第百九十五話 親子
檻に入れられたエルフたちは、アンカルディアの結界内へと移動させられた。死には直結しないが、それと同等の、強い死をイメージする心象風景だ。
その事をサーシャは知らない。
俺とタルトは、エルフたちを一人も手にかけてはいない。少し乱暴に確保して、捕らえていただけだ。アンカルディアも同様だという。
サーシャはエルフたちの身の安全に、胸を撫で下ろしている。
自身がダークエルフ化した事も知らず、アンカルディアに促されるまま行動している。それが最善策である可能性が高いとしても、俺にはどうしても納得出来なかった。
サーシャとアンカルディアは、隠蔽魔法で完全に姿を消して、眠りについている。
俺とタルトも同様に姿を消し、エルフ王国の首都へと向かう。
明日に向けて休息を取るべきなのはわかっているが、どうしても俺たちでエルフ王国を偵察しなければならない。
「タルト、本当に大丈夫なのか?」
何度も筋繊維を断裂された魔王は、静かに、そして素早く走り続けていた。その背中には俺が背負われている。
「ああ、腹立たしいが、かなり調子が良い……魔力を使うとアンカルディアに感知される恐れがある。このまま走るぞ!」
エルフたちはタルトの存在に気付きもしない。やはり平和が続いていると警備もザルになってしまうのだろうか。
「人的な警備はザルだが、侵入は難しそうだな」
タルトが口にした通り、エルフの王城には侵入者を阻む為の木々が生い茂っていた。草原の中に巨木が生い茂り、その周囲を木々が取り囲んでいる。
「空から入れなくは無いだろうが、強引に結界を破らなきゃならない……誰にも気づかれずに侵入ってのは難しいか……」
「侵入と同時に魔王デスタルトが結界を再構築すればいいんじゃないか?」
「簡単に言うなよ。同時に修復したとしても、結界が破られれば中のエルフたちは違和感に気付く」
「魔王デスタルトが隠蔽魔法で結界の崩壊を誤魔化せばいい」
「お前、絶対に邪神って呼んだの根に持ってるだろ」
「そんなそんな! それはさておき、この状況だからアンカルディアは慎重策を選んだんだな」
その時、俺たちの背後に音も立てずに何者かが現れた。いや、現れたというのは違うかもしれない。何者かは、完全に姿も気配も消し去っている。
俺たちは、気配を察知した事を隠しながら、静かに会話を続けた。
「どうする? 俺たちでエルフ王国を襲うか?」
タルトが言った。敢えて乱暴な言葉を使って、相手の出方を伺うつもりなのだろう。
俺も乗っかってやる事にした。
「崩壊するエルフ王国を、サーシャ・ブランシャールが救うって展開にするのか? 悪くは無いが、前のの解除前に女王ティーナを殺してしまうと、エルフたちは元に戻らないんだろ?」
「殺さない方向で進めよう。脅して洗脳を解除させる。無理なら潔く殺してしまおう。わざわざサーシャの手を汚させる必要はないさ」
「そうだな……それじゃあ、このまま突入するか」
デスタルトは結界に向かって進むふりをしながら、背後の何者かに攻撃を仕掛ける。魔力は使わなかったが、デスタルトの物理攻撃も相当な威力だ。
しかし攻撃はあっさりと受け止められた。
こんな事が出来るのはアンカルディアか、もしくは……
「なんだ? 少し逞しくなったか、デスタルト」
「やはり父上だったのですね」
デスタルトの拳を握りしめるまーくんの姿があった。即座に《音声遮断魔法》と《隠蔽魔法》を展開し、まーくんは話し始めた。
「デスタルト、魔王が魔王国を離れて何をしている?」
「父上こそ、どうしてエルフ王国におられるのですか? 私は何も聞いていませんよ」
「儂はだな……デベロ・ドラゴに魔晶瓶を届ける為に……儂は良い……其方は魔王なのだぞ? 人間国が魔王国に攻め入る可能性もある中で何をしているのだ」
「指揮はガリュムに一任してあります。防衛に関しては、俺の代わりにゴレミとゴレオを残して来ました。ゴレオには魔八将の一席を与えました」
「……悪くない判断だ」
「ありがとうございます。それよりも、やはり今回の件は私たち親子で決着をつけねばならないと思いましたので」
「なんだと?」
「サーシャがなかなかハイエルフに覚醒出来なかったのは、幼い私を救う為にした無理のせいです……というか、そもそも父上のせいでもありますからね」
デスタルトはいきなり核心を突いた。まーくんはほんの少し躊躇い、観念したように息を吐いた。
「その様子だと、英太も既に知っているのだな?」
「はい」
「そうだ。サーシャは儂とターニャの娘だ」
既にタルトから聞かされていたが、改めて衝撃を受ける。
「サーシャ本人は知っているのか?」
「俺たちからは何も……いや、もしかしたらアンカルディアから聞かされているかも?」
「そうか……うむ……そうだな……この状況を作ってしまったのは、儂のせいかもしれぬな」
「まーくんはアンカルディアの狙いを知っているんですか?」
「魔王国滞在中に聞いていたのは、エルフ王国に新たなハイエルフが誕生した事と、教会が関わっている事だ」
「ターニャの遺体の事は?」
「ああ、知っている」
「アンカルディアの狙いに関しては?」
「詳しくは知らないが、この件を利用して、聖統主教会を潰そうとしていたな」
「アンカルディアとしては、そっちの方が重要だもんな」
「アンカルディアに任せていたら、サーシャの身に何が起こるかわからないと思ってやって来たのだが、英太とデスタルトまでやって来るとは」
「親子共々、考える事は同じって訳だな……やっぱり二人は似てるよ」
「そうか? まぁ、確かに外見は似てるかもしれないけどな」
「得意な魔法は同じだし、孤児院の運営してるだろ? ハルパラに手玉に取られてるところもそっくりだよ」
「なんだ? デスタルトもハルパラの魅了に勝てなかったのか?」
「いや……色気以外も良いところあるんですよ……というか、父上もハルパラに?」
「子は作っていないから安心せよ! 隠し子はサーシャしかおらぬ!」
「……笑いながら言われてもね。アンカルディアが言って無かったら、伝える気はないんですか?」
「いや……いずれは儂の口から伝えねばならぬな……生きているうちに」
「とりあえず、まーくんもアンカルディアと合流しますか? アンカルディアは明日、タルトと一緒にエルフの女王と面会しに行くんです」
「デスタルトと?」
「いや、私がサーシャに姿を変えて……です」
「ふむ……サーシャに危害は及ばないだろうが……魔王を代役に立てるとは、アンカルディアめ……ちょっと配慮が足らぬな」
「ちょっとですかね? いつも扱い悪いですが」
「よし! その役目、儂が変わろうではないか!」
「……え? まーくんが?」
「父上、それは……」
「デスタルトに出来て、儂に出来ないと申すか?」
「いや……そういう訳では……」
「ちゃんと演技出来ますか?」
「大丈夫だ! なんなら今からサーシャの姿になって、アンカルディアを騙し切ってくれるわ!」
まーくんは、サーシャの姿に変身した。確かにサーシャそのものではあるのだが……どうだろうか?