第二十八話 ドラゴン、人形を抱く
「何かクリエイトして欲しいものはない?」
邪神問題からどこか元気のないグウィンを元気づけたい。俺はその一心で、おもてなしモードに突入していた。
「妾を喜ばすのが英太の役目であろう。聞くでない、自分で考えるのじゃ」
ブラック上司のような発言は、平常運転のグウィンだと認識する。
「そんな役目を担った覚えなんて無いんだけど」
グウィンは大きく息を吸い込んだ。炎が来るかと警戒したが、飛んで来たのはわざとらしいため息だった。
「出会った頃の英太は、妾にときめきをくれたものじゃったのに……最近はとんと無くなってしまったのぅ……妾の心臓を一突きしたあの日が懐かしい」
倦怠期の彼女みたいな言い回しで、物理的な一突きの事を懐かしむな。
「このような物を贈れば、妾が満足すると思っておるのじゃろう?」
グウィンが掲げていたのは、クリエイトで創り上げたデフォルメドラゴン人形だ。クレーンゲームの景品をイメージしていたのだが、かなりしっかりとした人形に仕上がった。土魔法の成長で、まるでコットンかのような、ふわふわ土を錬成出来るようになったのだ。
「本来の妾の姿を模したものであろうが、妾の高尚さを表現しきれておらぬな」
「そりゃ、デフォルメしてるからな」
グウィンが人形を持っていたら、ゴスロリ・サイコパスキャラのようで、絵面的に面白いかと思っただけだ。
「このような物では、妾の心は動かせぬぞ」
「あ、そう……」
知っている。俺はグウィンが人形を肌身離さず抱えている事を知っているぞ。言わないけど。
「でも、グウィンちゃん、毎日一緒に寝てるよね? 名前も付けてたじゃない。ツバサちゃんだったかな?」
言うな! サーシャ! そこは見てないふりをしろ!
「サ、サーシャよ!何を言っておる! 妾は寝ておらぬ!」
「ツバサちゃんを抱くと眠りやすいって言ってませんでしたっけ?」
「抱いてなどおらぬ! 妾は寝ない! こんなもの必要ないのじゃ!!」
グウィンはぬいぐるみを放り投げて飛び立ってしまった。サーシャがぬいぐるみを拾い上げて抱きしめる。
「反抗期ですかね?」
「2025歳の?」
サーシャには悪気がない。というか、あんまり悪くもない。グウィン的に言われたく無い事だっただけだ。
サーシャは、ほぼ毎日グウィンに安眠魔法をかけている。だから、グウィンが寝ている時に、ぬいぐるみを手放していない事は当然知っている。
「でもダメですね。人形は大切にしないといせません……魂が宿ると祖母が言っていました」
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その日の夜、グウィンが俺の部屋に忍び込んで来た。目的はもちろん、人形を取り戻す為だ。
「英太、起きておるか?」
寝ていて欲しい、と伝わって来る小さな声だった。俺は狸寝入りをした。
「すまぬな、ツバサ……妾はツバサの事が大好きなのに……英太もすまぬな……」
そう言って、ツバサを連れ去ってしまった。
俺は知っている。グウィンには俺たちに内緒の巣がある事を……以前ゴレミがしばらく行方不明になっていたのだ。その理由がグウィンの隠れ家を作る事だった。きっとグウィンは隠れ家で一人、邪神の事を考えているのだろう。
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翌日、俺はサーシャと共にグウィンの巣に向かった。グウィンの巣は島の零時の場所にある。俺たちが隠蔽魔法で姿を消して巣に近づくと、赤ちゃん言葉が聞こえて来た。
「ツバサちゃん、妾のことをどう思いまちゅか? 妾は自分のことがほとほと嫌になっておりまちゅ……仲良くしたいでちゅのに、いざ目の前にいると、ばぶー、どうしても逆のことをしてしまうのでちゅ……やっぱり妾が仲良くしようだなんて、いけないのでちゅかね……ばぶばぶ……」
