第百七十四話 決着
魔王デスルーシの攻撃は止む事を知らなかった。タルトの身体は傷の無い場所を探すのが難しいほど、血に染まっている。
ラミレスは、タルトの身体を行き来していたが、その傷を避けている様にも思えた。
「アンカルディア……もしかしたら、ラミレスは……」
「傷口を避けているね。血液と一緒に外に排出されるのを避けてるんだろうさ」
「魔王はそれを……」
「当然気付いているだろうね。誘導しているからね」
俺はタルトの身体を確認した。一見ランダムに見える傷口には、ラミレスが移動しやすいように道が引かれていた。
魔王の狙い通りに、ラミレスが動いたその時、魔王デスルーシは、タルトの右手前腕を切り落とした。
ぼとりと落ちる右手。タルト本体も力なく倒れ込む。そのタルトを、魔王デスルーシが抱き抱えた。
切り落とされた右手は、自立してそんな二人の方に向かっていく。切断面から人魚の尻尾が見えていた。
切り落とされた右手の扱いは、生命体なのか、死体なのか……
ラミレスなら、タルトの右手を触媒にして、新たな肉体を構築する事も出来そうだ。
それは不思議な光景だった。
タルトの右手に寄生したラミレスは、寄り添う様に魔王とタルトに近付いた。あまりにも無防備だったのは、近付いたラミレスだけでなく、魔王デスルーシも同様だった。
右手の形がタルトのものから、しなやかな女性の手に変わった。
「ラミレスよ……聞こえているか?」
ラミレスは返事をしない。
それなのに、魔王の声が届いてると確信させるものがあった。
「なんという馬鹿な事をしたものだ……貴様は地獄行きになるだろうな」
ラミレスは返事をしない。
「安心せよとは言わないが……罪は半分儂も背負う……先に行って待っておれ」
ラミレスは返事をしない。
魔王はラミレスの右手を掴んで、タルトごと抱きしめた。
「次の王は、タルト・ナービスだ……儂と其方の息子、ハルフは立派に成長したぞ……」
ラミレスは返事をしない。
「ゴレオ、其方の肉体を少しだけ儂に分けてくれないか?」
「俺は……いいですけど」
ゴレオが俺の反応を伺う。
「英太、頼む」
魔王は二人を抱きしめたまま、深く頭を下げた。
「ラミレスの犯した罪は重い……此奴はR.I.Pで昇天させる訳にはいかない……ちゃんと消滅させてやらねばならない」
「わかりました。ゴレオ、頼むよ」
「はいっ!」
ゴレオは自らの片翼を千切って、それを魔王に手渡した。
「ありがとう……ゼス! ガリュムの肉体をここに!」
「はっ!!」
ゼスはガリュムの入っていた棺を魔王へと届けた。
「其方の肉体も、一部貰い受けるぞ」
魔王は棺を開けて、ゼスの右手薬指を切断する。
「ガリュムよ、これだけで勘弁してくれ……」
魔王はそう言うと、ラミレスの右手の前にゴレオの翼と、ガリュムの指を置いた。
「ラミレス……この二つを取り込んで、この世から消滅するのだ」
ラミレスは返事をしない。
右手はゆっくりと二つの元に向かう。
そんなラミレスに、魔王は最後のお願いをした。
「ラミレス、最後に……ハルフの手を握ってやってくれ」
魔王の言葉に返事をしないラミレス。
その右手に向かって伸びたのは、タルトの左手だった。ラミレスの右手は、タルトの左手を包み込むように握った。
俺には、三人が親子の会話をしているように見えた。
そこからは一瞬だった。
右手はゴレオの翼とガリュムの指を同時に掴んだ。禍々しい瘴気に包まれた右手は、一瞬で消え去ってしまった。
魔王は何事も無かったかのように立ち上がり、声を上げる。
「今、この瞬間より、儂は一匹の魔物、ルーシに戻った! 魔王国の諸君よ! 新王デスタルトと共に、新たな時代を築いてくれ!」
魔王は新王の手を取ったが、新王はまたしても気を失ってしまっていたようだった。