第百六十八話 脱出
アンジー枢機卿は、声にならない声で叫び続けていた。
勝利を確信して笑っているのは、ロリ魔女ババアと魔族の面々……映像からの情報では、どちらが悪者かわからない。
最初にその異変に気付いたのは、アンカルディアだった。
崩壊する筈の死体ゴーレムが、依然としてその姿を保っている。その身体から発されるエネルギーが徐々に増幅しているのが、モニター越しでも感じ取れた。
「……これは、少しばかり厄介かもね」
アンカルディアは、アンジーに魔力を飛ばした。アンジーの四肢が爆ぜる。
「ルーシ! 死なせるなよ! この女には役割りがある」
「わかっている……しかし、この魔力は……」
魔王デスルーシが、死体ゴーレムに対して身構えた。
「タルトの魔力だね……ルーシ、ラミレスのユニークスキルに関して、私に隠している事は無いかい?」
「……無い。しかし、儂が全てを知っているとも限らない」
「やれやれだよ……自分の側室の事くらい把握しておけよバカ魔王! ……とりあえず、ルーシは観客席の守備に回っておくれ……申し訳ないが、魔八将は戦力外だね……死体ゴーレムと闘うのは、私とバルゼ、ゴレミの三人だけでいい」
「承知した」
魔王デスルーシは素早く結界を展開し、観客席の魔物達を一気に転送した。
魔八将達は魔王が作った結界の強度を上げるために、全員で魔力を流し始めた。
「英太! そろそろ出ておいで! あんたも守りに回ってくれよ! ちょっと処理に手間取りそうなんだよ!」
アンカルディアは、モニターに向かって話していた。
ならアンカルディアが結界を破棄してくれればいいのだが、それは無理なのか? 出られるものならそうしたいが、脱出方法がわからな……
「英太様、どうかしたかい?」
「なんで気づかなかったんだ……カート、魔導モニターだ! モニターからアンカルディアの魔力が流れ込んでいる! 魔導モニターは、外部から魔力を流して映してるんだ!」
「なるほど! で、私はどうすればいい?」
「魔力の流れに対して結界を展開する。それを無理矢理広げるんだ!」
「それだとモニター自体が壊れてしまわないか?」
「安心しろ、壊れた側から創造で修理してやるよ!」
「承知した!」
カートは結界を魔導モニターに移植して、容赦なく広げ始めた。魔法ではなくスキル。ついさっきまで使えなかった筈の技術で、アンカルディアの高度な結界を破ろうとしている。
俺も負ける訳には行かない!
「《創造》」
カートの結界の広がりに耐えられない魔導モニターを、創造で無理矢理修理する。
「英太様! 私が広げ続けていないと、結界は閉じてしまう! 英太様だけ外に出てくれ!」
「でも、それだとカートが!」
「大丈夫だ! 私はここでのんびりしている! 事が片付いたら、助けに来てくれればいいよ!」
不安は残る……しかし、決断を先伸ばす時間は無い。
「わかった! のんびり待っててくれ!」
俺はそう言って、カートの広げた結界に飛び込んだ。
「大丈夫だ! きっと上手くいく!」
背後から、カートの声が響いていた。
☆★☆★☆★
視界が開けると、そこは闘技場の観客席だった。
目の前には結界に魔力を流しこむゼス・ノワールの姿があった。
「……英太様? やはり生きておられたのですね」
「アンカルディアの結界に閉じ込められていたんだ。なんとかカートに出して貰った」
「……ああ、そういえば居ませんでしたね」
やはり、カートの扱いは良くないな……自業自得過ぎるから仕方ないが。
「ゼス、大体の事は魔導モニターで視聴していた。現状を完結に教えてくれ」
「死体ゴーレムにタルト・ナービスが吸収され始めています。アンカルディア様の読みでは、死体ゴーレムは生命体を吸収出来ない筈だったのですが、ラミレスの鱗の力が影響しているのかもしれません」
「わかった……闘っているのは、アンカルディア、ゴレミ、バルゼだよな? 勝利条件は? タルトごと殺さないといけないのか?」
「その辺は何とも言えません……戦況は五分五分です……しかし……」
「何だ?」
「死体ゴーレムは魔力を消費しません。その上、戦闘力は徐々に上昇しています。タルト・ナービスの吸収が完了するまで上昇し続けるのか、そうした場合にタルト・ナービスを助ける事が出来るのかは不明です……アンカルディアの魔力も実質的には底なしなので、回復しつつ凌げるとは思いますが……それがいつまで続くのか……」
「アンカルディアから俺への指示は受けていないか?」
「受けておりません。しかし、現状を打破する手段がいくつか御座います」
ゼスは王子の狙いと現状を語った。
ゼスが口にした手段を、全て実行するしかないだろう。
☆★☆★☆★
俺が転移した先には、魔王国のピンチそっちのけで己を鍛錬する武神バルカン……略してバカがいた。
「武神! 魔王国のピンチだ! 一緒に戦ってくれ!」
「相手は誰だ?」
「聖統主教会の枢機卿が作った死体ゴーレムだ。死んだ王子たちや、ラミレスの遺体が組み込まれている……アンカルディアたちが応戦しているが、このままだとかなり危うい」
「アンカルディアたちとは?」
「アンカルディア、ゴレミ、バルゼだ!」
「バルゼ……」
「バルゼは死んでいなかったんだよ。アンカルディアの張った罠だったんだ」
「英太殿……其方だけに言う……儂では力不足だ……今の儂はゴレミの足元にも及ばない。その儂が行ったとて、役に立たないどころか、足を引っ張ってしまうだろう」
「大丈夫だ! 誰も武神を助けたりしない! 残りHP1になっても闘える……武神の力は役に立つ!」
「アンカルディアがそう言ったのか?」
「いや……」
アンカルディアは魔八将を戦力外にした……武神の方が彼らより上だとはいえ、同様に考えていたとしても不思議ではない。何より、戦力になるならば、アンカルディアがバルカンの存在を無視するとも思えない。
「やはり、現状の布陣がベストなのだろう……儂は闘いには参加せぬ……その代わりに、全てを伝授してやろう」
「伝授?」
「ゴレオだ! 奴は潜在能力の塊だ。姉をも超える存在になり得る」
「しかし時間が……」
「一ヶ月もあれば十分だ……ゴレオと共にダンジョンに戻って、奴に儂の全てを伝える」
ダンジョンでの一ヶ月は……2時間くらいか?
アンカルディアたちが耐久戦に持ち込むなら、早期合流と言っても過言では無いだろう。
「わかった。連れて来る」