第百九十九話 七つの大罪
転移した先にいたのは、十歳程の少年と少女だった。二人の会話から、俺たちの気配に気付いていない事が窺えた。
「おかしいですわ! なんで魔物たちがおりませんの!?」
「居ないんだからさ、帰ろうよ……ムロロにバレたら怒られるよ」
「なら一人で帰ってくださいませ! 私は周囲を探索しますわ!」
「僕が転移魔法使えないの知ってて言ってるじゃん!」
「あら、それでは勇者は程遠いですわね?」
「もう!」
どうやら、二人の目的はスタンピードで間違いないようだった。二人とも身なりが良い……軽装ではあるが、造りの良い鎧なのが見て取れる。
「あの猪の紋様……」
タルトが小さく呟いた。確かに少女の鎧には可愛らしい猪の紋様が記されていた。
「何か気になる事があるのか?」
「王家の紋章だ……暴食の国……グルメア……」
暴食の国?
「タルト……人間国の七つの国って……憤怒、色欲、怠惰、傲慢、強欲、嫉妬だったりするか?」
「……そうだが、それがどうかしたのか?」
知らない方が不思議なくらいの情報って事か。しかし、七つの大罪か……どうして国が罪の名前を冠しているんだ?
「英太さん……あの子……」
サーシャに腕を掴まれて、二人の子供に視線を戻した。そこには暴食に勤しむ少女の姿があった。
「ナディア、やめようよ……気持ち悪いって……」
「やめまへんわ! まっててくなはい!」
「サーシャ、あの子は何を食べたんだ?」
「スタンピードで出現した……魔物の……」
人間国には魔物を食べる習慣がある。なんら不思議な事では無いが……身なりの良い子供が荒野に打ち捨てられた魔物を食べるのには違和感がある。
しかし……魔物は爆裂魔法で吹き飛ばした筈だが……
「ホワイトドラゴンの死体だ……もしかしたら、ユニークスキル持ちかもしれないぞ」
タルトの言葉には危機感が滲んでいた。
暴食の国の王族が持つ、魔物を食べるユニークスキルか……ゲームや小説でよく見たパターンだ。
なんとなく予想はつくが……かなりのチートスキルだろう。
「気取られる可能性もあるが、鑑定してみるか?」
「そうなったらそうなっただ」
俺は少女に《詳細鑑定》をかけた。
名前: ナディア・リュミエール
年齢: 8歳
種族: 人間
称号: 暴食の器
レベル: 3(次のレベルまで 140EXP)
HP: 420/420
MP: 940/940
基本能力
筋力: D+
敏捷: E
知力: F
精神: F
耐久: E-
幸運: F
ユニークスキル
・暴食Lv.1
スキル
・火魔法Lv.1
・水魔法Lv.1
・風魔法Lv.1
・土魔法Lv.1
・転移魔法Lv.1(制御不安定)
・魔力操作Lv.1
ユニークスキル《暴食》か……既視感がある……カートが持っていた《怠惰》と同系統か?
「わわわ! みなぎって来ますわあっ!!」
少女の身体が白く輝いていく。やはり魔物の能力を取り込むスキルだろうか?
「アンナ! 大丈夫!?」
「わかりませんわっ!」
「アンナ!」
「あわわわわわわ」
言葉を失った少女は、瞬く間にホワイトドラゴンに変化した。それと同時に少年に向かって息を吸い込んだ。
「英太さん!」
「ああ!」
返事をした俺よりも早くタルトが飛び出していた。流石は主人公属性の魔王様だ。
タルトはホワイトドラゴンのブレスを一身に受け、身を挺して少年を庇った。
「タルト! 大丈夫か?」
「問題無い」
タルトの身の回りには薄く強固な結界が張り巡らせてあった。
「少年、大丈夫か?」
「あっ……はいっ……まっ魔物?」
「安心しろ、タルトは良い魔物だ。それとこっちのエルフはとっても可愛いエルフだ」
「はい。エルフですから!」
「君の名前は?」
「ペペナです!」
「ペペナ、俺たちはホワイトドラゴンの攻撃を防ぎ切る事は出来る。問題はあの女の子がホワイトドラゴンの力に耐えられるかどうかだ」
「良い魔物から質問だ。今まであの子が魔物を食べた時、同じように魔物の姿に変身していたか?」
「えっ……と……」
言いにくいのはわかる。王族のユニークスキルに関して、見ず知らずの他種族に教えるなんて、もってのほかだろう。
「いつも変身していたなら、元に戻れる可能性は高い。いつもは変身していないのに、今回だけ変身してしまったのなら、ホワイトドラゴンの力に負けている可能性がある」
タルトはこのユニークスキルの詳細を把握しているのだろうか?
