第百八十四話 結界術の落とし穴
俺たちが魔王国にやってきた時、デベロ・ドラゴと魔王国を繋ぐ結界は2日ほど開きっぱなしだった。
しかし、それはデベロ・ドラゴ側からの一方的な物であり、魔王国側からは結界の隙間は発生していなかったのだ。
魔王デスルーシにも匹敵する結界術の才能を持つ冒険者、タルト・ナービスが結界に干渉して理を捻じ曲げていた。
結界の条件を無理矢理変更したツケが発生していた。
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「デベロ・ドラゴに帰れない?」
魔王国の会議室に呼び出された俺たち『漆黒』に告げられたのは、確定事項だった。
「すまない。俺の計算が甘かった」
デスタルトは深々と頭を下げた。
「わかるように説明してくれ」
「あの時、魔王国とデベロ・ドラゴの間に結界の隙間は発生していなかったんだ。人間国との結界が緩んだ影響で、島全体の結界の力が弱まっていた。俺はそれを利用して無理矢理結界をこじ開けたんだ。それと同じ要領で結界を開こうとしたんだが、全く反応が無い」
魔王国と第二区画を繋ぐ結界を通過出来るのは、一方通行だったって事か……
「結界術ってのは、基本的に外からの侵入に強いものだよな?」
「いや、そうとも限らない……外敵から護る場合はそうだが、何者かを閉じ込める場合は逆になる……普通の結界はそうだが、死の大地に張られた結界は更に特殊だろう……邪神を封印する為に特化しているか、それ以上に複雑な何かなのか……」
ゴレミが手を挙げる。
「具体的にはどの様な対応策がありますでしょうか? 最悪、私たちの帰還が遅れるのは構いませんが、デベロ・ドラゴへの魔素供給は急務です」
「一番はフレイマ跡地に発生する結界の隙間を通り抜ける事だ」
「なるほど……でも不可侵条約の破棄はまだ先の予定なんだろ? それに魔王国自体にも結界は張られている」
「魔王国と他国の間に張られた結界なら容易に剥がす事が出来る。聖統主教会の事もあるが、すぐに結界を貼り直せば問題無いだろう」
「満月の夜なら人間国とデベロ・ドラゴを転移魔法で行き来出来た。それなら魔王国から直接デベロ・ドラゴに向かえるかもしれないよな?」
「その可能性はあるが、それでもフレイマ跡地に戻った方がいい。転移魔法は目的地までの最短距離を通過する仕組みだ。英太の転移魔法が特殊である可能性はあるが、特殊な結界を通り抜けるなら安全策でちくべきだろう」
「それなら早い段階で人間国に移動しておこう。一旦俺たちだけで移動して、結界の行き来が可能だと確認してから、移住者全員で人間国に転移する。何度も結界を張り直す事になるが、大丈夫か?」
「やるしかないさ。実際それがベターだ」
「意見します。代替案も考えておくべきです」
立ちあがろうとする俺たちを、ゴレミが引き留めた。
「……たしかにそうだな」
タルトはどすんと椅子に座った。
「ゴレミ、何か案があるのか?」
「いえ、これといってありません。ですが、魔物たちと元魔王デスルーシを送り出すならば、やはり魔王国からにするのが筋かと存じます。新王デスタルトが魔王デスルーシの作った結界を開けないというのも、いかがなものかと思いますし」
効率的とは言い難いが、ぐうの音も出ない意見だった。
「……わかったよ! ちくしょう!」
デスタルトは頭を掻きむしりながら立ち上がった。
「どうするんだ?」
「やってやるよ! 英太、俺はこれから結界を開く為に全力を尽くす。月が登り切るまでに移住者を集めて寝室に来てくれ」
「大丈夫なのか? 人間国からのルートも確保しておいた方が……」
「任せろ、絶対やってやる!」
デスタルトは聞く耳も持たずに立ち去ってしまった。
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「ゴレミの言い分もわかるが、安全策で良かったと思うぞ」
「私は考えたのです。グゥインさまならどう言うのか? グゥインさまなら、自ら困難な道を選ぶことで、王としての威厳をかっこたるものとして、国民に勇気を与える筈です」
全く同意出来なかったが、反論は辞めておこう。もう結果は変わらない。
「デベロ・ドラゴと肩を並べる国の王ならば、デスタルトには前王を超えて貰わねばなりません」
