第百九十二話 呪われし王女
俺たちには一万もの矢が降りかかった。
明らかな殺意……オーバーキルだろ……いや、殺せなかったのだから、オーバーキルではないな。
一万の矢は俺が創造で生み出した壁に到達する事なく、デスタルトが作り出した障壁に阻まれた。
矢を放った300人程のエルフたちは、俺が創造したゴーレムに捕縛された。
捕縛されたエルフたちを前に、俺たちは言葉を失った。
サーシャ・ブランシャールには遠く及ばない……それでも、目の前に居るエルフたちは、すべからく美しかった。
俺はブラックドラゴンの鱗を混ぜた強固な檻を作り、その中にエルフたちを閉じ込めた。
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「奴らは俺たちが転移してくる場所を把握していたって事だよな?」
「わからない。ただ、ここは俺がサーシャに命を救って貰った場所だ。エルフ王国は俺がこの場所に転移してくる可能性を把握していた……つまり、俺が魔王国から死の大地を抜けて、ここで殺されそうになり、人間国に逃げた……その一連……断片かもしれないが、その辺の事を把握しているって事になる」
「そんなの……」
「サーシャが魔物を救った事は、祖母のダーリャ・ブランシャールによって、秘密にされていた。他に把握していそうな奴は、アンカルディアのくそババアしかいないけどな」
「アンカルディアが仕組んだって考えてるのか? ダーリャ・ブランシャールが亡くなって、秘密が漏れたのかもしれないぞ」
「アンカルディアは無意味な事はしない。これがアンカルディアの手引きだとしたら……エルフ王国を追い詰める為に狙わせたんだろうな」
「魔王国とデベロ・ドラゴに、エルフ王国を潰させる為にって事か?」
「少なくとも、対立を煽る事は出来るよな」
「流石にそれは……普通にサーシャの付き添いで……」
「ってタマじゃ無いよな? アンカルディアの行動には意味がある……少なくとも、これまではそうだった」
それはそうかもしれないが、本当にアンカルディアがこの状況を作り出したのだろうか?
「タル……デスタルトは、本当にアンカルディアの手引きだと思うか?」
「タルトでいいよ。俺が心を許した者にだけ許す……って事なら、お前らの価値につながる」
「なら遠慮なく。タルト、俺はアンカルディアの手引きとは思わない。この状況を作り出すなら、相当な時間をエルフ王国の統制に使う必要がある」
タルトの反応は鈍かった。
「相当な期間、人間国にアンカルディアの痕跡が無かったけどな」
「……そう言われると、あっさり自信が無くなるな」
「その辺は一旦置いて置こう。少なくとも、こうなる可能性は把握していた筈だ。それだけで腹立たしい」
「いや、俺たちがエルフ王国に来るなんて、思ってもいない筈だろ?」
「アンカルディアなら把握していたとしてもおかしくはないさ。サーシャだけを連れてエルフ王国に向かった段階でおかしいだろ? あのタイミングで英太のレベル上限を解放をしたのもだ」
「……確かにそうだな」
サーシャを連れ去る邪魔になるから、俺を行動不能にした。その為のレベル上限解放か。
「俺たちを餌にするのが、アンカルディアにとってベストな戦術だったということだ。腹立たしいって感情を抜きにしたら、乗っかる方が楽で簡単だ……でも……正直むかつくよな?」
俺はタルトの手を強く握った。
「同意見だ」
「サーシャとアンカルディアは一緒にいる筈だ。アンカルディアは俺たちがやって来た事に驚いたフリをしながら、何かしら作戦を提案して来るだろう」
「俺たちを餌にして、良いように使うだろうな」
「死体ゴーレムに取り込まれろって言い出す様なくそババアだからな……それと同等の何かしらを要求してくる。そして、その下準備は既に整っている」
「仮定の話なのに腹が立って来たな」
「気が合うな、デベロ・ドラゴの王様!」