ペペナは明らかな狼狽の色を浮かべている。きっと今回だけ変身してしまったのだろう。
タルトは俺にウインクをした。きっと、話を合わせろという事だろう。
「ペペナ、このままの状態で彼女を放置した場合、ホワイトドラゴンに魂を乗っ取られてしまう可能性が高い……助ける為にも、彼女のユニークスキルに関する詳細を話すんだ……ほら、俺が怖いなら、可愛いエルフのお姉ちゃんに話してもいい」
タルトはペペナをサーシャに預けた。それと同時にホワイトドラゴンに魔力を流す。
俺にはわかった。ホワイトドラゴンに変身していた少女は、既に人間の身体に戻っている。タルトはいつの間にか隠蔽魔法による形態変化と、精神干渉魔法による睡眠状態を作り出していた。
「おい、ユニークスキルの詳細を聞き出す為だよな?」
「もちろんだ。今は未熟だが、彼女のスキルは危険極まりない」
それはそうだろう。食事でスキルを奪えるなら、極論、髪の毛や爪を食べられて、創造やR.I.Pすら奪われる可能性がある。
俺たちはホワイトドラゴンに苦戦している小芝居をしながら、ペペナの言葉に耳を傾けた。
「まだ良くわからないんだ。ナディアから聞いたのもついさっきだし……オークのステーキを食べたら、力が強くなったんだって……それから、魔獣を食べる度に能力が上がって……色んな魔法を覚えたって……」
「ナディアちゃんのお父様やお母様はその事を知らないのですか?」
サーシャの質問に、ペペナは涙を滲ませた。
「言える訳ないよ……ナディアのお母様はご病気だし、お父様は……」
「側室、もしくは妾の子供だな……あの装備は王様の気まぐれか」
タルトは俺の耳元で呟いた。
「そんな子供がユニークスキルを獲得したとなったら、どうなる?」
「取り込むか、抹消だろうな」
「ペペナ! 話を聞こう!」
タルトは少女にかけた隠蔽魔法を解き、優しく抱きしめた。そしてペペナに近付いていく。
「君たちの話を聞かせて欲しい。その前に俺たちから自己紹介をさせてくれ」
威風堂々たるタルトの姿に、少年も身を正した。
「俺は魔王国の新王デスタルトだ。英太とサーシャも自己紹介をしろ」
「新国家デベロ・ドラゴの王・鏑木英太です」
「ハイエルフのサーシャ・ブランシャールです」
サーシャは少しもじもじとしながら、言葉を発した。エルフの女王の座を奪われている事が原因だろう。
俺たちの自己紹介を受けたペペナは跪き、口調をガラッと変えた。
「まさか、このような場で偉大なる魔王陛下にお目通り叶いますとは、思いもよりませんでした。わたくし、ペペナ・ルウィネスと申します。どうかお見知りおきいただければ幸いにございます」
ルウィネス……王国の名前だ。という事は、この少年も王族なのか?
ペペナは顔を上げ、タルトを真っ直ぐ見据えた。
「失礼ながらお尋ねいたします。新王デスタルト様は、かの名高きA級冒険者、タルト・ナービス様にあらせられますか?」