お人形さんに赤ちゃん言葉で悩みを相談するブラックドラゴン……見られたくないものを見てしまったな。サーシャに合図してその場を去ろうとした時、サーシャが自分の隠蔽魔法を解いてしまった。
「仲良くして良いんです」
「サーシャ、どうしてここがわかったのじゃ?」
「隠蔽魔法でつけてきました。グウィンちゃんの様子が変だから、心配だったんです」
なんと凛々しい。正々堂々と向き合う姿は、まるで覚醒済みのハイエルフのようだった。
「サーシャ、その……今見た事……英太には内緒にしてくれるか?」
「え、あ、あ、あの、はっ、はい!」
前言撤回っ! 取り乱し過ぎだろ! 流石にバレるわ! という突っ込み虚しく、グウィンは淡々と話し始めた。
「妾はな、其方らと同様に、ツバサの事も大好きじゃ」
「知ってますよ」
「でも、一緒に寝ておる事を英太に知られたくなくて、ツバサを放り投げてしまった」
「そうですね。私、ちょっと怒ってます」
「すまぬ、それでな……妾は考えたのじゃ……どうしてツバサを放り投げてしまったのか? 妾の中に、凶暴さがあるのじゃ……ブラックドラゴンとしての本能があるのじゃ……それであの様な事をしでかしてしまった……このままだと、いつか妾は其方らの事も傷付けてしまう……」
サーシャはそっとグウィンを抱きしめた。そして、頭をポンポンと叩いてからジッと顔を見詰める。そして、固く握った拳で、グウィンの脳天を殴り付けた。
「痛ったーい!!」
と言ったのはサーシャだった。当然のようにグウィンは無傷。サーシャの手首は砕けたようだ。
「何をしておる!」
グウィンは慌ててサーシャの手を取って、ペロペロと舐めていく。強力な治癒効果が発動し、サーシャの手首はあっという間に回復した。
「大丈夫か? 痛くはないか?」
「痛いです。でも、グウィンちゃんが一人で悩んでいるのはもっと痛いです。胸が痛いです」
グウィンはサーシャの胸に手を翳した。
「舐めた方が効果は高いのじゃが……」
「そういう意味じゃありません! グウィンちゃんが辛いのは私も辛いんです! 相談して欲しいんです! ブラックドラゴンの本能があったとしても、グウィンちゃんは大丈夫です! 私が殴っても、反撃しないで心配してくれたじゃないですか!」
「それは、痛くも痒くも無かったからの」
そこはハッキリ言うのは通常運転のグウィンだ。サーシャは気にも止めずに続けた。
「大丈夫です! 私には人を見る目があります! ドラゴンを見る目もあります! グウィンちゃんは大丈夫です!」
「でも妾は魔物なのじゃ……魔物は本来、人間やエルフとは相対する生き物じゃ……」
「……違うよ」
「気休めなど要らぬ」
「本当に違うの!」
「なんじゃと?」
「今は不可侵って言って、全ての種族が国交を断絶しているの。魔族だけじゃなくて、人間も、ドワーフもみんな。だから、他種族間での争いは一切起こらない。相対していないの。いざこざが起こった事もあるけど、それに関わった人には厳しい罰が下される事になっているの」
「そうなのか」
「だから、グウィンちゃんの言ってる『本来』は、もうないんです。大昔はそうだった……ってだけなんです。そんな大昔の事を気にして、友達に素っ気なくされて、私、寂しかったです」
「そうか……すまなんだ」
「はい。英太さんも凄く心配してましたよ」
「そうか、謝らねばならんな」
「謝らなくていいですよ。あの人、かえって気を使いますから。気を遣える俺! 俺! って感じですから」
あれ、サーシャ……俺がここにいる事忘れてる? 聞いてるよ俺!
「サーシャは皆を理解しておるのぅ」
「はい。ハイエルフですから! さあ、帰ってお風呂に入りましょう! グウィンちゃんが沸かしてくださいね。今日はツバサちゃんも一緒にお風呂しましょう」
「あいわかった」
グウィンはツバサとサーシャを連れて飛び立ってしまった。巣に取り残された俺は、徒歩で家路につく事になった。身体強化と風魔法があって本当に良かったと思っている。




