第二十一話 サーシャ・ブランシャール
サーシャは真っ直ぐに俺を見詰めていた。紫色の瞳だった。初めて顔を合わせたあの日、あの時と同じ色に輝く瞳。
考えたくはないが、サーシャは俺たちにとって敵だったのかもしれない。『死の大地』に住まうブラック……いや、暗黒竜と、自在に物やスキルを生み出せる異様な人間。恐怖の対象でしかないだろう。
俺たちがこの世界の敵である可能性は、容易に想像出来た。
「サーシャ、どうなんだ?」
「使っています、隠蔽魔法」
聞きたく無い言葉はクリアに入ってくる。倒置法じゃないか、なんて冷静に突っ込んでしまいそうだ。
「サーシャ、グウィンにかけた魔法を解いてくれないか?」
「すみません。一度かけた安眠魔法は解く事が出来ません」
「そうか」
「すびー。すぴー」
確かに良く眠っている。俺はサーシャに向かって手を伸ばす。
「《鑑定》」
ステータス
名前:サーシャ・ブランシャール
年齢 : 330
種族: ᛟᚠ ᚺᛁᚷᚺ ᛖᛚᚠᛖᛋ
レベル:21
HP:280/280
MP:860/860
ユニークスキル
• R.I.P
スキル
•生活魔法 Lv.1
•隠蔽魔法Lv.3
サーシャのステータスを確認した。話していた事との相違点はあまりない。あるとすれば隠蔽魔法がレベル3だった事と種族が文字化けしている事。先ほどの魔法はユニークスキルのようだった。
思い出した。R.I.Pは、「安らかに眠れ」という意味で、亡くなった人に対して使う言葉だ。言語が俺にわかるように翻訳されているから、それで間違い無いと思う。
その流れでいうと、サーシャが使う安眠魔法は、安楽死のような魔法だと思う。眠るような死を与える魔法。エルフに安楽死魔法とは、ゲームの設定だったら性格が悪いな、と思いつつも、アリかもな、とも思ってしまう。
「R.I.Pの意味は知ってる?」
「はい。エルフ秘伝の魔法ですから」
「意味を聞いてもいいかな?」
「言いたくありません」
「すぴーぐぴー」
「グウィンを起こしてもいい?」
「眠らせてあげてください」
グウィンは死んでいない。寝息が大きくて、確認する必要がないほどだ。
俺が冷静でいられるのには理由がある。
ひとつは、グウィンは死んでも復活する。俺と出会った時の記憶は失ってしまうが、前回のリポップからの記憶は消滅しない。とても嫌だが、許容範囲だ。
もうひとつは、 R.I.Pの効果が安楽死というのはあくまでも予想でしかない事だ。
しかし、エルフのユニークスキルである以上、ただの安眠魔法の可能性は限りなく低い。それに、もしも安眠魔法の効果が予想通りだったら、無理矢理起こす事によって死を確定させてしまうかもしれない。
確信を得るまでは紳士に振る舞う。そんな余裕は無かった。レベル99の俺は、ありったけの魔力を解放してサーシャを威圧する。
「安眠魔法について教えるんだ。サーシャ・ブランシャール」
僅かな魔力でもビビっていたサーシャは、威風堂々の姿を見せていた。あのダメダメエルフの姿はそこにはない。まるで、エルフの女王か……
その時、グウィンが言っていた言葉を思い出した。ユニークスキルが使えるのは、人間で言えば勇者クラスのみ。
「サーシャ、この魔法はエルフにしか使えない?」
「……はい。エルフにしか使えません」
思わず笑いそうになる。グウィンの安全が確保された訳ではないのだが、さすがにそれは……と感じてしまった。
「サーシャ、丸裸にするぞ《鑑定》」
サーシャのユニークスキルを鑑定する。
R.I.P Lv.1
効果、安らかなる安眠。対象に質の高い睡眠を与える。
現在のレベルでは、呪いを封じる事は出来ない。
隠蔽魔法の阻害効果は感じない。ここに記載されている事は真実だ。
呪いを封じる……R.I.Pは対象を眠らせる魔法? スキルレベルが上がると、それの種類が増えていく……そのひとつが呪いの封印になるのか……少なくとも現在のレベルでは殺傷能力は無さそうだ。
「《鑑定》」
俺はもう一つの謎に向かって鑑定魔法を唱えた。隠蔽魔法によって効果が相殺される。
「《鑑定》《鑑定》《鑑定》《鑑定》《鑑定》《鑑定》」
弾かれても弾かれても、何度も何度も鑑定を繰り返した。サーシャは覚悟を決めたように隠蔽が看破されるのを待っている。
80回目の「鑑定」で、ようやく隠蔽魔法を破る事に成功した。万能鑑定のスキルがレベルアップしたのだろう。
そこにはサーシャの職業……いや、種族名が表示されていた。
サーシャ自身も、隠蔽魔法が破られた事を体感しているようだ。観念した様相でこちらに視線を向けている。
「英太さん、私のステータスはどうでしたか?」
「サーシャ、嘘ついてたな……」
「ついて……しまいました」
「330歳じゃないか」
「え……」
「年齢、一歳サバ読んでたな」
「あ、私……誕生日過ぎてました」
その瞬間、サーシャの緊張が少しだけ解けた。嬉しいとも悲しいとも取れる表情でこちらを見ている。
誕生日……明日、何事もなくお祝いしてあげられるといいな。そうなってくれと、心から願う。
「それと、種族がわかった」
記憶を失う前のグウィンが言っていた。ユニークスキルを持つのは各種属でも一握り……例えば……
「ハイ、エルフです」
サーシャはハッキリとそう言った。
ステータス画面の文字化けしていた種族名は、「ハイエルフの末裔」に変わっていた。
「ハイエルフの末裔……」
俺が読み上げると、サーシャは観念したように瞳を閉じた。
「ねえサーシャ、グウィンをどうしようとしたんだ?」
サーシャはボロボロと涙を流した。大人びた美しい外見とは似合わない、子供のような泣き顔だった。ハイエルフの末裔が抱えていたもの。遂行しようとしていた事。「はい。エルフです」なんて馬鹿みたいな主張……沢山の事を聞きたくなった。
「サーシャ、ちょっと星でも観ないか?」
腹を割って話すのに、屋上はとても適している。
「……わかりました」
「すぴー、ぐぴー」
心地良さそうに眠るグウィンを尻目に部屋を出る。螺旋階段を登りながら、最近女の子の涙見てばかりだな……と頭を掻いた。
サーシャ、螺旋階段で転んだりしないよな?
サーシャなら有り得そうで怖い。
星空を眺めていたら、ガタタタタン! という音が聞こえた。しばらくして、足を引きずったサーシャがやってきた。
「《治癒魔法》」
案の定、と思いながらも、黙って回復魔法をかけてやった。泣き止んでこそいたが、美しきハイエルフの末裔は、顔をパンパンに腫らしていた。




