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第百七十五話 静かな夜

 思いの外、静かな夜となった。


 新たな魔王の誕生と、聖統主教会の目論見を阻止した快挙……俺が見て来た魔王国なら、お祭り騒ぎになってもおかしく無いとは思ったが、そうはならなかった。


 起こった事が多すぎて、自我処理に追われているのも大きいが、やはり今日の出来事は、魔物達にとって、噛みしめるべき事なのだろう。


 タルトは意識を失ったままだった。


 アンカルディアは「混じってはいない」と言っていた。ラミレスの鱗の事だろう。生命の危険は無さそうだったが、本当の意味で『無事』なのかは、経過を観察しなければわからないとも言っていた。


 四肢と顎を砕かれたアンジー枢機卿には、回復魔法がかけられていた。アンカルディアならば、欠損部位の回復も可能ではあるが、色々と聞き出す為の交換条件にするらしい。


 殺しはしない……という事に、驚きは感じなかったが、前魔王ならそうするだろうな、とも思っていた。


 アンジー枢機卿と死体ゴーレムに関する一連の、全世界への中継という発言は、やはりアンカルディアのブラフだったそうだ。中継用の魔導カメラには録画機能を付与していなかったが、アンカルディアは不敵に微笑んでいた。何が起きても驚かない。


 サーシャは、すっかり元の状態に戻っていた。体調も問題無さそうではあるのだが、やはり夢遊病状態の時の記憶は無い様だった。


 魔王とアンカルディアからの助言で、サーシャには一連の流れを隠しておく事になった。ダークエルフという言葉そのものに力があるのだという。


 俺が今まで目にしてきたファンタジーの『ダークエルフ』とは、少し解釈が違うみたいだ。きっと種族名ではなく、ダークエルフモードに近いのだろう。


 いつかサーシャに事実を伝える時は、あの状態を『漆黒のハイエルフ』と呼ぼうと決めている。きっとサーシャもその呼び名を気に入ってくれるだろう。


☆★☆★☆★


 元魔王に頼まれるまでまなく、闘技場の修復を行っていたのだが……何かを忘れている気がする……


 大事な何かなのだが……


「英太さん!」


 俺の元に、サーシャが掛けてきた。


「どうした?」


「ガリュムさんが、目覚めました!」


「そうだ! ガリュムだよ!」


「えっ!?」


「いや、大事な事を忘れてると思ってたんだよ。ガリュム……どこにいるんだ?」


「タルトと同じ医務室です。行きましょう!」


 俺はサーシャの手を掴んで、医務室へと転移した。


 そこには仮死状態の時よりもげっそりとしたガリュムがいた。


「あぁ……英太さま……話は聞きました……ありがとうございます」


「……ガリュム? なんだか死んでた時よりも死にそうだぞ」


 苦笑いのガリュムに変わって、ゼスが事情を説明してくれた。


「仮死状態からの復帰は、アンカルディア様の手によって問題なく完了しました。問題は、ガリュム様の体内に残された毒素でした」


「毒素……アンカルディアでも難しかったのか?」


「いや、そうでもないみたいだったのですが、アンカルディア様の計画を潰すような動きをした事にご立腹だった様で、毒素が起こす状態異常を全て感じさせながら排出されたのです」


「……それって、単純な嫌がらせだよな?」


「私の口からはとても……ただ、ひとつだけ、魔王国の忌庫から取り出した呪物だけは取り出せなかったようで……それも影響があるのでしょう」


「大丈夫なのか?」


「普通のバンパイヤよりは、早死にとなりそうです」


 ゼスは深刻そうに言ったが、ガリュムに見えない様にウインクをしていた。多大な心配をさせた王子様への、少しばかりのイタズラなのだろう。


「タルトは変わり無しですか?」


「そうですね……デスタルト様には無事に復帰して頂かないと、あのバカが魔王になりかねません」


「あのバカ……?」


 ゼスの発言で、忘れていた事を思い出した。


「カートって、何処にいる?」


「そう言えば、見ていませんね」サーシャが言った。


 ……心象風景と繋がっていた魔導カメラは創造クリエイトで修理してしまった。


 アンカルディアに頼んで連れ帰って貰うしかないよな?


