第百五十九話 負けるつもりはありません
何とか一命を取り留めたタルトだが、やはりDランクポーションで回復出来る体力はたかが知れていた。
その状態で、ラスボスとなる魔人竜ゴーレムを相手にするのは、無謀過ぎる挑戦だった。
「タルト、棄権って手もあるぞ」
タルトが受け入れる筈も無いのは百も承知だが、俺は提案してみた。
「勝ち目が無いからって、戦わない理由にはならないよ」
やっぱり、強情な主人公気質だ。
「ゴレミちゃん、手加減しなさそうですものね」
「しないだろうな」
「望むところだよ! 全力で叩き潰してやる!」
「私も、負けるつもりはありませんよ」
俺たちの死角から、当然のようにゴレミの声が聞こえた。
「ゴレミ!」
「いつの間に!?」
「タルトとカートが口付けを交わしている最中です。大変興味深かったので、気配を消して拝見させていただきました……あれは、以前英太さまが仰っていた、祖国のBLという文化でしょうか?」
「医療行為だよ!」
「ですが、カートは自ら進んでタルトに口付けをしていませんでしたか?」
「それも含めての医療行為だ!」
「そうですか……さて、タルトも回復した事ですし、舞台に向かいましょうか? 観客の皆さんも、待っておられますし」
ゴレミの言っている事は何ひとつ間違っていないが、ちょっとはタルトに対する思いやりも見せて欲しいところだ。
「わかったよ。俺はいつでも行ける!」
タルトのHPは二割程度しか回復していない。万全でも勝ち目が無いゴレミに対して、勝気を見いだせるのだろうか?
……流石に厳しそうだな。
☆★☆★☆★
会場では、ハルパラwithサキュバズが、コンサートを開いていた。
可愛い。そしてエロい。
魔法で照明効果を付けた演出をするなど、凝ったステージだ。
先ほどの試合には顔を出さなかった魔王デスルーシも、最善席でペンライト(のような魔道具)を振っている。
俺たちは、魔王の元に駆け寄った。
「魔王、いったいこれは?」
「其方らが戻るまでの繋ぎだ。ハルパラたちに感謝だな……あの崩れた舞台の上で良く踊っている……誰かが決勝までに修理してくれるといいのだがな」
「決勝までに修理出来るのなんて、俺しかいないでしょ」
俺の言葉に、魔王はにかあっと笑った。
「ステージが終わり次第、頼むぞ」
「はいはい」
そこで、魔王の隣に佇む金髪の女性に視線を移した。
人間……だろうな? 紹介も無いのに、こちらから探るのも変だよな?
ガリュムが言っていた『来客』で間違い無いだろう。人間国の……王族なのか? 魔王と繋がっていたのは、滅亡したフレイマだった筈だよな?
そうこうしているうちに、ハルパラのステージが終わった。終演と同時に、花火のような、色付きの《爆裂魔法》が打ち上がる。
それを放っていたのは、医療班のお陰で体力を全回復させたカートだった。ついさっきまで死闘を繰り広げていたのに、よくやるよ……
大歓声の中、俺はこっそりと舞台を創造し直した。みるみる間に修繕される舞台に、観客席は再び沸いた。そして、それを行なったのが誰であるかを確信した観客たちは、俺の名前をコールした。
「邪神! 邪神! 邪神! 邪っ神!」
否、俺のあだ名をコールした。
決勝の舞台に上がるゴレミとタルト。
タルト・ナービス【HP:10800/68200】
vs
ゴレミ【HP:218000/218000】
カートとの試合でも、更なる成長を見せたタルトだが、そのHPの数値の違いは凄まじく、勝ち目が無いというのは一目瞭然だった。
「ちょっとお時間宜しいでしょうか?」
そう言ったのはゴレミだった。その視線は、魔王に向いている。
「なんだ?」
