第百七十二話 責任
死体ゴーレムの身体に残されているのは、魔王の血を引く王子たちと、側室だったラミレスのみになっていた。
彼らが残されたのは、個体としての強さが原因なのか……それとも、違った理由があったのだろうか……
「《R.I.P》」
サーシャが唱えた瞬間に、死体ゴーレムに生えていた天使の羽が爆ぜた。
「……ありがとう……サーシャ……」
小さいのに重たく響く、不思議な声だった。
俺はこの声を聴いている……そう……アンカルディアの創り出した心象風景の中で聞いた声だ……
あの時聞こえたのは「いきたい」という言葉だった。あの時の俺は、漠然と「生きたい」だと理解していたのだが、もしかしたら「逝きたい」だったのかもしれない。
この声は、不思議な程に感情を伝えてくる声だった。
それは俺だけでは無いのだろう。死体ゴーレムの肉体からも、涙のような粘液が垂れ始めている。
そして、R.I.Pを唱え続けるサーシャの瞳からも、涙が溢れていた。
「《R.I.P》」
またしても羽が爆ぜる。
「サーシャ……父上……弟たち……愛しているよ……」
声からは、死の恐怖など微塵も感じなかった。穏やかな愛情……手のひらに乗るような、等身大の愛情が感じ取れた。
俺は横目で魔王デスルーシの姿を確認する。表情は何も変わっていなかったが、その瞳から流れ出るものを抑え切れてはいなかった。
その後もR.I.Pが王子たちの肉体を死体ゴーレムから分離させ、魂を空へと解き放っていった。
「《R.I.P》」
サーシャが最後のR.I.Pを唱えた時、死体ゴーレムだったものは、タルト・ナービスに寄生するラミレスのみになっていた。
そして、サーシャは微笑むと、天に向かって祈りを捧げた。そのままゆっくりと身体から力が抜けていく。
サーシャの元に転移しようとした時、ひと味早く魔王デスルーシが転移魔法を展開していた。魔王がサーシャの身体を支えるのと同時に、俺も二人の元へと転移する。
「英太、サーシャを頼む」
魔王は意識を失ったサーシャを俺に託した。
「魔王……どうするんですか?」
「ラミレスは、サーシャのR.I.Pですら天に帰してやる事が出来なかった……儂が責任を持って滅するしかない」
「……わかりました」
俺が返事をすると同時に、否定の声が聞こえて来た。
「私がトドメを刺すよ。そもそも、あんたにラミレスを逝かせる事が出来るのかい?」
アンカルディアは、魔王とラミレス、そしてタルトの家族の問題には関心が無いのだろう。その代わりに、この状況の適切な収め方を掌握し、遂行しようとしているのだろう。
「任せてくれ。無理だと貴様が判断したなら、その時は好きにすれば良い」
アンカルディアは迷う事なく、ラミレスに魔力を飛ばした。その魔力の中には、漆黒のエネルギーが込められている。
魔王は身を挺してその魔力を受け止めようとしたが、アンカルディアの魔力は、それを嘲笑うかのようにぐにゃりと曲がってラミレスの元へと向かう。
衝突を覚悟したその時、漆黒の影が魔力を受け止めた。
「痛ってーっす……」
そこに居たのは、ゴレオだった。そう言えば2時間は経過している。どこから共なく姿を表した。武神との修行で転移魔法を覚えたのだろうか?
「ゴレオ!」
「なんかちょっと身体が軽いなって思ってたんですよ。アンカルディアさん、《分解魔法》した時、俺の身体の一部を盗んでたでしょう?」
「ちっ……わかってたんだね。そうさ、アンデットには生命エネルギーだからね。黒竜の素材は最大の武器になる」
「返して貰いますよ」
ゴレオは、アンカルディアの飛ばした魔力に仕込まれた、自らの素材を吸収していった。
「ほーう……そんな芸当が出来るようになったとはね……しかし、私を甘く見るんじゃないよ」
その時、アンカルディアにバルゼが突撃した。身体が衝突する瞬間だけ姿を消したアンカルディアは、何事もなかったかのようにその場に立っていた。
そこをゴレミが流さない。アンカルディアに殴りかかるが、結界魔法で作った障壁に阻まれてしまう。
「……なんだい? あんた達は聖統主教会の味方かい? 早くラミレスを引き剥がしてやらないと、タルトが乗っ取られてしまうよ?」
「そうはさせないと言っているだろう」
魔王がアンカルディアに凄む。
「おやおや、まるで大魔王のような迫力じゃないか? 人間の一人も殺した事のないルーシ君ったら、怖い怖い」
その瞬間、魔八将が飛び掛かった。
しかし、アンカルディアは何事も無かったかのように、魔力障壁で魔八将を弾き飛ばす。
「こんな事している暇は無いよ。ラミレスを引き剥がした後のタルトがどうなるかなんて、全く想像もつかないんだからね」
「アンカルディア、儂が全責任を取る! 儂に任せてくれ!」
「わかったよ。でも、少しでも変な反応が見えたら、途中でも介入するよ。それでいいかい?」
「わかった」