第百八十一話 エルフの新女王
俺はカートの領地に巨大な施設を作った。シンプルで白い外観は巨大な病院を連想させる。
まぁ、前世にあった病院なので、この外観で病院を連想するのは、この世界では俺だけかもしれないが……
この施設の名前は『怠惰の館』である。アンカルディアに殺されたボルバラが、カートのスキル『怠惰』を他者に付与する術を研究しており、その治験者となる魔物を募集するのだ。
期間は一週間。なんと、寝ているだけで食事と給料まで貰えるのだ!
なんて嘘っぱちな情報が、魔王国全土に流されていた。
提案したのは、大魔導師アンカルディア様だ。
「ボルバラの関与していた実験なら、聖統主教会の信者は食いつくさね。そこに隔離して、じっくり棄教させるといいよ」
信仰の自由はある筈なんだけど、やっぱり今回のこれは別枠だろうな。
「でもね、あの8人はダメだよ。完全に人間国と繋がっている……『死の大地』で、ブラックドラゴンを捕獲するつもりだよ」
アンカルディアが指差したのは、ガリュムが用意したデベロ・ドラゴへの移住者リストだった。
「グゥインを捕縛なんて、出来ませんよ」
「私だってそう思うけど、何が起きるかわからないよ」
アンカルディアがそう言ったのには理由がある。
俺たちがデベロ・ドラゴに戻る事になる満月の夜……既にアンカルディアは魔王国を去っている。当然ながら、アンカルディアはデベロ・ドラゴには来ないし、俺たちの帰国を見送る事もない。
「大丈夫ですよ。彼らは魔王国で捕獲して、処刑します」
デスタルトは当然のようにそう言った。
「任せるよ。問答無用で殺しても構わないと思うけどね」
「王族をアンデットに変えた……それだけでなく、魔王国全体をアンデット化する計画もあったんです。それなりの対応をしないといけない」
「公開処刑か……」
魔王デスルーシのそれとは大違いだな。前世の価値観基準では間違っているが、この世界観ならば普通の事だろう。
「英太、私の見送りは要らないよ。その辛気臭い顔で見送られると幸先が悪いからね」
「行きませんよ。祭りの方が大事ですから」
「……なんだ、聞いたのかい?」
「さあ?」
「英太、脱ぎな!」
「は?」
俺とデスタルトは同時に声を上げた。
「馬鹿だね、レベル上限の解放だよ。また上限に達したみたいだからね。やっといてやるよ」
「禁術を随分な言い方ですね」
デスタルトは呆れ顔だった。
「そりゃ私だからね。英太も安心しな! この世界が誕生してから二度目のレベル上限解放に挑戦した者はいないし、そもそも一度目で能力そのままにステータスレベル1になった者もいない……運が悪けりゃ死ぬだろうけど、五分五分だし、たぶん重度の後遺症くらいで治るから!」
「何ひとつ安心出来る要素が無いんですが」
「大丈夫だよ。私だからね」
デスタルトに視線を向けるが、さりげなく逸らされた。
最初にレベル上限の解放の話を持ち出したのは、他でも無いタルト・ナービスだ。少し薄情じゃないか?
「どうするんだい?」
「……やります」
「良い目をするじゃないか……さあ、脱いだ脱いだ」
俺は勢いよく上着を脱いだ。アンカルディアの手のひらが背中に触れる。
「良いかい? 5つ数えたら行くからね……いつーつ」
強烈な衝……
☆★☆★☆★
目が覚めると、そこは俺たちが泊まる魔王城の客室だった。頭は回っていないが、5つ数える前に魔法をかけられたのは覚えている。
前回の様な体調不良は無い……それよりも何よりも、死んでいなくて一安心だ。
起き上がって身体を動かしてみる。普通に動けるな……よし……怖いけど、確認するしか無い。
「《詳細鑑定》」
名前:鏑木英太カブラギエイタ
年齢 : 15
職業:デベロッパー
称号:ドラゴンスレイヤー
ドラゴンプレゼンター
レベル:108
HP:24,800/24,800
MP:51,000/51,000
基本能力
筋力: E
敏捷: C
知力:SS
精神: SS
耐久: E
幸運: G
ユニークスキル
•創造クリエイト Lv.7
スキルスロット
1.全属性魔法 Lv.4
2.言語理解 Lv.3
3.全能鑑定 Lv.3
4.アイテムボックス Lv.8
5.交渉 Lv.2
6.
