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第十八話 人間らしい悩み

 その日の夜、サーシャが眠りについた後、俺とグウィンは屋上で夜空を眺めていた。


「無理矢理って訳にはいかないもんな」


「それは、その通りじゃ」


「よく言うよ。グウィンはかなり強引だったぞ」


「ぐぬぅ……そんなつもりは無いのじゃが、抑えが効かなんだ……」


「サーシャ、絶対に何か隠してるよなぁ……」


 サーシャに気付かれないように、しれっと鑑定で覗き見る事は可能だ。だが、それはしない。その癖があるわけじゃないからだ。


 鑑定を拒否したサーシャは、出来る限り自分の事を話してくれた。使える魔法は初級の生活魔法のみ。目覚めてからも隠蔽魔法を試してみたが、使えなかった。一度使っているので、使えそうな感覚があるにはあるらしい。


 食事に関しては、果実や木の実を主食としているそうだか、水だけでも最低限の生活は出来るという事だった。特に俺が魔法で生み出した水にはエルフの活動に充分な栄養が含まれているらしい。肉も消化吸収出来るというので、干し肉を渡しておいた。何の肉かを聞いたサーシャは、完全にドン引きしていた。


 年齢は話していた通りの329歳で、恋人はいないらしい。


「恋人に関しては、聞かなくても良かったんじゃないのか?」


「いいや、いつか英太とつがいいになる可能性もあるからのう。その時サーシャに好いた男がおったなら、英太が悲惨な想いをしてしまう」


「勝手に恋愛と失恋のシミュレーションするなよ」


「備えあれば憂いなし、であろう?」


グウィンはついこの間まで知らなかった『ことわざ』を得意げに使ってみせる。


「とにかく、勝手に番にしないでくれ。ちょっと気まずいから」


「雄と雌が一体ずつしかおらぬのなら、自ずとそうなるというだけの話じゃ……それに、英太の目から見て、サーシャの器量はなかなかじゃろう?」


「ま、それは……」


 控えめに言って絶世の美女だ。少し頼りない所も可愛らしいなとは思う。一緒にいる時間が増えたら好感度は上がっていくだろう。


「妾は雄と雌の好いた惚れたという感覚を知らぬ。すまんな、助けになってやれずに」


「謝るなって……それより、あんまりサーシャに厳しくするなよ。ただでさえ仲間とはぐれてひとりぼっちなんだ。ストレス溜まってどうにかなっちゃうぞ」


「仲間ならここにおるではないか」


 グウィンは当然とばかりにそう言い放った。


「うん。俺たちにとっては新しく出来た仲間だけどさ、サーシャにとってはレベル99のチート人間と、偉大なるブラックドラゴンなんだから」


「遠慮する事ないのじゃ! 妾はサーシャも同等の友達だと認めておる! 王に対する最低限の敬いを忘れなければ丸焦げになどせぬぞ」


「丸焦げは絶対にダメだぞ」


「わかっておる。物の喩えじゃ」


「とにかく、サーシャには無理させるなよ」


「無理とはどういう事じゃ?」


「だから……俺にしたみたいに、無理矢理魔力を使わせたりだよ」


「英太は無理をしていたのか?」


「そりゃね。まぁ、俺はともかく、サーシャには無理させないように」


「そうか、あいわかった」


 グウィンは拍子抜けするほどにアッサリと受け入れた。


 俺が念を押したのには理由がある。サーシャは自分からグウィンの特訓を受けたいと言い出していたのだ。鑑定を拒否した負い目なのか、この土地で暮らす為の決意なのか。その厚意に漬け込んではいけない。


「うっ……うぅ……」


 気付くと、グウィンが泣いていた。


「グウィン!? どうしたんだよ?」


「何でもない……」


「何でもなくないだろ? 教えてくれよ」


「妾は何もわかっておらぬ……英太を苦しめていた事も今になって知った……自分の愚かさに腹が立っていたら……こうなったのじゃ……」


 不用意な一言がグウィンを傷付けてしまったようだ。


 グウィンには申し訳ないと思うが、同時にサーシャの為にグウィンに釘を打っておくのは、間違いではなかった。


「俺も悪かった。泣くなって」


「泣く……? 妾は今泣いておるのか?」


「そうだよ」


「この雫が涙というものか……そうか……妾は泣いておったのか……」


 グウィンは沢山の事を知っていた。そして多くの事を忘れてしまった。その中に人間の営みに関する事はどれくらいあったのだろうか?


