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第二話 ドラゴン少女

 死んで、転移して、死ぬ。体感30分で二度目の死だ。


 意識が飛んだと思ったが、どうやら耐えてしまったようだった。


 だが……確実に死ぬだろう。新たな人生にはまだ思い入れがない。俺は死を受け入れた。ドラゴンに殺されるなんて、ゲームを作ってきた人間にとって、光栄な死に方と言えなくもない。


 願わくば痛い時間は短くあって欲しい。目を閉じたまま、時が来るのを待ち侘びていた。あれだけ激しく吹き飛ばされたんだから死ぬに決まってる。あんなに痛かったのに……あれ? 痛くない?


「……痛くない?」


 ゆっくりと上体を起こし、身体を確認する。怪我ひとつない。そのまま周囲を見渡す。何もない。草も木も人影も、何一つ存在しない。ただ、ひたすらに広がる荒野。


 夢?


 また転移した?


 タイムリープ……もあり得るのか?


 ぼんやりと考えていると、遠くから轟音と共に砂煙が舞い上がるのがわかった。そして、砂煙りに隠れた「それ」を認識した。人の形をしているが、そこには確かな「異質さ」があった。


「……おいおい、なんだあれ」


 黒髪、金色の瞳、そして漆黒の鱗が所々に浮かぶ肌。細くしなやかな手足を支えるのは、ゴシックロリータの衣服。その佇まいには人間にはない圧倒的な存在感があった。


 そして、それは猛スピードで近づいてくる。つい先程、激しく突き飛ばされたばかりだ。思わず身構える。


 しかし、それは英太の目の前で止まった。小学生程のゴスロリ美少女と爬虫類の獣人……のような見た目、しかし違うだろう。黒い鱗……きっとドラゴンだ。先程突き飛ばされたドラゴンの同種族か、変身した姿だろう。


 少女は俺の口を無理矢理開いて、自らの口の中に溜めた泥水を注ぎ込んだ。


 当然ながら吐き出す。少女は少しだけ悲しそうな顔をしてから、「ζяѦ₿⟰ф≀ҕℜ❂ψ∅⦾」と何かを呟き、俺の顔を舐め回し始めた。


「お、おい、ちょっ、待て! なんで舐める!?」


 拒否反応というよりは、純粋な驚きで声を上げる。少女は金色の瞳を細め、にっこりと笑った。


 そして、また何かを喋った。


「⟟҉⥼Ζ’ѧ・≊ʃνøяℓ✧҂∽❖」


 その言葉は、まるで古いラジオのノイズ混じりの音声のようで、英太には理解できなかった。


 言葉が……分からない?


 少女は彼の腕を掴むと、ずるずると地面を引きずり始めた。


「いや、待て待て待て! どこに連れて行く気だ!」


 抗議の言葉も虚しく、俺はまるで荷物のように引きずられ続けた。痛い。とにかく痛い。これ拷問じゃないか?


 辿り着いた先には水たまりがあった。少女は泥水を手で救い、俺の口元に持って来る。


 そうか、水を飲ませようとしていたんだな。そうならそうと言ってくれ。言葉が伝わらなくても優しく手を引いてくれ。


 初めて飲む泥水の味と血まみれになった全身に顔をしかめながら、少女に感謝を伝えた。


 少女はそこでようやく俺の傷に気が付いたのか、慌てた素ぶりを見せて両手をかざした。そこから柔らかな光がこぼれる。すると痛みがすっと引き、身体が軽くなった。


「回復魔法……?」


 だが、その安心も束の間、少女は再び俺の腕を掴む。


「ちょっ、またかよ! 勘弁してくれぇぇぇっ!」


 引きずられた。


 何度も舐められ、引きずられ、回復され、そしてまた引きずられる。少女の尻に付いている大振りな尻尾がぶるんぶるんと揺れているから、喜んでいるのだろう。


 俺はついに観念した。スキル枠の出し惜しみする余裕はない……使うしかないか。


 ステータスを開いて『言語理解』のスキルを選択した。頭の中に、異質な言葉の意味が流れ込んでくる。次第に少女の言葉が理解できるようになった。


「ちょっと! 引きずるのやめてくれ!」


「むっ!! なんじゃと!?」


 黒きドラゴン少女は満足げに言葉を吐き出した。


「ほーう。お主、やっと言葉が通じるようになったのじゃな!」


「そう! そう! だから引きずるのやめて!」


「何故じゃ? 心地よくはないのか?」


「いや、痛いって! ほら、血! 血が!」


「何じゃ貧弱じゃのう」


 少女が手をかざすと、傷はあっという間に塞がった。そして少女は地面に転がり、ブレイクダンスでも踊るかのように大地と戯れ始めた。


「妾はこうすると心地よいのじゃ! 硬くなった皮膚が磨かれてやわこくなるのじゃ!」


 角質ケア的なアレ? ドラゴンの皮膚なら心地よいかもしれないけどさあ……あ、腕の鱗が落ちた……?


