第百六十四話 魂留の境
魔王デスルーシとタルトの戦いは、徐々に熱を帯びて行く。
技の見せ合いのターンは終わり、純粋な力のぶつかり合いへと変わって行った。
血縁者であるカートは、存在しないポテチとコーラが見える程にリラックスした体制でモニターを眺めている。
二人の戦いの行方は気になったが、俺は一旦この心象風景からの脱出に集中する事にした。
先ずは広さだ。カートがアンカルディアに殴られて、何周もこの場所を周回していた事から、空間の端まで行くと、逆の端に転移する無限ループ空間のようだ。
では、高さはどうだろうか?
俺は創造で鉱物を隆起させた。
しかし、どれだけ上に登っても終わりは見当たらなかった。
魔法は使えない。
物理的に外を目指すのは不可能……か?
方法が無いとは言い切れないが、一朝一夕で見つかるとは思えなかった。
これは、全ての事が終わってから、アンカルディアの手によって外に出して貰うのが一番手っ取り早い。
……それでいいのか?
何事も起こらない……それはあり得ない。
被害が最小限で済む……この可能性は有る。しかし、被害に遭うのはタルトや魔王だし、漆黒のメンバーも安全とは言い切れない。
被害が拡大する……これも充分にあり得る。魔王国全土に影響を及ぼし、世界に派生する可能性だってある。
そこまで行くと、俺やカートが出て行ったところで何も出来ないのだろうが、ここで手をこまねいているのは論外だ。
俺に出来る事は何だ?
スキルは使える……創造で何が出来る?
名前:鏑木英太
年齢 : 15
職業:デベロッパー
称号:ドラゴンスレイヤー
ドラゴンプレゼンター
レベル:12
HP:8,800/8,800
MP:10,800/10,800
ユニークスキル
•創造クリエイト Lv.7
スキルスロット
1.全属性魔法 Lv.4
2.言語理解 Lv.3
3.全能鑑定 Lv.3
4.アイテムボックス Lv.7
5.交渉 Lv.2
6.
火属性魔法 Lv.4
水属性魔法 Lv.4
風属性魔法 Lv.4
土属性魔法 Lv.7
聖属性魔法 Lv.4
無属性魔法 Lv.4
生活魔法 Lv.3
精霊魔法 Lv.4
神聖魔法 Lv.4
使えるスキルは創造、言語理解、全能鑑定、交渉だ。
スキルスロットは、いざという時の為にひとつ空けてある。その「いざ」が今なのかどうかは、判断に難しいところだ。
先ずは《全能鑑定》を試してみる。
この空間を鑑定するのだ。
名称:魂留の境
作成者:アンカルディ・アビーノ
ランク:禁術級
状態:安定
特徴:
死者の深層意識をもとに織られた擬似死後空間。
内部は無限に循環する環状構造を持ち、移動には明確な果てがない。
空間は薄明に包まれ、重力・方角・時間といった概念は曖昧に揺れている。
かつて死した者たちの魂が静かに滞留している。
強い怨念や執着を抱いているわけではないが、いずれも「成仏の回路」を持たぬ存在。
何者かの意志によって魂の形を変えられ、その過程で不要とされた断片のみが切り離され漂っている。
効果:
外界との因果を遮断する空間。
魔力干渉は限定的で、魂への負荷や侵食は確認されていない。滞在そのものに害はなく、魂の自壊や消失も起こらない。
視認可能な魂たちは思念を持つが、声を発することはできない。ごく稀に「記憶の断片」が読み取れる場合がある。
備考:
魂を保ち、明確な救済も封印もなく、ただ「留めておく」だけの構造。
警告:
空間の出入口、転移条件、解除方法は未検出。
魂との接触行為には慎重を要す。特定の魂に干渉を続けると、相互に記憶が浸透する可能性がある。
断片となった魂を留めておく空間……?
