第百七十七話 家族
タルトが目覚めたという報せが入った時、俺たちは孤児院に居た。
魔王……いや、元魔王……ではなくて……
「マー君と読んでくれ」
という本人の意思を尊重させて貰います! マー君に促され、創造で、運動公園を作っていたのだ。
ブランコや滑り台、シーソーに鉄棒etc……
前世では何の変哲も無かったものが、こんなにも喜ばれるなんて……感無量だ。
これはデベロ・ドラゴにも作らなきゃならないな! 子供たちに楽しんで貰わなければ!
……と考えた時、5歳児のマリヤちゃんだけでなく、2,025歳児の顔も浮かんで来る。
グゥインの奴は元気にしてるかな?
なんて考えていると、目の前にバルゼが現れた。
相変わらず、気配を消すのが上手いというか……転移魔法を発動する時に生ずる僅かな歪みが一切無い。
「マー君、新王デスタルト様がお目覚めになられました」
バルゼは跪いて言った。呼び名がきっちり、マー君に変わっているのは、忠誠心の為せる技だろう。
「……そうか。英太よ、子供たちの食事を用意してやってくれんか? 儂は一足先に魔王城に戻る。奴と話をせねばならぬからな」
「タルトにもマー君って呼ばせるんですか?」
「それはデスタルト次第だ」
魔王は豪快に笑って、転移する。それはバルゼ以上に美しい転移魔法だった。
俺は子供たちの食事の準備をする。本当なら創造を使って、即時完成出来るのだが、今日は子供たちと一緒に料理をする約束だ。
ゆっくり、じっくり、カレーを煮込んでから魔王城に向かおうと思う。
二人の時間を満喫して貰う為に。
☆★☆★☆★
俺たちが魔王城に戻った時、目の前にあったのは、親子水入らずで食事をする王族の姿だった。
想像と少し違ったのは、一人で喋りまくるカートと、タルトとどう接していいかわからないマー君。
そして、病み上がり丸出しでほぼ水分の粥を啜るデスタルトだった。
「やあやあ英太様! ご機嫌は如何かな? 英太様がミュゲル料理長に仕込んでくれたカレーライスなる食べ物は絶品だよ! しかしだね、アレンジが聞きすぎる為に遊びが多くてだね! 英太様が作った基本バージョンのようなバシッと嵌るカレーにならないんだよ! 何とかミュゲ……」
「《結界魔法》《音声遮断魔法》」
あまりに煩いので、強制的に隔離した。カートは魔法に気付いていないのか、結界の中でも変わらずベラベラと話し続けていた。
「タルト、体調はどうだ?」
「……最悪だよ。《状態異常回復》も効果なしだ。こんな時にアンカルディアの婆さんが居ないなんて」
「アンカルディアなら治せるのか?」
「わからないけど、少しはマシになるんじゃないか?」
「……一応、俺がやってみようか?」
「あぁ、頼むよ」
キュアヒールとハイキュアヒールは使った事がある……更に上位互換だと……
「《最上位状態異常回復魔法》」
俺の手のひらから発された緑色の光が、デスタルトの身体を包み込んでいく。
「どうだ?」
「助かる……少し楽になった」
「少しか……この上だと……究極経か……神聖魔法と掛け合わせるか……《神聖状態異常回復魔法》!」
神々しい光がデスタルトを包む。タルトの身体から、黒い粒子が浮き出ては消えていった。
「……驚いたな。随分と楽に……というか、治ったよ」
「アンデットに晒されてたからな。神聖魔法が効果的だったか……」
「……大丈夫か?」
「大丈夫だ。ただのMP切れだよ」
俺はグゥインの尻尾肉入りポーションを飲み干した。
「流石は英太だな。アンカルディアに肩を並べるのも遠い話では無さそうだ」
マー君はぐわっはっはっ! と笑った。
そんなそんな……と、謙遜する場所だろうが、正直なところ、その可能性は十分にある。アンカルディアには2,000年以上生きてきた大魔導師としての経験があるだろうが、それは孤独に魔法を極めた人間のものだ。
俺の中には数万というクリエイターが頭を捻らせて考えたファンタジー世界の知識がある。アンカルディアでは思いつかない様な魔法を創造する事が出来るかもしれない。
でも、問題点はある。
「……圧倒的に魔力量が違うんですよね。レベル上限の解放も出来なかったし……代わりに、能力そのままでレベル1になりましたけど」
「そんなケースは聞いた事が無いな……それならば、ダンジョンで鍛えて行くか? 経験値の高いレアモンスターを作ってやるぞ」
「そんな事出来るんですか?」
「ああ! レアメタル系のモンスターだ。魔法は一切効かないし、めちゃくちゃ硬くてすばしっこい」
凄く既視感あるんだけど、そういうものなのか?
「まさか、スライムじゃないですよね?」
「スライムにも出来るぞ! 名前は……レアメタルスライムにしよう!」
……ギリだな。
「ああ! ダメだ!」
マー君は急に頭を抱えた。
「何ですか?」
「ダンジョンの管理権限が、デスタルトに移っている。儂では操作出来ない」
俺はタルトに視線を移す。
「申し訳ないが、俺には出来ないぞ……やり方を教われば出来るものですか?」
デスタルトは、マー君に聞いた。
「……ああ、出来るだろう」
「ならば、俺が父上に教わってから設定を変える。少し待ってくれないか?」
「わかった」
俺がその事に気付いたのは、もじもじしている元魔王のマー君の姿を見た時だった。
デスタルトが、初めて本人の前で『父上』と口にしたのだ。
……いや、久しぶりに……だな。
タルトはやはり、ハルフの名を使う事は無いのだろうか?
もう既に、タルトが死んだはずのハルフ王子である事は皆知っているのだ。それをマー君の前で聞くのは違うだろうな……
俺に出来る事は……こんな事くらいか。
俺はカートにかけた結界魔法と音声遮断魔法を解いた。
「だからね、ハルパラは兄上に譲ろうと思うんだよ。私が譲らないと言ったとしても、ハルパラの決意は堅いし、兄上が眠っている間に、毎日精神干渉スキルを使っていたからね! 既に兄上もハルパラを愛し始めているよ!」
いつの間にか話外は変わっていた。そして、大変物騒な事を口にしている。
「デスタルト、お前……ハルパラを愛しているのか?」
俺の質問に、デスタルトは左手を翳した。
……え? 婚約指輪っ!?
ではなく、俺が作った精神干渉対策の指輪だった。
「おかげさまで、守られてるみたいだよ」
「なーんだ! しかし兄上、ハルパラは良い女ですぞ! 国政に関する知識もありますし、夜の腕前は魔王国随一です! ねえ、父上!」
「ぐぬぬっ……カート! 何を言っているんだ!? わ、儂はそのような……」
はいアウトー! マー君わかりやすいな……おいおい、魔王国はドロドロじゃないか。
まぁでも、魔族に人間の……それも異世界の人間の価値観を当てはめるのは違うか。
「デスタルト的にハルパラはどうなんだ?」
「うーん。俺に精神干渉スキルを使わないと約束させた上で、ちゃんと向き合ってみようとは思う。サキュバスだし、過去の事はある程度許容しないとな」
デスタルトは、マー君に笑いかけた。
焦るマー君に、ハルパラの妙義をプレゼンし始めるカート。家族の会話を取り持とうかと思っていたのだが、そんな必要は無さそうだな。
自分とは違う種族……価値観が、少しだけ心地良く感じた。