第百六十三話 300年の隔たり
アンカルディアが作り出した心象風景の中、カートはまるで宇宙空間を漂ようかのように、延々と周回していた。
助けてやりたかったが、痺れ薬の効き目が切れない。今の俺にはモニターを眺める事しか出来なかった。
舞台上には、魔王デスルーシとタルト・ナービスの姿がある。二人に対してインタビューを敢行しているのは、『邪神』こと鏑木英太……に扮したアンカルディアだ。
「新王タルト様、意気込みをどうぞ」
「全てを出し切って俺が勝つ……それだけです」
「そうですか! もっと気の利いた事を言って欲しいもんですね、そういうところはへっぽこナービスのままですね」
アンカルディアは毒舌極まりなかった。
さっきまでのユーモラスな『邪神』とキャラが変わり過ぎだろ、気付かれるぞ!
事実、タルトは俺の背中を訝しげにみつめていた。
「では魔王デスルーシ様、意気込みをどうぞ」
「新王と国民に、王というものが何であるかを知らしめる」
「はーい! 以上、クソ真面目なルーシでした!」
魔王も何かを感じた様だ。
というか、俺の知る限り魔王デスルーシをルーシと呼ぶのはアンカルディアしかいない。
元々関わりのあった主役の二人は、アンカルディアの存在に気付いた様だ。
しかし、それ以外の全員は全く違和感を覚えていない様だった。でもさぁ、『漆黒』のメンバーには気付いて欲しいよ。特に婚約者さぁ!! 全然違うじゃんか!!
サーシャとゴレミは、ハルパラと共に解説席に座っていた。マイクはオフになっているが、何やら実践的な恋愛テクニックを享受されているようだ。
ゴレミがリラックスしているという事は、会場に『悪意』を撒き散らしている人物は見当たらないのだろう。
会場には、ハルパラとカートを除いた魔八将が均等に間隔を空けて陣取っている。一様に真剣な顔をしているのは、何かが起こる可能性を感じているのか、単純に魔王デスルーシの戦いに集中しているのかはわからない。
カートの席は空席になっていたが、それに関して触れる者は居ない様だった。普通に遅刻だと思われてるのかね?
「それでは、魔王デスルーシ様対新王タルト様の……決闘を開始したいと思います!」
英太は、そう言って魔王デスルーシが張った結界を簡単にすり抜けると、空に向かって、強烈な《爆裂魔法》を放った。
「ドラの代わりだよ! 存分に戦うがいいさね!」
やり過ぎだろ! というか、その口の利き方! 自分からバラしに行ってるレベルだぞ!
魔王とタルトは、静かに構えを変えた。
美しい片手剣を構える魔王に対して、荒々しく大剣を掲げるタルト……二人の戦いは、技の見せ合いから始まった。
それぞれが持つスキルを、交互に放っていく……受けるのは、結界魔法による障壁のみ。
戦いであると同時に、対話の様にも感じた。
「おーーーーーい!!」
背後から聞こえる声に反応する。少し速度を落としたカートが、俺に助けを求めていた。
気付けば俺の痺れも取れている。
俺はカートの進路に転移しようとしたが、出来なかった。
「おい、カート!」
カートにもその事を聞こうとしたのだが、カートは再び心象風景の彼方に消えて行った。
そうだよな……魔法で止まれるなら、カートだって自分の力で止まるよな? アンカルディアのやつ……本気で俺たちをここから出さないつもりだな。
カートを止める事を諦めた俺は、モニターに集中する事にした。途中で何度か声が聞こえたが、身体が痺れたフリをする。
モニターの中では、赤い身体をした魔物たちの強烈な斬り合いが始まっていた。
二人とも肉体を結界魔法で覆っていた様だが、それを凌駕するだけの攻撃力を持ってもいる。
「おーーーーーい! 英太様ーーーー!」
二人は攻撃を紙一重で避けながら、剣を振るっている。得物の大きさは剣撃の鈍さに直結しないようで、大剣使いのタルトの方が、やや押し気味に感じた。
俺が魔王国にやって来たばかりの時に確認した魔王デスルーシのステータスは、わかりやすい魔術タイプだった。今となって考えれば、あのステータスは結界術による隠蔽魔法だろうが、根本は同様だろう。
それなのに、魔王デスルーシは剣術でタルトと渡り合おうとしている。
300年間の隔たりを埋める様に、自分という存在を息子に伝えているのだ。
「おーーーーーい! 英太様ーーーー!」
うっさいなーバカ息子!
