第二十七話 シュレディンガーのドラゴン
その夜、グウィンが俺の部屋にやって来た。
「どうした? また一緒に寝たいのか?」
「妾は安眠魔法が無ければ眠れぬ。今日はサーシャの体調を考えておやすみじゃ……英太も気付いていたであろう。サーシャの話しておった伝承についてじゃ」
「ああ、邪神をブラックドラゴンに変えたら、まんまこの島の事になるよな」
「まんま、かはわからぬ。伝承とは不確かなものじゃ……しかし、『死の滝』に身を投げたハイエルフが『死の大地』にやって来たというのは、偶然としては出来過ぎじゃな」
「当然ながら覚えては……」
「おらぬ! 綺麗さっぱり忘れてしまった!」
「だよな」
「妾は邪神ではなくブラックドラゴンじゃ。しかし、外界の人間に邪神と呼ばれていても不思議ではない」
「なら邪神だったとしてもいいんじゃない?」
「なんじゃと?」
「グウィンの人となりを知らない人たちちなんと言われても気にしなくていい」
「妾のドラゴンとなりじゃと?」
「人となり」だよ。別にいいけど勝手に変換しやがった。
「しかし、邪神と呼ばれるならば、それなりの悪行を行なっていたのではないか?」
「覚えてないならもう別の存在だよ」
「それは都合が良過ぎじゃろう。妾たちは国を作るのじゃぞ。記憶を失った邪神の国に好き好んで住みたがる者などおるわけがない」
確かにそうだ。それはそうなのだが……俺には、目の前にいるグウィンが邪神だとは思えなかったし、思いたくもなかった。
「じゃあ、こうしよう! グウィンが邪神だと確定するまでは悩まない!」
「確定とな」
「シュレディンガーのドラゴンって事だよ」
「なんじゃそれは? また英太お得意のことわざか?」
「ことわざじゃなくて、量子力学さ」
グウィンは眉をひそめて言った。
「話してみるがよい」
「封印されたドラゴンが邪神かどうかは、封印が解けるまでわからないんだよ。ドラゴンは、邪神かもしれないし、そうじゃないかもしれない。その両方が同時にあるんだ。それは封印を解いた瞬間にどっちかがハッキリするんだ」
「小難しいのぅ……わかるように喋らねば言語の意味がないぞ」
「言語スキルだけ伸びないんだよ」
「スキルは関係ないじゃろ」
「シュレディンガーの猫ってものがあって……」
「英太よ、何遍も言っておるじゃろう、妾はブラックドラゴンじゃ」
「ごめんごめん」
「ごめん、は妾じゃ……忘却とは罪なものじゃな……」
グウィンは気分転換と言って、どこかへ飛んで行ってしまった。一人になった俺は眠りにつこうと思ったが、やはりグウィンの事を考えてしまう。
それに、俺の存在だ。
誰もいない島に現れた異世界人……それによって封印が緩んだ……封印の力があるハイエルフの子孫がやって来た……全部つながる……
眠れないまま、朝を迎えた。
☆★☆★☆★
あれから2週間が経過した。あれ以来、みんな少しずつ変わっていた。
サーシャは少量ではあるが、グウィンの肉を食べるようになった。魔力の枯渇と復活を繰り返し、生活魔法はレベル2、隠蔽魔法はレベル4へと進化していた。
俺に比べて成長速度は半分くらいなのだが、俺が特別なのか、サーシャが覚醒していない事が原因なのかはわからない。
サーシャの魔法訓練が波に乗って来た事もあり、グウィンは一人でどこかに飛んでいく事が増えた。考えるな、悩むなと言うのは無理な話かもしれない。
かく言う俺も考えがちだ。デベロッパー時代はシナリオ開発にも深く関わった。封印されたドラゴンのエピソード案が頭に浮かんで仕方がない。少なくとも「気のせいでしたー! ちゃんちゃん!」というオチよりは、邪神説の方が圧倒的にスジが通っている。
考えないようにする為には、作業に没頭するに限る。俺は創造をしまくった。土魔法のスキルレベルは他のレベルと段違いの6となり、出来る事が格段に増えていた。
土から生成出来るものが格段に増えた。銅、銀、金、ダイヤモンド、ミスリル、アマンダイトと、俺が「作れそうじゃね?」と思うものは大体作れるようになっていた。
しかし、コストがエグい。ミスリルは土1トンで0.1グラムしか生成出来ない。銅のコストが鉄より高いのは意外だった。何故だろうか?
とりあえず鉄の製造をしてみる。土魔法のレベルが6になって、土の消費量が800倍から200倍へとコストダウンした。まあ、ちょっとなら作っても大丈夫だ。
最初に作ったの「鉄の鏡」生成した鉄を磨きに磨いて、なんちゃって鏡を作った。
グウィンもサーシャも喜んだが、俺自身も嬉しかった。水溜まりに写った顔は見ていたけど、俺ってこんな顔してたんだー。やっぱり完全に前世とは別人だった。
とりあえず鉄の剣は作ってみたが、ドラゴンソード改には及ばない。一旦は素材としてアイテムボックスの肥やしにしておくことにした。
スキルレベルが上がりにくくなって来た中で、土魔法のスキルレベルを上げた要因は、ゴーレムの再生成にある。
ゴーレムは現在15体いる。
リーダーゴーレムであるゴレンヌ。
グウィンお気に入りのゴレミ。
ゴレゾー、ゴレリンらの作業用ゴーレムが13体。
それぞれを核を残して分解し、再構築した。それによって、全員が言語スキルを使いこなせるようになり、ゴーレム同士が会話を始めるに至った。
「ゴレゾーよ、指示書の通りに土を撒いテ、英太様ノ、クリエイトヲサポートするのダ」
「承知しましタ」
なんて会話が至る所で繰り広げられている。そして、サポートされているクリエイトがこれ。
「《クリエイト・模倣生成》」
いわゆるコピぺだ。素材は必要なのだが、素材さえあれば、一瞬にして同じものが作れてしまう。それを使って、俺は1000軒の平家と、50棟の集合住宅を作り上げた。その他にも、店舗型の建物と体育館サイズの大型施設を各20軒、噴水やアーケード、広場に公園、街路樹を並べる為のスペースも確保して、一気に街の形を作り上げる事に成功した。
街路樹を植える予定地には、『死の滝の水』を撒いておいた。栄養が豊富な水とあるが、撒いた途端に変化があるて……という類のものではなかった。継続的に撒き続けて、変化を観察するしかない。
『デベロ・ドラゴ』の王城そのものは、創造のスキルがもう少し高まってから一気に創り上げると決めていた。王城が建設されるスペースは、ゴーレムたちによって綺麗に整備されている。建設予定地は土台をくり抜かれ、強固に固めてあった。周囲は堀になっており、水を流し込むのを待つばかり。
消えた王城と人の住まない城下町……『デベロ・ドラゴ』の王都は、土の呪いにかかったゴーストタウンのようになってしまった。
落ち込み気味だったグウィンを喜ばそうと思っていたのだが、人っ子一人居ない土の街は寂しさを倍増させるものとなってしまった。