「最優先事項はサーシャの無事。それを確保出来る範囲でアンカルディアを出し抜いてやろう」
「お前と出逢えて良かったよ……最悪、俺を餌にしても構わない。アンカルディアをぶっ潰せ!」
ほんの少し目的はぶれたが、サーシャ最優先は揺らいでいない。
「ところで、捕まえたエルフたちはどうするんだ?」
「殺す訳にはいかないだろ」
「そりゃそうだ。俺たちは戦争をしに来た訳じゃない」
「問答無用で攻撃されたがな」
「外敵から国を守ろうとしただけって、言い訳出来るぞ」
「確認もせずに魔王とデベロ・ドラゴの王を殺そうとした。そう宣言することが出来るがな」
「不可侵条約を破って侵入したのは事実だぞ」
って事は……発端は俺たちになるな。
「……俺たち、既にアンカルディアの手の内で踊らされてないか?」
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俺は漆黒の指輪を創造して、タルトに渡した。俺が装着している指輪とリンクさせても良かったのだが、まーくんに「無粋」と言われかねないので辞めておいた。
これはサーシャと俺、二人だけが共鳴する指輪だ。
「何でもスキルが付与出来るのか。しかも入れ替え可能……流石邪神様だ」
「おい、その呼び方やめろ」
「冗談だよ。この指輪にもあと二つ付与出来るんだよな?」
「ユニークスキル以外だぞ」
「ひとつは『魅了』もうひとつは『精神干渉』のスキルにしてくれ」
「おいおい、穏やかじゃないな……あれだけ隷属魔法を憎んでいた癖に」
「あのエルフたちから情報を聞き出さないといけないからな。あまり放ったらかしにしていたら、檻の中で自害しかねないぞ」
「わかったよ。しかし、俺のイメージする『魅了』と『精神干渉』と、タルトの言ってるスキルが同じかどうかわからない」
「魅了は俺への好感度を上げるスキルだ。精神干渉は相手の精神を操る……ハルパラが使っていたスキルだな」
「ハルパラ……ガリュムとカートの試合の時に使った魔法か?」
ハルパラは闘技場にいた観客の記憶を改変し、ガリュムとカートの凄惨な試合を無かった事にした。確かにあれは恐ろしいスキルだ。
「……ん? ああ、あれもそうだが……あれはユニークスキルに近い。それよりは一般的なものだ。サキュバズとのコンサートで使っていた」
「それは魅了じゃなくて?」
「魅了も使ってたかもな。精神干渉で、観客たちの精神レベルを上げていたんだよ。死体ゴーレムなんて目の当たりにしたら、みんなパニックを起こすだろ?」
「……確かに、思ったよりもみんな落ち着いてたな。魔族だからだと思っていたよ」
「それもあるけどな。さあ、その二つを付与してくて」
「わかった……《付与魔法》」
「え……これで、付与されたのか?」
「そうだよ」
「いとも簡単にやるな……父上からも言われたと思うが、人前で使うなよ」
「わかってるよ」
「俺はエルフたちを『魅了』して来る。英太はサーシャを探知しておいてくれ」
「わかった」
タルトはエルフたちを捕らえている檻へと向かった。俺は左手に嵌められた漆黒(共鳴)の指輪に意識を集中する。
途端にサーシャの現在地のイメージが、脳内に広がった。ここから南東に300Kmってところか……
転移魔法も使えないから、移動手段が必要だな。
檻の見張りをしているゴーレムを一体、ドラゴン形態に変化出来るように進化させるか……
エルフたちの収監されている檻へと転移する。そこには唸るような声が響いていた。
「殺す……殺す……ターニャを殺した……呪いの王女……」
檻から手を伸ばし、サーシャに掴みかからんとするエルフたち……その姿は尋常なものでは無かった。
サーシャは両手を上げて、首を捻っていた。
「駄目だ……『魅了』も『精神干渉』も効かない……こいつら、もう既に何者かの支配下にあるな」
サーシャの姿をしたタルトは、そう言って悲しげに微笑んだ。