード渡され、剣を構える。キャラメイクで剣士の動きは把握しているが、自分でやるとなると話は別だ。様になってはいないだろう。


 「いくぞ……うぉおおおっ!!」


 全身全霊を込めて尻尾に剣を振り落とした。ドラゴンソードはグウィンの尻尾に触れ、あっけなく弾き飛ばされた。


「ゔおおぉっ、痛え!」


 自己判断でもわかる。骨折だ。複雑骨折。ブラックドラゴンの尻尾に負けた俺の両腕は砕けてしまった。


「うむぅ、やはりそうか」


 グウィンは俺の腕に触れ、ペロペロと腕を舐め回した。


「おい、何してんだよ」


 と言った途端に理解した。腕の痛みが消えている。グウィンのペロペロには回復効果があるのだ。それも回復魔法よりもかなり上位の効果の。


「っていうか、やはりそうかって、こうなる事わかってたのかよ!」


「うむ。だいぶ力を抜いておったのだがな。歴戦の勇者クラスなら切れるくらいには柔く出来たと思ったのだが」


「俺が歴戦の勇者なわけないだろ!」


「どうやら英太は人間の中でも身体能力は最下層のようじゃな。まあ幸い、剣は丈夫なようじゃった」


 グウィンはドラゴンソードを拾って、自ら尻尾を切り落とした。スッパリと切れた断面から滴る鮮血。ドラゴンの血の匂いには独特な甘さがあった。


「さて、無難に焼くかの」


 グウィンは器用に尻尾を輪切りにし、鱗の付いた皮を引き剥がした。何とも言えない光景だ。


「尻尾、切って大丈夫なのか?」


「まあ、そのうち生えてくるので心配いらぬ」


「切ったことあるのか?」


「寝転がるのに邪魔だったのでな」


「そんな理由? 痛くないの?」


「もちろん痛みはある。喩えるならば尻尾を切り落とすような痛みじゃな」


「喩えになってないよ」


「うむ、では腕を切り落とすようなものだと言っておこう」


 やべー痛いじゃねーかよ。骨折も痛いけど。


 グウィンは1キログラムほどに切り分けた尻尾肉に向かって、そっと炎を吐いた。ドラゴンソードを串がわりにして、手慣れた動きで肉を回す。じゅうじゅうと脂が弾け、香ばしい匂いが広がる。


 ……なんだこれは……! 鼻孔をくすぐる甘やかな香り、滴る黄金色の肉汁。ドラゴンの尻尾肉は、まるで最高級の和牛のように輝いていた。


「英太よ、食え。妾の肉じゃ」


「言い方もう少し何とかならないか……」


 だが、香りに抗えない。俺は意を決して、剣に刺さった肉を一口齧った。


 その瞬間、脳内に鐘が鳴り響いた。


 う、うまぁぁぁああああ!!


 肉は表面がカリッと焼かれ、中はジューシーで柔らかい。脂は濃厚だがしつこくなく、旨味が凝縮されている。そして、舌の上で広がる未知の甘味。


 それは、これまでの人生で味わったどの肉とも違う、異次元の味だった。


「英太よ、どうじゃ?」


「……最高だ……なんだこれは……!」


「ふふふ、それは妾の力が宿る肉じゃ。魔力もたっぷり含まれておるぞ」


 確かに、体の奥底から再び魔力が湧き上がるのを感じる。


「永遠に食べていたいよ」


「調子に乗るでない! 妾の尻尾はそんなに安いものではないぞ!」


 グウィンは満更でもない顔でそう言った。


 今のところ、死ぬまで尻尾を食べ続ける事になるのだが……どうなることやら。

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