「《創造》」
俺はカートの進行方向に、土の壁を作った。カートは壁にぶつかって、ようやく止まる事が出来た。
その衝撃音はなかなかのもので、土壁は完全に崩壊していた。普通なら大怪我の筈だが、流石は魔王のバカ息子、傷ひとつ無いみたいだ。
「いやあ、助かったよ英太様!」
「こっちは痺れて死にかけてたよ」
「はっはっはっ! それはすまない! 英太様も人間だったということかな!」
「笑い事じゃないんだけどな」
「アンカルディは何処に行ったのかな?」
俺はモニターに映る英太を指差した。
「おや、英太様は分身魔法も使えるのかな?」
「アンカルディアだよ。俺に変身して、試合の最前列で待機してるんだよ」
「なんと……では、ラミレスの後継は会場にいるのかな?」
後継……?
「カートは何をどこまで知ってるんだ?」
「おっと、口が滑ってしまったな……それよりも、ここを脱出しなければ! さあ、頼むぞ英太様!」
「頼むぞじゃないよ。出られるならとっくに一人で脱出してるよ」
「流石はアンカルディだな! しかし、私は魔法を封じられているので、英太様に頼るしかない!」
カートは堂々と寝転がり、ポテチでもついばむかのような姿勢でモニターに視線を移した。
「俺だって魔法は使えないよ」
「しかし、創造が使えていたではありませんか?」
……確かに。転移魔法が使えないのか?
「《飲料水生成》」
……出ない。
「《創造》」
土の壁が出来上がる。
「……魔法は封じられたが、スキルは使えるってことか?」
「なるほど! では、脱出の算段は頼みましたぞ!」
「人任せかよ」
「私はベストを尽くしているのさ」
この状況で怠惰を丸出しに出来るのは、ある意味尊敬に値するが……実際、どうすればいいんだ?
「カート、この心象風景は結界魔法の応用なのか?」
「……うーん。前例が無いので判断しかねるが、可能性はあるかもしれない」
「それをカートの結界魔法で消滅させる事は可能か?」
「……可能性はゼロではないが、かなり低いね。魔法が使えない現状ではゼロだけどねっ!」
余裕あり過ぎないか? アンカルディアの言っていた事が本当なら、事が終われば外に出して貰える筈なのだが……アンカルディアは魔王国の被害をどう考えているのだろうか。
「カート、アンカルディアに関しては、何処まで知ってるんだ?」
「一般的な事は学んでいるよ。邪神封印メンバーの一人で、父上と共に結界を作り上げた」
さらっと新情報が飛んできたが、死の大地の結界を作ったのは、アンカルディアと魔王デスルーシみたいだ。
「アンカルディ・アビーノって、本名がそうなのか?」
「アンカルディアは通称だね。息子を断罪した時から名乗り始めたみたいだ」
「息子……」
あのロリっ子魔法使いの姿からは想像出来ないが、子供がいてもおかしくはないのか……
「それも一般的に知れ渡っている事なのか?」
「いいや! 父上の書庫に忍び込んだ時に目にしたのさ! 邪神討伐メンバーの書いた手記って奴をね!」
それは気になるが……今は脱出に全力を注がなくてはならない。
「カート、一旦全力で脱出を試みてみないか?」
「それは愚策だね。私は頑張らない方がいいんだよ。今までずっとそうして来た。その方がきっと上手くいく」
カートは再びモニターに視線を戻した。画面の中には拳を交える親子の姿があった。
飄々としたダメ息子は、いったい何を思うのだろうか?