第百七十六話 始祖の物語
元魔王とアンカルディアが探していた資料は、カートが勝手に持ち出した古い本だった。
著者はレミ・タキザワ。
始祖の勇者と共に先々代の魔王・デスビートを討伐し、邪神封印の儀にも参加した『拳聖』だ。
「アンカルディアよ、そろそろアンジー枢機卿の拷問を始めねばらなぬな……さあて、この書はちゃんと仕舞っておこうか……英太よ、この部屋には出口が無い。転移魔法を使って出るのだぞ」
「下手な芝居打つんじゃないよ。ほれ、行くよ」
そう言って、二人はアンジー枢機卿が捕えられている檻へと転移していった。
……下手な芝居か。
二人は暗にこの本を読めって言ってるんだよな?
拳聖レミが書いた本。
各地で都合の良い様に変えられている始祖の勇者と、邪神討伐に関する真実が乗っている……のか?
魔王とアンカルディアには、邪神封印に関する内容を言葉に出来ないという呪いがかけられている。
俺が勝手にこの本を読むのなら、二人にかけられた呪いは発動しないという事なのだろうか?
俺は覚悟を決めて、ページを捲っていく。
その本に書かれていたのは、『魔王デスビート討伐の全容』であり、『邪神討伐部隊の断片的情報』だった。
前者は事細かく、詳しい記載がされていた。
拳聖レミと始祖の勇者の出会い……物語の始まりは、ヒノモトだったみたいだ。日本にとても似た島国……拳聖レミは、ヒノモトの王族だった……
そこに魔導師見習いのセイメイを加えた三人が旅立つ理由となった事件が起こり……
魔王デスビートの脅威と共に世界の秩序が乱れていく……
当時の人間国は、今の七大国とは別の国が総ていた……つまり、全て滅んだということか?
人間国では、聖女クラスタとハイエルフのダーリャが仲間に加わる。
その後も冒険を続けながら、勇者が仲間を増やして行く過程……転職イベントや、仲間の死、パーティー内の恋愛事情に至るまで……
読んでいてワクワクする……俺が子供の頃にプレイしていたRPGを彷彿とさせる冒険譚がそこに記されていた。
後者がそうではなかった理由は、その文字の乱れから見て取れる。
間違いない。拳聖レミにも、魔王やアンカルディアと同じ呪いがかけられていたのだ。
文字を記すたび、魔王やアンカルディアの身に降り掛かったような苦しみに襲われたのだろう。
その上で、真実を書き記したのだ……
この本の中に、拳聖レミの死に関する記述は無い。きっと、その生命が尽きるまで文字を綴ったのだろう。
邪神討伐に関して、情報は多くなかったが、重要な事ばかり記されていた。
☆★☆★☆★
人間国の実権を握っていたのは聖統主教会。リポップというユニークスキルを持つブラックドラゴンを捕縛し、邪神を討ち取るという名目で何度も殺害する事で急激に勢力を強めていた。
聖統主教会の主教は、セイメイ・アビーノ。始祖の勇者と共に魔王デスビートを討伐したメンバーの一人。アンカルディ・アビーノが養子とした子供である。
セイメイの研究により、人体を強制的に不老不死とする禁術が誕生する。その為に生贄となる魂が必要とされた。教会の教えを受けた信者たちは、進んでその生命を差し出した。セイメイは、信者たちをアンデットに変えて、ブラックドラゴンを討伐させた。
始祖の勇者たちがそれに気付いた時には、既に世界の半数以上がセイメイの手により、アンデットに変えられていた。
始祖の勇者たちは、ダーリャ・ブランシャールのユニークスキルによって、アンデットを消滅させる計画を練る。
アンデットには強制的に加護が付与されており、ブラックドラゴンが存在する限り復活する。
絶対に復活するブラックドラゴンを封印事にした。
封印の為には、代償が必要となる。
始祖の勇者の命と、封印の儀式に参加した者たちへの呪い。
ブラックドラゴンは封印され、アンデットはダーリャが消滅させた。
☆★☆★☆★
記されていたのはそこまでで、世界が不可侵になった経緯や、復興の様子は不明のままだった。
もしくは、そうなる前にレミ・タキザワは死んでしまっていたのかもしれない。
呪いの力が強まったせいなのだろうか、後半になればなるほど、文章は端的になっていった。
それを魔王やアンカルディアに確認する事は出来ないが、二人が俺に見せてくれた事が答えだと思う。
邪神とされたブラックドラゴンが、グゥイン本人かその祖先であるという可能性は高まった。
一人の視点で書かれたものではあるが、ここに記されている内容だけならば、悪いブラックドラゴンじゃなさそうだ。
聖統主教会……世界の半分を消滅させた教会は、2,000年が経過した今でも、大きな力を握っているのか。
ダーリャ・ブランシャールが殲滅した厄災は、きっとそのアンデットたちだろう。様々な種族を含めた世界の過半数を天に導くなんて、そんなことが可能なのだろうか?
