第二十四話 栄養の無い大地
『死の滝の水』には肥料としての効果があった。俺はアイテムボックスの中にしまっていた水にも同様の鑑定を施した。
結果は同じ。どれくらいの効果が見込めるかは、試してみないとわからないが、喉から手が出る程に欲しかったものが転がり込んで来た。
8時の位置に出来ていた水溜まりを確認したいが、ここからでは遠すぎる。グウィンを起こそうか、ゴレンヌに運んで貰おうかと迷っていたら、空を舞うグウィンの姿が目に入った。
「英太ー! どこにおる! 英太ー!!」
無事に目覚めたんだ……一安心だな。
「グウィン! ここだよ!《光源魔法》」
俺は光を発してグウィンに合図をだした。念願の肥料を手に入れる事が出来た。一刻も早くグウィンに伝えたい。
そんな考えはグウィンの切羽詰まった顔を見て消え失せた。
「どうかしたのか!?」
「サーシャが、サーシャが変なのじゃ!」
「どんな風に?」
「わからぬのじや! 顔が腫れておる!」
それは昨日ギャン泣きしたからだ。
「魔力が殆ど無いのじゃ! 消え失せてしまいそうなのじゃ!! 目を覚まさぬのじゃ!! 死んでしまうのじゃ!! 英太!!!」
切羽詰まったグウィンの姿……只事でないのが分かった。
「わかった。急ごう」
グウィンは俺を羽交い締めにして急発進で飛び上がった。グウィンがここまで言うのは珍しい。格上のグウィンに安眠魔法を使った弊害だろうか?
サーシャは昨日と同じく、俺のベッドの上で寝ていた。目元が腫れているが、これはむくみの影響だろう。魔力は……確かに弱っている。
「英太、サーシャは大丈夫か? 妾に出来る事はないか?」
「ちゃんと調べるから、落ち着いて。《詳細鑑定》」
サーシャのステータス画面が開く。
名前:サーシャ・ブランシャール
年齢 : 330
種族:ハイエルフの末裔
レベル:21 (次のレベルまで640EXP)
HP:20/280
MP:0/860
基本能力
筋力: G
敏捷: E−
知力: E−
精神: E+
耐久: G
幸運: F+
ユニークスキル
• R.I.P
スキル
•生活魔法 Lv.1
•隠蔽魔法Lv.3
状態:衰弱(栄養失調)
詳細:ハイエルフの末裔だか、現在の能力は一般エルフの平均以下。
ハイエルフへの覚醒まであと300年。能力の前借りにより覚醒までの期間が延長された。
数日間水しか口にせず、限界まで魔力を使っていたため、体内のエネルギーが著しく減少している。
サーシャが知ったら泣いて喜びそうな事が書いてある。時間がかかっても、サーシャはハイエルフに覚醒する事が出来るんだ。
でも、なんで衰弱……? 昨日までそんな素ぶりは全く見せていなかった。確かにドジで転んだりはしてた……
その可能性には気付かなかった。
隠蔽魔法だ……
サーシャは昨日まで、隠蔽魔法で誤魔化していたんだ。自分が疲労していないように見せかけていたんだ。ステータス画面もそうだ。俺は種族名の鑑定に集中していた。あの時もHPとMPを隠蔽していたに違いない。
「どうなのじゃ?」
「栄養失調だ。水しか飲まないで魔力を鍛えていたからこうなった。隠蔽魔法で疲れていないフリをしていたんだ」
「ぐぬぅ……とにかく、死なせてはならぬ」
「《治癒魔法》」
聖なる光がサーシャを包んだ。むくみが引いて心なしか表情は和らいだが、HPが回復する気配は無かった。
「どうじゃ?」
「回復しない。怪我じゃないから、治癒魔法が効かないみたいだ」
状態異常の治癒魔法は……「キュア」か?「キュアヒール」だな。
「《状態異常治癒》」
薄く緑がかった光がサーシャを包む。ステータス画面は……HPは変わらないが、状態が「衰弱」から「疲労」に変わっていた。
「英太!?」
「状態は少しだけ回復した。栄養失調である事には変わりない」
「死にはせぬのか?」
「そう信じたいが、確証はない」
「そうか……何か方法はないのか?」
「とりあえず安静に、だな。俺のスキルで栄養を譲渡出来ないかを探ってみる……その前に」
「《上級回復薬生成》」
俺は生成したポーション水をコップに移した。
「少しずつこの水でサーシャの口を湿らすんだ。気が付いたら飲ませてあげよう」
「あいわかった」
「グウィン、魔力譲渡が出来るかどうか、グウィンで実験してみていいか?」
「当然じゃ!」
俺はグウィンの手を掴み、魔力を押し流した。
「うむ、流れておる」
「よし、サーシャにも流す。グウィンはやるなよ。力が強すぎる」
「あいわかった」
サーシャの身体に魔力を押し流す。ステータス画面に映るサーシャのMPが少しずつ回復していく。半分ほど回復したところで供給を停止した。
「急激に回復すると体力に影響するかもしれない。まずは体力からだ」
しかし、手持ちのスキルではサーシャに栄養を与える事は出来そうになかった。クリエイトの「生命を生み出せない」という縛りが影響しているかもしれない。
グウィンはひたすらにサーシャの唇を湿らせている。
その時、急激な眩暈に襲われる。どうやら俺も魔力を使いすぎていたようだ。俺はアイテムボックスから尻尾肉を取り出して、一口ついばんだ。
みるみるうちに魔力が回復していく……
「なあ、グウィン……」
「なんじゃ?」
「尻尾肉って、栄養価が高いよな?」
「うむ、魔力を使わずに生活するだけならば、一口で十日は生きられるはずじゃ」
サーシャはエルフだ。ブラックドラゴンの肉を口にする事は種族としてのタブーかもしれない。俺はサーシャに手を伸ばし、調べたい事柄に集中した。
「《詳細鑑定》」
ステータス画面の一番下に、新たな文言が追加された。
主に果実や木の実を主食とするが、雑食であり、肉食への抵抗感もない。ドラゴンの肉に対しても同様で、アレルギーも無い。しかし、現在の状態でブラックドラゴンの肉を充分に消化吸収する事は体力的に難しい。
「グウィン、サーシャはドラゴンの肉を食べる事が出来そうだ」
「何? 本当か?」
「ああ、でも、それでもここまで食べてこなかったって事は……サーシャ自身が拒絶してるって事かもしれない」
「どうするのじゃ?」
「死なせるくらいなら、嫌われた方がいい」
「妾も同じ考えじゃ」
「グウィン、俺が水を与えておくから、尻尾肉をお願い出来ないか? 出来るだけ新鮮な肉がいい。それを柔らかく焼き上げて欲しい」
「あいわかった」
グウィンは颯爽と舞い上がり、飛び立って行った。俺はその姿を見送って、ため息を吐く。
「たくさん隠蔽されたからな、お返しだ。《創造》」
死なせるくらいなら、嫌われた方がいいよな。




