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幕間 タルト・ナービスの冒険 後編

 俺たちはアラミナの冒険者ギルドを訪問し、ギルドマスターへの面会を希望した。


 A級冒険者のタルト・ナービス率いる『紅蓮の牙』が、アラミナのダンジョンに挑戦する……ギルドマスターとしては願ったり叶ったりのはずなのだが、ショウグン・トクガワが発する空気に歓迎のムードは無かった。


 表面上は友好的だし、隙も見せているが、それはこちらの出方を探る為に用意された罠だと認識した。


 互いに探り合いの空気の中、ダンジョン挑戦の許可を得る。一先ず食事にしようかと、治安の悪い酒場に顔を出した。


 野盗崩れの冒険者たちが、昼間から酒を煽っている。その中に、一際目立つ男が居た。2メートルを超えるその男は、自らが野盗である事を隠しもしないあからさまに粗暴な外見をしている。


 それに、どうやら俺たちの事を聞き回っていたようだった。


 リンガーが魔法で酒場の会話を盗聴していたのだ。まさか、こんなにも早く網に引っ掛かるとはな。


 俺が男の元に向かおうとするのを、ギルドマスターが必死で止めた。どうやらそいつを庇っているようだ。


 臭う……


 この野盗が奴隷売買に関わっている……


 そして、この野盗とギルドマスターが繋がっている……


 俺は野盗風冒険者を鑑定した。


 二桁もの前科を持っているだと?


 犯罪歴のある冒険者は少なくないが、流石にこれはやり過ぎだ。こいつを冒険者に認定したのは……このアラミナの街だ。


 やはり、この男はクロだ。そして、ギルドマスターも……


 俺の殺気を探知したのか、野盗風冒険者がこちらに視線を向けた。その先に居たのは俺では無く、今にも魔法を放ちそうなアイラの姿だった。


 アイラ、ギルド内で暴れるのは悪手でしかないぞ。


 俺より先にギルドマスターが間に入った。


 これで、野盗とギルドマスターの癒着はほぼ確実なものとなった。


 三人のレベルを上限まで持っていくのと並行して、奴らの尻尾を掴まねばならない。


☆★☆★☆★


 アラミナの街は、俺たち『紅蓮の牙』の話題で持ちきりだった。しかし、一番の話題となっていたのは、別の冒険者パーティーの様だった。


 ここ最近、ダンジョンで暴れ回っている『漆黒』という冒険者パーティーだが、とにかく圧倒的な戦力を誇るそうだ。


 ならば、アラミナ以外でも既に話題に登っていそうなものだが、聞き覚えはない。


 リーダーはしょぼくれた商人だが、武闘家の美女と、サキュバスの美女に囲まれているハーレムパーティーだと聞いた。


 サキュバスが人間国にいる訳無い。サキュバスのように妖艶な人間の女なのだろう……


 どんな女なのか?


 出会うまでは、少し楽しみにしていた。


 出会った瞬間に、呼吸を忘れてしまった。


 彼女はサキュバスなんかじゃない……


 隠蔽魔法がかけられているが、俺にはわかる……彼女の種族は……


☆★☆★☆★


 あの時の記憶は曖昧だった。


 今になって考えてみれば、何かしらの魔法がかけられていたのだろう。


 夢と現実の狭間……そんな不思議な感覚の中……俺は恐怖に震えていた……


 あれは結界の切れ目だった……


 誰かが開いたのか……?


 いや、俺が開いたのだろう……


 飛び込んだ?


 逃げ込んだ?


 記憶は曖昧で、その多くは後付けで改ざんしたものだと自覚している。


 俺が意識を取り戻した時、抜け出た筈の通り道は塞がっていた。


 そこは、強力な瘴気に包まれた枯れ果てた大地だった。


 瘴気を放つ存在は、俺の存在に気付いていないようで、俺は必死で自らの存在を消し去った。


 恐怖の対象でしかない化け物……逃げ出したいのは山々だったが、俺の抜けて来た結界の隙間は何処にも見当たらない。


 怖い。


 怖い。


 怖い。


 怖い。


 俺はひたすらに、この荒地から抜ける術を考えた。


 母上の魔力……


 父上の魔力……


 自分と繋がりのある魔力を探り、そこから外へ出ようと足掻き続けた。


 やがて、魔力を探知する事に成功した。


 気取られるな、逃げ仰せ。


 それだけを胸に、歩を進める。


 あの頃の俺に出せるだけの魔力をかき集めて、小さな小さな魔力の繋がりに魔力を流し込む。


 それが結界魔法だったのか……あの時の俺にはわからないかった。


 気付いた時には、青々とした森の中にいた。


 強大な瘴気は消え失せている。


 代償として、全ての魔力と殆どの生命力を放出した。何とか回復しないと……


 川の水を啜り、魚を喰らい、なんとか体力を回復させようとしたが、放出し切った魔力は戻る気配が無かった。


 くそ……このままじゃ……死んでしまう……


 その時、絶望感に包まれる俺の元に複数の矢が飛んで来た。


 俺を獣だと勘違いしているのか……


 俺は敵ではない……


 魔物だ……


 魔族だ……


 矢には魔力が流し込まれていて、魔族である俺の生命を刈り取る力があった……


 俺を魔族だと知っている……?


 殺しに来ている……?


 十本以上の矢に身体を射抜かれ、死が目前まで迫ったその時、枯れ果てた魔力が一瞬だけ復活した。


 死に抗う魔族の本能なのだろうか?


 俺は必死で這いつくばる……


 身を隠せ……


 死んではならない……


 魔力を遠くに飛ばすと同時に、別の魔力で自らの存在を隠した……もう動けない……


 俺を射抜いた者たちの姿が見えて、飛ばした魔力を追うように立ち去っていくのがわかった。


 あの美しさと、特徴的な耳……ここはエルフ王国なのだろう……


 安堵感と共に、再び魔力が尽きてゆく……あぁ、今度こそ無理だ……俺はこのまま死んでしまうのだろう……くそ……


 薄れゆく意識の中で、暖かな魔力を感じた。


 微かに目を開けると、そこには一際美しいエルフの少女の姿があった。


 彼女は魔物である俺から流れる血を気にする事なく、傷口に触れながら、魔力を流し続ける。


 しかしそれは、回復魔法では無かった。一般のメイドが使うような生活魔法……回復ではなく、汚れを取るような魔法だ。


 それに……脆弱な少女の魔力では、俺の怪我を治す事は不可能だろう。


 でも、彼女に抱かれて死ねるなら、悪くないかもしれない。


 俺は少女の手を取り、首を横に張った。


 少女は大粒の涙を溢した。


 その途端に、少女の魔力が大きく爆ぜた。


 まるで爆発するようなその魔力は、俺の良く知るものだった。


「アールアイピー」


 その言葉が響くと同時に、俺の体内を巡っていた何かが消滅していった。


 魔力なのか、呪いなのか、俺には見当もつかない。


 ただひとつわかったのは、目の前で意識を失った彼女を救わねばならないという事だ。


 ……ああ、そうだ。


 俺が初めて結界術で隠蔽魔法をつかったのは、あの時だったんだ……


 漆黒に変貌したエルフの肌を、元の色に戻してやった時だ……


 いや、きっと違う……あの漆黒の肌こそが、彼女本来の姿なのだ……


 だって彼女からは……俺と同じ匂いがしたから……


 抗うことの出来ない……


 消すことの出来ない……


 魔王デスルーシの血の匂いだ……


 彼女はきっと……


 俺はそこで意識を失った。

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