第百八十八話 19回のタイムリープ
アドちゃんの口にした事は、あまりにも荒唐無稽過ぎて妾には理解不能じゃった。よって、博識なギルマスとマリィ、そしてサーシャの従魔であるルーフにも話を聞いて貰う事となった。
何度も時を巻き戻し、その度に死んでしまうサーシャを救うための旅をしている……
アドちゃんはそう言ったのだ。
博識なギルマスですら、理解するのは難しいようじゃった。
ルーフが口を開いた。
「つまり、アドちゃんが経験した未来のひとつと状況が似通っているという訳だな? その未来では、エルフ王国に戻ったサーシャが、エルフを根絶やしにし、その上で自害した」
「そうなんだよ……サーシャは漆黒の身体を手に入れていて……R.I.Pを自在に使いこなしていたんだよ」
「今回もそうなる可能性が高いということか?」
「あの……良いですか?」
そこでマリィが手を挙げた。
「なんじゃ?」
「アドちゃんが経験している『タイムリープ』という現象なんですけど、私たちは初めて聞きました。少なくとも人間国には存在しない現象です。精霊界にはその現象が存在するという認識があったのですか?」
確かにそうじゃ。妾たちが知らない現象……アドちゃんは現象に名前まで付けておった。
「……だよ? わからないんだよ。聞いたこともないし、誰かに話した事は……あるけれど、信じて貰えなかったんだよ……今回のタイムリープでは、今ここで話すのが初めてなんだよ」
存在しない現象の名前を知っておるという事か……不可解じゃな。
「サーシャさんがエルフ王国に向かった……というのは、過去ではその時の一度だけなんですよね? その時はアドちゃんも一緒にいた……で、間違い無いですか?」
「いや、僕はずっとエルフ王国に居て……あの時は……」
「となると、この段階で既に前提が違っています。だから、同じ結末になるとは限りません」
「でも、サーシャは必ず死ぬんだよ!」
「人は誰でも死ぬさ。エルフだって例外じゃない。ても、今までのタイムリープでは、俺やマリィはデベロ・ドラゴにはいなかったんだろ? グゥインやルーフがアドちゃんに協力する事も無かった……嘆いてないで、このタイミングでサーシャ嬢を死なせない為に最善を尽くそうぜ」
ギルマスの意見は、妾が言いたい事そのものじゃった。
「我は絶対に死なないくそババアを知っている!」
「アドちゃん、今までのタイムリープで起こった出来事を思い返せるだけ詳しく教えて欲しいの」
ルーフの発言はマリィによって無かった事にされた。それで良い。
「だよっ……」
アドちゃんはひとつひとつを思い返しながら、妾たちに語り始めた。そしてマリィは、その言葉を分かりやすく纏めていた。
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0回目:
アドちゃんはサーシャと契約しなかった。
アドちゃんがタイムリープを経験する前の世界。
サーシャはエルフたちに殺されてしまった。
1〜12回目:
アドちゃんはサーシャと契約した。
エルフたちがサーシャを殺した。
アドちゃんの手によって前回の死の原因となった出来事を避けても、サーシャを殺そうとするエルフは必ず現れた。
13回目:
アドちゃんはサーシャと契約しなかった。
サーシャの死に関与したエルフと契約して、サーシャが殺されないように仕向けた。
サーシャは自ら滝に飛び込んで死んだ。
その後、しばらくしてからサーシャがエルフ王国にやって来た。そしてエルフたちを皆殺しにして、自らも命を絶った。
14回目:
アドちゃんはサーシャと契約せず、一緒に滝に飛び込んだ。
その先は死の大地だった。英太とグゥインがいた。
アドちゃんは死の大地でサーシャと契約した。
サーシャは英太と子供を作り、英太は死んでしまった。サーシャは子供をグゥインに託して死んでしまった。
15回目:
アドちゃんはサーシャと契約せず、一緒に滝に飛び込んだ。
アドちゃんはサーシャと死の大地で契約した。
サーシャは妾に殺された。
16回目:
アドちゃんはサーシャと契約せず、一緒に滝に飛び込んだ。
アドちゃんはサーシャと死の大地で契約した。
サーシャは人間国からやって来た軍隊に殺された。
17回目:
アドちゃんはサーシャと契約せず、一緒に滝に飛び込んだ。
アドちゃんはサーシャと死の大地で契約した。
妾がサーシャを殺した。
18回目:
アドちゃんはサーシャと契約せず、一緒に滝に飛び込んだ。
アドちゃんはサーシャと死の大地で契約した。
妾がサーシャを殺した。
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それが事実だとは受け入れ難かった。
サーシャは殆ど妾に殺されておった。
「アドちゃん、15回目以降の英太は何をしていたんだ? 14回目の時はサーシャと結ばれたんだろ? グゥインがサーシャを殺すのを黙って見ていた訳じゃ無いよな?」
「本当の事を話すよ……英太は毎回サーシャを好きになったし、サーシャも英太を好きになった……グゥインは二人を番にしようとした……」
タイムリープ前の妾も、やはり二人を番にしようとしていたのか……やはり妾じゃな。
「……で? 英太はどうなったんだ?」
「病気で死んだんだよ」
「……14回目ではかからなかった病気だよな?」
「だよ。僕がエルフ王国から持ち込んだんだよ」
サーシャが救われる未来の為に、アドちゃんは英太を殺しておったのか……いや……病気の元となるものを持ち込んだだけなのであろう……
「英太の死がグゥインの暴走を生んだのか?」
ギルマスはその事には触れずに話を進めた。妾がサーシャを殺すに至った原因……それを把握しておきたかった。
「その可能性もあるけど、違うと思うんだよ……」
「何故そう思ったのじゃ?」
「英太が死んだのは、お爺さんになってからなんだよ。ユグドラシルも無かったから、魔素の問題も起こらなかったし、サーシャと子供を作ったのも、寿命で死ぬくらいなら……って思ったみたいで……」
「なるほど……英太だけ老化の速度が違ったのか」
「グゥインもサーシャも凄く落ち込んでいたけど、ちゃんと立ち直って、二人で仲良く過ごしていたんだよ」
「……じゃあどうして?」
「わからないんだよ。魔素のせいかなと思ったけど、それも違うみたいだったんだよ」
「アドちゃん、16回目の時の人間たちの軍隊について聞かせて貰えるかしら?」
マリィの声は重かった。何か嫌な予感がするのじゃろう。
「16回目の時は……サーシャが死の大地に来てから10年後くらいだったんだよ……英太もまだ病気になる前で、デベロ・ドラゴはゴーレムだらけになっていたんだよ……みんなで楽しく過ごしていたんだよ」
「あのゴーレム達がいて、グゥインもいて……負ける事があるのか?」
「軍隊が現れたのは、第一区画からよね?」
マリィの問いに、アドちゃんが頷く。
「だよ……白い鎧を着た兵士たちだよ」
「あなた……私たちの肖像画って……?」
「あぁ……」
ギルマスはアイテムボックスから、額縁に入った肖像画を取り出した。若き日のギルマスとマリィ……そして、金髪の騎士の三人が描かれていた。
「鎧はこれと似ている?」
「……だよ……ちゃんとは覚えていないけど、こんな感じだったんだよ」
「この男は軍隊に居なかった? この頃より歳は取っているだろうけど……」
「……わからないんだよ。沢山居たから」
「指揮を取っていた人間は、どんな感じだった?」
「指揮……あぁ、宣戦布告をした騎士の事は覚えているんだよ……その騎士が最初にグゥインを殺したんだよ……グゥインが殺されて、ゴーレムたちも力を封じられたんだよ……それでそのまま、英太とサーシャも……確かに、この鎧と同じ物を来ていた気がするよ……」
「まさか、グレアルが生きている……?」
「いや、別の未来での話だろ? そういう未来もあったって話じゃないのか?」
「グレアルって、この男の人だよ? それは違うんだよ」
「……違う?」
「女の子だったんだよ」
「……女の子?」
「そう言えば、マリィに似てだかもしれないよ」