「百歩譲ってそれはそうだとしてもだな……一応、人間国に転移出来る様にしておかないと」
俺は指輪に魔力を込めた。
「マー君……英太です……」
「……どうした?」
指輪からホログラムのマー君が浮かび上がり、返事をした。何やら周りがうるさい。子供たちの声がしているようだ。
俺は一連の流れを説明した。マー君の返事は至極全うなものだった。
「魔王デスタルトが決定した事だ。それに逆らう事は許されない」
「……同盟国の王様の意見ですよ」
「ならば英太がデスタルトと話し合うが良い。それにだな、一度はデスタルトが提案した事だと言っても、儂の一存で魔王国に張られた結界を消滅させる事は出来ない。人間国ならば尚の事、聖統主教会の事もあるからな」
全うな意見過ぎて何も言い返せない。
俺はデスタルトを説得すべく魔王の寝室を訪ねるが、王命を受けたバルゼが立ち塞がる。
「デスタルト様から、結界が開くまでは何人たりとも倒さない様に言われております」
「いや、だからさ……」
「デスタルト様から、結界が開くまでは何人たりとも倒さない様に言われております」
RPGでよくあるあれだ。このルートで攻略しなきゃいけない奴だ。
「英太さま、デスタルトさまに任せて、俺たちに出来る事をやっておきましょうよ」ゴレオが言った。
「出来る事って?」
「デベロ・ドラゴに持ち帰るもの、魔王国の名産品を買い集めるとかですかね?」
「ゴレオ、それならば既に完了しております」
ゴレミはアイテムボックスをぱんと叩いた。
「んー……じゃ、武神でも呼んでおきますか?」
「それもそうだが、それはギリギリでもいいだろ? また訓練に付き合わされるぞ」
「そっすねー……じゃあ、魔晶石を集めましょうか? 魔素を放つなら多いに越したことないですよね?」
「魔晶石か」
確かにその通りだな……魔晶石は多いに越した事は無い……
「ゴレオ、良い提案をありがとう」
「え、そうですか?」
「あぁ、ちょっと作ってみようと思う」
「何をでしょうか?」
「魔素を保存出来る魔道具だよ……魔晶石の高濃度版をイメージするんだ。デベロ・ドラゴの魔素問題は、大半がユグドラシルのせいだ。安定して魔素を与える装置を完成させれば、かなりの猶予が産まれる」
俺は小さな瓶を《創造》した。
「これに魔素を溜め込むのですか?」
「あぁ、地面に差し込んで、土地全体に魔素を供給する……俺の暮らしていた国で、植物に栄養を与えていたものと同じ形だ」
「魔素はどのようにして集めましょうか? 自動的に吸引するのですか?」
「いや、それだと色々問題が発生するだろう。ここに魔力を注いで貰おう……瓶の口から魔力を流すと、中に取り込めるようになっている」
「なるほど……」
「今のうちに三人で手分けして、多くの魔物から魔素を貰っておこう」
「では勝負にしましょうれ一番魔素を集められた者の勝利です!」
「え、楽しそうじゃないっすか!?」
「負けませんよ」
そう言うと、ゴレミとゴレオは猛スピードで飛び立って行った。
二人は何事にも前向きだな!
しかし、勝負となったら負ける訳にはいかないな……二人には悪いが転移魔法を使わせて貰おうか。
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俺が魔素を頂戴した相手は、元魔王のマー君と、魔王国最強のバルゼだった。
魔王デスタルトの邪魔をしない為に、泣く泣く魔素を集めているという泣き落としで、二人から莫大な魔素を譲り受ける。
ゴレミ、ゴレオ……こういう時はちまちま集めてちゃダメなんだよ。どかんと行かないと。
……しかし魔素集めバトルは意外な結果となった。
魔八将から魔素を貰い受け、マー君とバルゼがすっからかんになるまで魔素を搾り取ったゴレミが二位……優勝は俺ではなく、ゴレオだった。
「いやぁ! 新たな修行だって嘘ついたんです! ここに魔力を込めれば込めるだけ鍛えられるって……そしたら、こんなんなっちゃいました!」
ゴレオは武神バルカンから魔素を搾り取った。残りHPが1になっても死なない武神……マー君のセーフモードの恩恵を受けてのそれだろう。強くなる……そのひと言を信じて、干からびるまで魔素を詰め込んだ様だった。
とりあえず、生きているから良しとしよう。