俺は魔王に許可を得ないまま、その本を創造で複製する事にした。
☆★☆★☆★
アンカルディアと魔王は、アンジー枢機卿から、聖統主教会の内情に関して、事細かに聞き出していた。
「教会は邪神だけでなく、初代教主を復活させようとしていたさね」
「初代教主って……セイメイ・アビーノですか?」
「残念だけど、私たちは『それ』に言及出来ないよ」
呪いの効果……だろう。
「復活と言っても、アンデット化しようって事では無いようだ」魔王は言った。
「本当に生き返らせるって事ですか?」
ファンタジーの世界観ならば、可能性はあるのだろうが……実際はどうなんだろうか?
「死者蘇生っていうのは、可能なんですか?」
「死者蘇生の魔法そのものは存在するよ。私が使えるしね。でもそれは、死にたてほやほやの状態……魂が肉体に滞留している状態に限っての話さ」
「戦闘で死んだ仲間を蘇生させる……みたいな事ですか?」
「随分勘が良いね。その通りだよ……もしかして、英太も使えるのかい?」
「魔法そのものは習得しているんですけど、魔力が足りない上に、代償が要求されるようで」
「ふんっ! やはり私の方が上だね!」
「そりゃそうですよ……で、教会の考えている復活ってのは?」
「そこまで明確なものは見つかってないみたいだよ。可能性として上げていたのは、不老不死の呪いを受けた伝説の大魔導師になんとかさせる……って案だね……私なら出来る可能性はあるが、私はそんな事に手を貸さないよ」
「魔王族の力を取り入れるという案もあった。儂のユニークスキル『セーフモード』は、対象の範囲内にいる全ての生命体に影響する。王子たちの肉体から、その情報を取り出そうとしていたのだ」
「アンジー枢機卿は、魔王の身体を死体ゴーレムに取り込もうとはしませんでしたよね?」
「そもそも、生きている者を取り込む事が不可能だからな。儂の生命はあと僅かだからな、死んでからゆっくりと研究するつもりだったのだろう」
逆に言えば、魔王の肉体を狙って来る可能性は大いにあるということか……
「そして、もうひとつ……教会が狙いをつけているのがあったんだよ。何度死んでも蘇るという伝説の存在がね」
「それって……」
「誰なのかは言及出来ないがな」
「人間国で大暴れした謎の冒険者の装備がね、その素材が練り込まれたものだったみたいなんだよ……だから教会側は、その存在が何処かに生存していると踏んで、捜索を初めているんだよ」
「……これまた厄介な事になってますね」
「『デベロ・ドラゴ』に様々な種族を招き入れるというのは、もう少し慎重になった方がいいかもしれんな」
「……はい」
「まぁ、その辺は新王デスタルトが目覚めてから話し合おう。それまでは其方らもゆっくり身体を休めておいてくれ」
「あ、サーシャは私が借りるよ」
「何をする気ですか?」
「精霊の祠に連れていくんだよ! 今のままじゃ、ちょっと頼らないからね!」
☆★☆★☆★
サーシャはアンカルディアと精霊の祠に通い続ける間、俺はゴレミとゴレオと共に、元魔王・ルーシの護衛をしつつの観光三昧となった。
新王デスタルトの護衛はバルゼが担当する事になり、押しかけ女房のハルパラは、眠るタルトによからぬ魔法をかけていた。