火属性魔法 Lv.4
水属性魔法 Lv.4
風属性魔法 Lv.4
土属性魔法 Lv.8
聖属性魔法 Lv.4
無属性魔法 Lv.4
生活魔法 Lv.3
精霊魔法 Lv.4
神聖魔法 Lv.4
突破した……レベル上限を突破した!
そのお陰か、今まで鑑定出来なかった自分の基礎能力も鑑定出来るようになった。
ハイエルフの家系と子供を授かった者は存在する。俺とはケースが違うが、条件はレベル200越えだ。
アンカルディア、それにマー君もそう言っていた。どこまでレベルが上がるかわからないが、当面の目標はそこになる。
で……どれくらい経ったんだ?
前回は3日間だっけ?
それより短いかもしれないが、下手すると満月の夜を逃している可能性もある、
サーシャ……サーシャは?
「英太さん! 英太さん! 英太さん!」
その瞬間、漆黒の何かが俺に抱きついてきた。
サーシャ? ダークエルフモードになっているのか?
「英太さん! 英太さん! 英太さん!」
頭ごと抱きしめられているので、窒息しそうだ。これは胸……? この突起は耳……でもこのひらひらは……
「全然駄目です! それでは癒されませんよ!」
……この声は……ゴレミ?
「もー……難しいっすよー!」
漆黒の身体は俺を解放した。そこにいたのは、胸だけ女性化したゴレオだった。
「何してるんだよ」
「レベル上限の解放祝いです。前回サーシャさまに甘えられた時は、鼻の下を伸ばして喜んでいらしたので……」
「伸ばしてないし、伸びてたとしたらサーシャだからだよ」
「うーん。胸の大きさは完全に同じだと思うのですが」
「知らん! 全然もちもちしてないし!」
「……もちもち感が重要なのですね……そこは盲点でした」
「恥ずかしいんで、戻していいですか?」
ゴレオは困り顔で嘆願する。
「宜しいですか?」
ゴレミは有能な秘書のような面構えで確認する。
「良いに決まってるんだろ! ゴレオ、自己創造をこんな事に使うな! もう二度としなくていい!」
「では……私にやれと?」
「言ってない! ゴレミに抱きつかれたら死んじゃうよ!」
「優しくしますよ」
スキルなのか俺の本能なのか、ゴレミのもちもちに視線を引き付けられた。しかしレベル上限を解放をした俺は、強い意志で抗ってみせる。
「ゴレミ、何日経った?」
「英太さまが運ばれて来てからは、半日も経っていません」
「まだ祭りの真っ只中ですよ!」
「……サーシャは?」
「もう旅立たれてしまいました」
「……そうか」
「英太さまに、グゥインさまを宜しく頼みますと伝えるように授かりました」
「姐さん、違いますよ! グゥインちゃんを宜しく頼みます。っすよ!」
「ゴレオ、伝言とはいえ、グゥインさまをその様に呼ぶのは許せませんよ」
「いやっ……俺はニュアンスを大切に……やべっ!」
ゴレオは猛スピードで逃げ出して行った。ゴレミも後を追う。
……魔王城は壊すなよ。
俺はサーシャの言葉を思い返していた。
☆★☆★☆★
「あの、英太さん……みんな……話があります」
サーシャの瞳には、濃い紫色が宿っていた。その真剣な表情に気押される。
「なんだ?」
「私は、一度エルフ王国に戻ります」
なんだ……そういう事か……
「そうか……そうだよな。じゃあ、一度デベロ・ドラゴに戻ったら、次はエルフ王国に行こうか」
サーシャは首を横に張った。
「いえ、私はこのまま向かいます。英太さんたちはデベロ・ドラゴに戻ってください」
「……でも、エルフ王国に向かうにも、一度デベロ・ドラゴを経由しないとだし」
何より、今のサーシャを一人で行かせる訳にはいかない。
「大丈夫です。アンカルディアさんが連れて行ってくれるそうですから」
アンカルディア……なら行けそうだし、言いそうだな……
「でも……」
「エルフ王国にも、聖統主教会の隠れ信者がいるそうなんです……その中に、私と同い年のティーナというエルフがいて……彼女は空席だった王の座に着いたそうです」
「ハイエルフの家系じゃないのに?」
「アンカルディアさんの話では、ハイエルフに覚醒したそうなんです」
「……なんで?」
「ティーナは……母の遺体を取り込んだそうです」
サーシャの髪の毛は逆立ち、身体全体を紫の光が包んだ。