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第百八十話 移住希望者

 デベロ・ドラゴへの移住希望者は、俺の想像を遥かに超える人数だった。


「現在ここにいる4,621名が、デベロ・ドラゴへの移住を希望している。受け入れてくれるか?」


 魔王デスタルトは、真っ直ぐ俺の目を見つめていた。


「……俺たちとしては有り難いけど、皆さん……本当に良いんですか?」


「構わない。ここにいる者は全て聖統主教会の信者でない事は確認住みだ。安心して連れ帰ってくれ」


 そう言ったのは、マー君だった。


「ありがとうございます」


「くっくっくっ……大半がジジイとババアばかりだが、元は強く美しかった者たちだ! 今でも相当の魔素は放出するぞ!」


 確かに集まった魔物たちは若々しくはない。しかし、少なくとも老人と呼べるような年齢には見えない。これも魔物の特性なのだろう。


「ゼスを除いた魔八将も移住を希望したのだがな、後身が育つまで控えるように言ってある」


「……魔八将って、カートとハルパラ以外は高齢なんでしたっけ?」


 ……ん? ゼス以外?


「もしかして、カートも移住を希望したんですか?」


「あの馬鹿は、移住を旅行か何かと勘違いしている節がある。カートには魔王国でのんびりとして貰わねばならん」


 確かに……怠けてくれるだけで有り難い、守り神的な存在だもんな。


「あー、英太すまん! もう一人いた!」


 デスタルトのわざとらしい言い方と、笑いを堪える仕草から、全てを察した。


「武神バルカンだろ? ダンジョンから出てこないと連れていけないぞ」


「ブラックドラゴン様に挑戦するまで鍛え続けるそうだ。面白そうだから止めなかった」


「勝てる訳ないけどな。武神がいなくなって、魔晶石の生成は問題ないのか?」


「その辺は宰相に任せてある」


 ガリュムがくくくっと笑っていた。


「デベロ・ドラゴ国とは、長く友好関係を続けていきたいと考えております。武神バルカンの発する魔素を金額に換算して、相応の商品を輸出していただきたく存じます。その辺はおいおい詰めますとして、当面は武神バカ本体とバカを閉じ込める為の使われていないダンジョンコアをお渡ししますので、お納めください」


 宰相となったガリュムは、まるで不要な荷物みたいに言った。


「移住者の名簿は追って渡す事にする。英太から皆に挨拶をしてくれ」


「えーと、皆さん……ありがとうございます。俺たちの国は、まだ発展途上ですが……きっと皆さんに楽しく過ごして貰えるような国にしていきます……今ここにはいない、もう一人の王様の……」


 知らぬ間に、ボロボロと涙が溢れていた。


 ここにいる魔物たちは、俺たちが魔王国で過ごした一ヶ月を見て、移住を希望してくれたのだ。


 それが無性に嬉しかった……からなのだろうか?


「泣かないで、英太様!」


 という声が聞こえた。


「えいった! エイタ! え、い、た!」


 突然の英太コール。デスタルトは再びニヤリと 笑った。


 邪神と呼ばない様に指示してくれたんだな。デベロ・ドラゴには邪神の可能性が高いグゥインもいるし、本当に有り難い。


 けど、ニヤニヤしてるのは少しイラッとする。


「ありがとうございます。デベロ・ドラゴにはデスタルトの冒険者仲間である魔物たちも居ます。タルト・ナービス時代の恥ずかしいエピソードや、女性関係のゴシップでも楽しんでいただきたいとおもいます!」