 鱗が落ちた腕は最初から何も無かったかのようにすべすべだった。


「妾に捕まるが良い!」


 そう言った少女は、俺を羽交締めにした。


「そっちが捕まえてるだろ」


 少女は俺に構わずにんまりと笑うと、その大きな翼を広げた。


「さあ、行くぞ!」


「行くって、どこに……」


 次の瞬間、俺は少女に抱えられ、空へと舞い上がった。


「おいおいおいおいっ! 落ちる! 俺は飛べないんだぞっ!」


「静まれ、人間! 大丈夫じゃ! 妾がしっかり掴んでおる!」


「いや、そういう問題じゃなくて」


 恐怖で涙目になりながらも、必死に少女へと問いかけた。


「お前は何者なんだ!? ここはどこなんだよ!?」


「妾はグウィンじゃ! 高尚なるブラックドラゴンである!」


 やはりドラゴンだった。ブラックドラゴンはドラゴンの格付けでどの辺りだっただろうか?まあ、上位種に入るのは間違い無いだろう。


「で、他のドラゴンは? というか他の生き物は?」


 その瞬間、グゥインの手から力が抜けた。


「あっ……」


「いや待て、落とすなっ!」


 叫びも虚しく、俺の身体は空中へ投げ出された。


 ああ、終わったな……地面が近づいてくる。恐怖よりも、呆れた気持ちの方が強かった。だが次の瞬間、鋭い風を切る音と共に、彼の身体はふわりと宙で止まった。


「掴んだのじゃ!」


 グウィンが抱きかかえている。彼女の金色の瞳が、どこか申し訳なさそうに揺れていた。


「危ないではないか! 妾がしっかり掴んでおると言ったであろう!」


「お前が落としたんだろうがっ!」


 俺は怒鳴り返し、グウィンはぷくっと頬を膨らませる。


「むぅ……妾は悪くないぞ」


 視線を向けた先には、何もない大地が広がっていた。やはり草木も水も、生き物の気配すらない。


「ここは……一体……」


「ここには、妾とお主しかおらぬ」


 グウィンはそっぽを向き、何かを隠すように呟いた。


「グウィン……お前、ここで何をしているんだ?」


「お主には関係ないであろう」


 何かあるのは間違い無かったが、追及はしないことにした。どれくらいの付き合いになるかはわからないが、言いたくなったら言えばいい。


「とりあえず……喉が渇いた」


「しょうがないのう」


 二人は小さな水たまりの側に降りたった。直飲みするグウィン。俺は手で水では無く土に手を伸ばした。


「何をしておる? 喰らうのか?」


「土魔法だよ」


 俺は土を操り、小さなコップを作り上げた。


「できた!」


「おおおっ!」


 色こそ土そのものではあったが、質感は陶器に近いものができた。想像以上に良い出来栄えだった。

 

 グウィンは目を輝かせ、尻尾をぶんぶんと振り回す。


「すごいのじゃ! 妾も欲しいのじゃ!」


 俺はもう一度土に魔力を込めると、ドラゴンの尻尾つきのマグカップをクリエイトした。


 「わーーわーー! 嬉しいのじゃ! 可愛いのじゃー!」


 グウィンは大切そうにマグカップを抱き抱え、尻尾を振り回していた。


 俺はマグカップに手を伸ばし、水魔法を発動させる。不純物のない綺麗な水がグウィンのマグカップに落ちる。グウィンはそれを勢いよく飲み干した。


「う、う、うまーなのじゃ!」


 魔力の水は美味しいらしい。俺も自分のコップに水を産み出そうとしたが、水魔法は発動しなかった。


「え? なんで?」


と、ステータスウインドウを開くと


ステータス


名前:鏑木英太カブラギエイタ

年齢 : 15

職業:デベロッパー

レベル:1

HP:98/100

MP:0/50


ユニークスキル

•クリエイト


スキルスロット

1.全属性魔法

2.言語理解


 どうやら魔力不足のようだった。


 土魔法が二回と水魔法が一回。お試しで使った火や風の魔法での消費分を含めても、どうやら魔法は連発出来そうになさそうだ。


 魔力は時間で徐々に回復するのだろうか?

それともゲームのように一晩眠ると全回復しているのだろうか?


 生活の為に必要なものを作らないといけない。しかしちゃんと優先順位を考えていかないと。


 優先順位……


「なあグウィン?ここにはグウィンと俺しか居ないって言ったよな」


「そうじゃ」


「それって動物も?」


「うむ。おらん」


 やっぱりそうか。


「木とか草は……」


「生えておらん。空から見たであろう」


「じゃあ食料は……グウィンはどうしてたんだ?」


 食べなくても生きられる世界? って事もあるのか?


「妾は魔素を吸うだけで生きられる」


 魔素。空気中に漂う魔力の元素。それがある世界って事か。まあ、魔法が使えるんだから当然か。


「しかし……最近、その魔素すら減ってきておる」


「じゃあグウィンにとっても食料の確保は必須って事か」


「まあ、大人しくしていれば200年は待つであろう」


「にひゃ……ああ、そうなんだ」


 最近足りなくなってきて200年って、じゃあ一体グウィンは何歳なんだ? とは思ったが聞くのはやめておいた。聞いてほしくない事かもしれないし。


「どっちにしても俺の食料は確保しないといけないな」


 全属性魔法で何か生み出せるだろうか?火、水、土、風、雷……土はその気になれば食べられるのかな?


 やばい。考えてたら腹が減って来た。まだ倒れるとかじゃないけど、日常生活なら何かつまんでるくらいには腹が減って来た。


「お主……名はなんという?」


「英太」


 グウィンはしっぽをぴこぴこと動かし、呟いた。


「英太よ……尻尾、食べるか?」


「は?」


「尻尾」


 二人の間に沈黙が流れる。


 冗談なのか本気なのか、グウィンの金色の瞳は真っ直ぐ俺を見つめていた。

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