 「泣く」という事は、知らなかったのか、忘れてしまったのか……


「英太よ、妾は英太の事が好きじゃ。サーシャの事も、ゴーレムたちの事も好きじゃ。でも妾は皆の事をあまり知らぬ。妾は皆を苦しめたくはないのじゃ。妾が知らず知らずのうちに其方らを苦しめるような事があったら、その時は迷わず妾を叱ってくれ」


「今でもそうしてるよ」


「そうか、さすがは妾の友達じゃ」


「間違えても、反省して、改善していけばいい。ドラゴンだけじゃなく、人間だってそうなんだ」


「でも、サーシャを追い込むのは良くないのであろう?」


「良くない。でも、サーシャがそれを望んでいないと決めつけて、サーシャの可能性を狭めてしまうのも違うと思う」


「なんだか難しいのう」


「そうだよ。難しくて、面倒なんだ」


 不意に可笑しくなった。圧倒的な力を持つブラックドラゴンが、人間と同じような悩みを持ち始めている。


「一緒に探して行こうよ」


「あいわかった」


「あとさ、俺も言っておく」


「なんじゃ?」


「俺もグウィンの事が好きだ。ゴーレムたちもそうだと思う。サーシャにも好きになって貰えるといいな」


「うむ、そう願う」


「だな……」


「時に英太よ、其方も雫を垂らしていた事があったな。あれも涙じゃったのか?」


「……忘れたよ」


「リポップせずとも忘れる事もあるか」


「俺はめちゃくちゃ悲しくないと泣かないかな……例えば、グウィンが死んでしまうとか」


 前世の俺なら照れ臭くて言えないような事だった。素直すぎるブラックドラゴン相手には、カッコつける事なんて出来はしない。


☆★☆★☆★


 翌日から、サーシャの魔法訓練が始まった。今使える魔法を磨きつつ、新たな魔法の習得を目指す。


 まずはサーシャが使える魔法。生活魔法は本当に便利だった。


「《浄化魔法クリーン》」


 サーシャが唱えると身体の汚れは消え失せた。その他にも周囲を明るくする「ライトニング」、対象を探す「サーチ」温度管理をする「ヒート」と「クール」など、生活を豊かにする魔法が沢山あった。


「どこが役立たずなんだよ。凄いじゃないか!」


 お世辞抜きで素直にそう思った。こんな魔法使いがいたら、どれだけ助かることか。


「ありがとうございます。でも、これくらいの生活魔法なら、エルフはみんな使えるんです」


 なるほど……こんなに便利な魔法でも、みんなが使えるなら優位性は無くなる訳か……それはそうだ。


 サーシャの魔法を見ただけで、全属性魔法持ちの俺は生活魔法を使える状態になった。きっとサーシャより広範囲、高出力で魔法を操作出来る。


「英太よ、サーシャの事は妾に任せるのじゃ。まずは生活魔法のスキルレベルを上げる事と、隠蔽魔法の完全習得を目指す。英太は英太で国の発展と自身のスキルアップに集中するのじゃ」


「わかった。お互い頑張ろうな、サーシャ!」


「はい!」


 サーシャが笑顔を覗かせた。あんな風に笑うサーシャを初めて見たかもしれない。


 エルフの王国からこんな所にやってきて、人間とドラゴンと生活している……寂しくないのかな? 今度その辺り聞いてみるか……

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