 俺の挨拶に、魔物達はどっと沸いた。どうやら魔物たちのツボだったのだろう。


☆★☆★☆★


 移住者決定パーティーは、元魔王のマー君が取り仕切っていた。


 マー君が演説で皆を楽しませている間、俺は新魔王と二人だけのトップ会談をする。


「……色々、ありがとうな」


 デスタルトは、ホッと一息といった表情で椅子にせもたれた。


「なんか飲むか?」


「そうだな、容易させよう」


「良いよ、本当は貴重なんだけど、少し持って来てたんだ」


 俺は、リーナさんの宿屋から譲って貰ったエールを取り出した。


「エールか……」


 俺たちは樽で出来たジョッキをぶつけ合った。デスタルトはゴキュゴキュと音を鳴らしてエールを飲み干し、俺はすかさずおかわりを用意した。


「これは人間国のものには敵わないな」


「だな。でも、魔王国にも素晴らしい文化がいっぱいあるだろ?」


「その殆どは、魔王デスルーシが創り出したものだ……あの人に勝たなきゃならないのか……」


「別に勝つ必要は無いさ。タルトが……デスタルトが良いと思った所は引き継いで、変えたいところは変えればいい。ガリュムやバルゼにも頼ってな」


「あぁ、そうするよ……しかし……」


「ん?」


「いや、二人の時はタルトでいいよ」


「あぁ……いや、他にも何かあるだろ?」


「父上のユニークスキルは知っているか?」


「セーフモードだろ? 範囲内の生命体を殺さない」


「……そうだ。父上はそのスキルを常時発動して、病と寿命以外の死亡者を一人も出さなかった」


 ……確かに、大会でも死体ゴーレムとの闘いでも死亡者はいない。


「凄いよな」


「あぁ、すまん……決闘によう死は別物だ。兄上たちは決闘で死んだからな」


「……ちょっと待てよ……タルト、死亡者を一人も出さなかったって……もしかして……2,000年以上か?」


「あぁ、そうだよ。だからショックだったそうだ……唯一セーフモードで救えなかったハルフ王子の存在は、忘れることが出来なかったらしい」


「タルトは自分の意思で、結界を通り抜けたんだよな? それで死の大地に行った」


「あぁ、そうだよ。父上は俺の姿をした別の魔物の死体を目の当たりにしたらしい」


「……魔王でもわからないものなのか?」


「それは、母上のスキルに依存している」


 母上……人魚姫のラミレスか。


「そのスキルってのは、聞いてもいいのか?」


「あぁ、これは父上にも言っていない。俺と母上の身体が融合した瞬間に流れ出て来た記憶の断片からの情報だ」


「聞かせてくれ」


「母上が自身と俺に施したのは、簡単に言うと『事象の強制変更』だ」


「事象の強制変更……確定した事実を捻じ曲げるとかか?」


「まさにその通りだが、そこまで自由度は無いんだよ。母上がその時使ったのは、自身と俺へのダメージの交換だ」


「……どうなるんだ?」


「魔王デスルーシは、聖統主教会に支配されていたラミレスを粛正した。ラミレスは死亡必須の傷を負うが、それはただのハリボテで、そのダメージは俺に向かう……って事さ」


「そんな残価な」


「そうでもない。そこで父上のユニークスキルの発動だ。デスルーシの攻撃によるダメージは、セーフモードの力によって分散してしまった」


「死なないだけじゃなくてか?」


「あぁ、きっと父上は王子たちにはダメージカットのスキルを重ねがけしていた。母上の身体は深い傷を負いながらも無傷といった状態で、生命反応を消失したんだ」


「……それはどうして?」


「予想でしかないが、俺が死の大地に侵入した事が理由だろう」


「納得出来るような、出来ないような……でも、事象の変更ならあり得なくもないか」


「それでな……お前にだけ伝えておくんだが……」


「おい、重たいのが来そうだな」


「そりゃそうだろ! 良いから聞けよ……母上のスキルが、俺に譲渡された」


「……は?」


「事象の変更が可能だって事だよ」


「お前……それって……」


「魔王らしいだろ? 更になんだが、どうやら母上の数倍の事が可能みたいだ」


「魔王らしいな」


「だから、とりあえず俺はこのスキルを封印する。お前以外は誰にも明かさない」


「わかった」


「それともうひとつ……」


「まだあんのかよ!」


「聖統主教会の隠れ信者だが、想定の数倍は存在した」


「……数でいうと?」


「20,000くらいかな」


「どうするんだ?」


「その大半は、教会の目論見を知らずに信者となった者たちだ。それでも危険分子には変わりない。気付かれないように、隔離施設を準備している……そこでなんとか棄教させる」


「棄教しなかった場合は、どうするんだ?」


「……言わせるなよ」


「……だな」


「それで、信者の中には『デベロ・ドラゴ』への移住を希望した者もいる」


「……今日の会合にもいたのか?」


「8人だ。そのリストも別で用意するが、奴らにはボルバラの息がかかっていた。積極的に聖統主教会に協力しようとするだろう」


「俺にどうしろと?」


「そこまでは頼まないさ。俺が自ら粛正しなければならない」


 ……魔王デスルーシが2,000年間行わなかった事を、就任早々にやらなきゃならないんだな。


「もう少しだけ二人で飲もうか! マー君に呼ばれるまでな」


「あぁ、そうするか」


 俺は再びタルトとグラスを合わせた。


「英太、父上の事を頼むな……」


「ん? マー君か?」


「あぁ、これでも息子だからな」


「何を頼むんだ?」


「移住してからの事だよ」


 …………は?


「マー君が、移住……するの?」


「だから、今日もいただろ?」


「……それは、タルトとかガリュムの立場としてだと……嘘だろ?」


「本当だよ。今、この事を国民に伝えている」


 マー君のスピーチは、この部屋には聞こえていない。元魔王がデベロ・ドラゴに移住する?


「ちょっと頭が追いつかないけど、一応承知した」


 タルトは軽く微笑んでから、口元を引き締めた。


「それと、これを伝えるかどうかは、完全にお前に一任するが……」


 タルトが口にした事に、今日一番驚かされた。嘘の様な真実だったが、不思議と受け入れられた。


 今までバラバラだったピースが繋がっていったからだ。

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