「アンカルディアは何処にいるかわかるか?」


 その場にいた誰も、アンカルディアの所在を把握していなかった。


 俺は手当たり次第に転移をする。心当たりを探し回ったが、アンカルディアの姿は何処にも見当たらない。


 アンカルディアだけではなく、元魔王の姿も無かった。もしかしたら……相引きでもしているんじゃないのか?


 カートの事は一旦放っておくか……?


 いや、あんな死後の世界みたいな空間に放ったらかしにされたら、流石のカートも病んでしまいそう……いや、あいつなら平気か?


 俺は一旦医務室へと戻った。ガリュムに心当たりを聞くと、あっさりと答えが返って来た。


「アンカルディア様の所在は分かりませんが、ルーシ様ならば忌庫に居られると思います」


「それは何処にあるんだ?」


「英太様ならば構わないでしょう。申し訳ありませんが、私を背負ってくださいませんか?」


 俺がガリュムを背負うと、ガリュムは転移魔法を展開した。病人なのに、申し訳ない。


 転移した先は、ファンタジー世界のごくごく一般的な倉庫だった。名前から、呪物の類いが保存されているのかと思いきや、その殆どは書類で埋め尽くされている。


「……英太、ガリュムか?」


 そこには元魔王のルーシだけではなく、アンカルディアの姿もあった。


「申し訳ありません。急を要する事態だと仰っていたので……英太様、私は病室に戻りますね」


 そう言って、ガリュムは転移していった。


「なんだ?」


「いや、魔王ではなく、アンカルディ・アビーノに用があって」


「ふん! その名は捨てたって言っただろうに! ついでに、こいつも魔王じゃないよ! 今探し物していて忙しいんだよ」


「早くカートを出してあげないと」


「死にゃしないさね。どうせあいつの事だから、ダラダラしてるだろうさ」


「でも、一応」


「ほいさ」

 

 アンカルディアは面倒くさそうに結界を開いた。中からカートが落っこちた。


「おおっ! やあやあ! どうやら無事に解決したみたいだね!」


「元気そうで何よりだよ」


「なんせ、私は何もしていないからね! おや? ここは……父上の書斎ではありませんか?」


「書斎ではない。忌庫だと教えたではないか」


「ふむ、そうだ……ついでだからお借りしていた本を返しておこうかな」


 カートはマジックバックから、古い本を取り出した。それをアンカルディアが奪い取る。


「ルーシ……よりによって、この馬鹿に貸してたのかい?」


「そんな訳無いだろう。勝手に忍び込んだな?」


「英太様、それでは私はこの辺で」


 カートはド派手なエフェクトと共に転移していった。今ここで叱られておいた方が、後々ラクだろうに……ついでなので、タルトの身体から黒竜ブラックドラゴンの鱗を取り出したのもカートだと伝えておいた。


「……ルーシ、あいつが魔王になる可能性があったなんて、それだけであんたは魔王失格さね」


「安心せよ。その場合はバルゼが魔王になっていた」


「……まぁでも……この結果が最善かもしれないけどね」


「……どういう事ですか?」


「カートの《怠惰》スキルだよ。ラミレスがタルトと同化しただろ? あれは想定外だったからね……もし、あの段階でブラックドラゴンの生命エネルギーを与えていたら、タルトごと消滅した可能性もあるって事さ」


「……そんな」


「あくまでも、可能性だよ」


 カートの勝手な行動のせいで散々苦労させられたが、結果として新たな魔王を救った事になるのか……


 怠けていれば良い結果になるスキル……案外王様向きのスキルかもしれないな。

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