第百七十話 最善を尽くす
カート王子がアンカルディアの心象風景内で休んでいる為、魔王のプランは発動前に潰えてしまった。
しかし、ベストではないが、最善を尽くす事は出来る。魔王はすぐに『予備』のプランへの変更を決定する。
結界の維持を引き続き魔八将に任せて、俺と魔王でガリュムの遺体を運び出す。
それは、ゼスが俺に提案した作戦そのものだった。
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「王子の肉体は、死者蘇生術を阻害する毒に支配されております」
ゼスはそう口にした。この場合の『王子』とは、かつて存在したバンパイヤ王国の末裔である『ガリュム・ノストラフゥ』の事である。
「バンパイヤ王国が滅亡した理由は、ある者に唆された宰相の暴走です」
俺がアンカルディアから聞いていたのは、宰相の暴走ではなく、ラミレスが関わっているという事だ。
「詳しく聞けるか?」
「バンパイヤ王国の規模は2,000名程と、さほど大きくはありませんでした。魔王国の配下に降る事も考えられていましたが、デスルーシ様はそれを強要する方ではありません。先代の王国は獣人や竜人族のように、独自の国家として生きる事を選択しました……1,000年以上、平和な日々が続いていたのですが、いつからか、バンパイヤの王族が不老不死であるという誤情報が出回り始め、その力を取り込みたい勢力が、宰相を買収したのです」
「宰相はそれが誤情報だとは伝えなかったのか?」
「王族が長寿であり、容姿の変化も少ない事は事実です。それでも良いという事だったのかもしれません」
「その能力を取り込める術者がいた?」
「いえ、そうではないと聞いています。あくまで研究対象だと」
「生物実験か」
「そうです……幼い頃、ガリュム様が病に伏せられました。それを治癒する為には、不可侵である人間国に頼らざるを得ませんでした」
「聖統主教会だな」
「左様で御座います。今思えば、あの病にも教会が関与していたように思えます」
「それで……どうなったんだ?」
「王国が崩壊するまでひと月と持ちませんでした。実験台とされる王族は監禁され、その他のバンパイヤ……宰相を含めた全ての者が死に至ましたから」
「ゼスは何故無事だったんだ?」
「仮死状態になったのです」
「仮死状態?」
「ガリュム様のユニークスキルです。棺に収めたバンパイヤを仮死状態にする……一度に発動出来るのは一名のみなので、他の者は救えませんでしたが」
「ガリュムはゼスを守ろうとしたのか?」
「私が王国の最高戦力でしたから」
「捕えられた王族の救出を願って……か? それは敵わなかった」
「そうで御座います。私が救えたのはガリュム様のみ……そして、それも魔王デスルーシ様の力添えがあってこそでした。その後、ガリュム様はデスルーシ様の執事として魔王国を支える道を選び、私は魔王国の幹部となりました。ガリュム様は、バンパイヤ王国を破滅に導いたのが誰かをを把握しておりました」
「ラミレスだな?」
「はい。魔王様の側室であり、ハルフ王子の母であらせますラミレス様です。教会と繋がっていた彼女の事を調べ上げたガリュム様は……自らの肉体に細工をしました」
「細工?」
「毒の事です」
「毒っていうのは、タルトの身体に入っていた?」
「それが何なのか、私にはわかりません。魔王国にやって来てから、少しずつ取り込んでいたそうです……しかし、決定的となる呪物に関しては、つい最近……英太様が魔王国に来られた後に、忌庫から持ち出したそうです」
「あのガリュムが勝手にそんな事を?」
「無断ではありましたが、魔王様に全権を与えられてもいましたので……ガリュム様は罪に問われる事はありませんでした」
「魔王も知っているのか?」
「事後報告でしたが、承認頂けたそうです」
「ガリュムの肉体を取り込ませる事で、死体ゴーレムを消滅させる……って事だよな?」
「その通りです」
「どうやって取り込ませる?」
「死体ゴーレムの核はラミレスの鱗です。本能的に、バンパイヤの王族の肉体を求める筈です」
「ガリュムは仮死状態なんだよな? その場合はどうなるんだ?」
「死者と同じ扱いになり、死体ゴーレムに吸収されるが、生命エネルギーを感知次第に排出しようとするであろう……と、ガリュム様は仰っていました」
「それまでの時間で、毒を吸収させるって事だよな? 魔王が承認したって事は、勝算アリって事か……その場合、ガリュムはどうなるんだ?」
「ガリュム様は答えて下さりませんでした……おそらく、助からないでしょう」
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アンカルディアの作戦……
ブラックドラゴンの鱗が発する生命力で死体ゴーレムを崩壊させる。
それが無理だった場合の予備のプラン……
俺が死体ゴーレムを創造して、分解方法を身に付ける。
最終プラン……
仮死状態となったガリュムの遺体を取り込ませる。
果たして、本当にそれ以外の方法は無いものなのだろうか?
死体ゴーレムを倒して、タルトの肉体を回収する術……
アンカルディア、バルゼ、ゴレミの三人で互角という状況だ……戦いに参加して、戦況に影響を及ぼせるのは、魔王とゴレオくらいだろう。それも、状況を覆すとは断定出来ない。
それに、果たして死体ゴーレムからタルトを引き剥がす事は出来るのか?
ガリュムが取り込んだ毒は、タルトに影響を及ぼさないのか?
タルトの救出を目指して、こちら側が全滅というパターンもあり得るだろう。
なんとか一週間粘って、死の大地からルーフを連れて来るか?
いや、魔王国と第二区画の結界はタルトが広げた。魔王デスルーシには、邪神封印の際に呪いがかけられている。結界に関与することは出来ないだろう。
「魔王……アンカルディアたちは、どれだけの期間、戦況を維持出来ると思いますか?」
「死体ゴーレムの進化速度によるが……半日は持たないだろうな」
「そんなに……? ゴレオが加勢しても変わりませんか?」
「少しは伸びるかもしれぬが、そこに期待するのはやめておくべきだ。やはり、ガリュムの作戦を遂行するしかない」
魔王と共に転移したのは、魔王国の王族が眠る墓地だった。そこには、ハルフ王子の墓もあった。
「ガリュムの遺体はまだ埋葬されていない。仮死状態のまま、棺で保管してある」
「とりあえず、運びましょう」
俺たちは、ガリュムの亡骸と共に闘技場へと転移した。