「カート……結界魔法を破るには、普通はどうするんだ?」
「うーん。その結界よりも高度な結界をぶつける……というのが一般的ですかね」
「この結界より高度な結界は作れるか?」
「私に作れる訳ありませんよ。父上でも難しいのでは無いですか? そもそも、今は魔法を使えませんし」
「理論上、作れるとは思うか?」
俺の言葉を受けて、カートは目を閉じた。
「出来るかもしれません。ですが、魔法が……」
「使えないんだろ? だから俺がやる」
「英太様がですか?」
カートの反応はごもっともだ。俺も結界魔法は使える。見様見真似の大幅な劣化版だし、全属性魔法によるものだから、燃費も最悪だ。
だから、結界魔法は使わない。
「《創造》」
俺は創造で心象風景の創り上げた。アンカルディアには遠く及ばない、小さな小さな空間が目の前に現れて、ほんの一瞬で消えてしまった。
「くそっ……やっぱり難しいな」
「いやいや! 凄いぞ英太様! スキルで結界を、それも心象風景を創り上げるなんて、考えもしなかった!」
「褒め上手だな」
創造のスキルレベルが上がれば可能性はあるかもしれないが、アンカルディアの作ったものに対抗するのは、かなりの時間が必要だろう。時間というより年月だ。
モニターに視線を移す。魔王とタルトの戦闘は続いているが、いつ事が起こっても不思議ではない。
他の方法を探さなければならない。
思考を巡らせる俺の背中に、重苦しいものがのし掛かった。振り返ろうとするが、それも出来ない。
「カート……俺の背中に何かしたか?」
「英太様、私を怖がらせようとしているのか?」
「どういう意味だ?」
「幽霊がいるとか、そういう事ではないのかな?」
幽霊……この空間なら現実的だ。
俺は言語理解スキルを使用した。すると、消えいる様な声が耳に響いて来た。
「いきたい」「いきたい」
その声の主が誰なのかもわからない。しかし、生きることを望んでいるのだと理解出来た。
「生きたいって言ってるよ」
俺の言葉に、カートは首を傾げた。
「生きたい……ですか。この魂は、生を全う出来なかったのですかな?」
「そうなんだろうな」
生きたい……と思う事は普通の事だと思っていた。生への執着……その価値観は、異世界を抜きにしても千差万別かもしれない。
「英太様……」
カートの声の『音色』が変わった。
俺は返事も忘れて、モニターに喰らい付いた。
そこには、胸に大きな風穴を開けた、タルト・ナービスの姿があった。
タルトはその状態で立ち続けていた。不屈の魂では説明がつかない。
「魔族の身体は千差万別だ。我々の家系には、心臓というものが無いのだよ」
カートは淡々と解説をした。その代わりの動力を教えてはくれなかったが、今はそんな事などどうでもいい。
タルトは魔王デスルーシの前に立ちはだかっていた。魔王を庇って胸を撃ち抜かれたのだろうか?
タルトと対面するように、水晶玉を手にしたボルバラがいた。
「カート、このボルバラの中身はアンカルディアだよな?」
「間違い無いかと」
……何故?
何故魔王を狙った?
ギリギリまで自分がボルバラだと信じ込ませる為?
それとも、全部嘘だったのか?
「急いで脱出するぞ」
「しかし、どうやって?」
「これより高度な結界をぶつけるしかないんだろ? 俺には出来なかった。お前なら出来るかもしれない。魔法じゃなく、スキルで作るんだ」
「しかし、私にはその様なスキルは……」
「出来る! お前は魔王デスルーシの息子だ! 《怠惰》を使わなくても結界術ならアンカルディアを超えられる!」
使えない、と言いかけたカートは、姿勢を正した。そして、集中を始める。
怠惰な王子にも、俺の《交渉》スキルは通用したみたいだ。
しかし、嘘偽りではなく、俺は本心からカートの実力を認めている。この状況を打破してくれると信じられるほどに。
モニターの中の状況は、慌ただしく移り変わっていた。
舞台上に居るのは、魔王、タルト、ボルバラの三人。それを包む結界を怖そうと魔八将が攻撃を仕掛けている。
魔八将だけでは無い。サーシャ、ゴレミ、ゴレオの三人も同様に結界内に入ろうとしていた。
しかし、結界は壊れない。
ゴレミの打撃でもびくともしないのだ。
観客席からは悲鳴が湧き上がる。その悲鳴は当初、タルトを襲った魔術に対するものだったが、背後に現れたアンデットに対するものに変わって行った。
アンデットの背中から生える白い翼は、泥に汚れており、腐敗も進んでいる。
「兄上……」
と、カートが口にした様に、そのアンデットは、ファーファ王子の遺体から生成されたものだった。