「優勝者に与えられる権利に関してです。私は『デベロ・ドラゴ』の国王であられるグゥインさまに使える者です。この試合に勝ったとしても、魔王になるつもりはありません。どうしてもと仰るならば、魔王国にはデベロ・ドラゴの属国になって頂くしかありませんが、我が君はそれを望まないでしょう。全ての者と等しく接するお方ですから」
だいぶフィルターはかかっているが、グゥインが魔王国をデベロ・ドラゴの属国にする事を望まないのは間違い無いだろう。
「構わない。その場合は、準優勝者であるタルト・ナービスが魔王となる」
「そっ……」
タルトが口を挟もうとしたが、ゴレミの方が早かった。
「有り難く存じます。私が交渉したいのは、魔王の座を固辞した場合に、その優勝者への褒美を追加していただけないかと言う事です。魔王の座に準ずる……とまでは望みませんが、可能な範囲で願いを聞いていただきたいのです」
「構わない……しかし、限度と言うものがあるぞ」
「ええ、無理なら無理と仰ってください」
「承知した」
「タルト、何か言いかけていましたが、何ですか?」
ゴレミに話を振られたタルトは、両手を上げた。
「早く試合を始めようぜ」
「では、私からは以上です」
ゴレミは魔王に対して、深々と頭を下げた。
二人が向き合うと同時に、ドラの音が鳴った。今までの試合とはひと味違う、壮大な音色に感じる。
「タルト、一発でも入れられたら勝利という事にしてあげましょうか?」
「いらぬお世話だよ!」
「では、3分耐えたら勝ちというのは?」
「良いからかかって来い!」
タルトは初手から全力を出し尽くすつもりだ。大剣に《爆炎魔法》をエンチャントして、ゴレミに突進する。
しかし、そこにゴレミの姿は無い。
上空に飛んだゴレミは、タルトの右腕に強烈な蹴りを入れる。
結界魔法で身体を覆っていたタルトは、被害を最小限に抑えた。一撃で腕を吹き飛ばす程の蹴りは、タルトの腕を折るに止まった。
落ちた大剣から、エンチャントされた炎が消えて行く。
タルトは左腕でゴレミに殴りかかる。力感の無い、合わせるだけのカウンターがタルトの顎を襲う。
ガクンっと、膝が崩れ落ちるのがわかった。
最高硬度の拳には、グゥインの鱗だけで作られた黒竜ナックルが装着してある。今のゴレミなら、大地を真っ二つに出来るだろう。
ゴレミの攻撃は続く。フィギュアスケートの選手のような美しい回転と共に、回し蹴りを繰り出す。
弾き飛ばされながらも舞台上に留まるタルトが大勢を立て直した時には、既に背後にゴレミの姿があった。
ゴレミは、タルトを蹴り飛ばし、蹴ったタルトをサッカーボールのようにトラップする。そして蹴り飛ばし、蹴り飛ばす。
その攻撃に力感は無く、仕留める気が無いのは一目瞭然だった。
「実況の英太さま、これはどのような意図ですの?」
「解説のハルパラさん、これはですね……」
試合を長引かせている? 弄んでいるようにも見える。
「弄んでいる様に見えますが?」
「ゴレミに限ってそんな……」
「違います」
サーシャは凛とした表情で、弄んでいる説を否定した。
「ではいったい?」
「ゴレミちゃんは、グゥインちゃんの素晴らしさを知らしめる為に、決勝でブラックドラゴン装備をアピールするって言ってました」
……それは、広告代わりって事か? 余計に感じ悪いだろ?
しかし、ハルパラの見立ては違ったようだ。
「その様には見えませんわよ」
ゴレミの攻撃は依然として続いていた。
ブラックドラゴン装備のアピールなら、瞬殺してしまう方が効果的のような気がする。
打撃が軽く感じるのは、タルトを殺してしまわないように、なのかもしれない。
事実、タルトの右腕は最初の一撃で折れてしまっているし、ゴレミの攻撃は一向に終わらない。
力感の無い蹴りで、遥か上空に飛ばされたタルトが落下して来た時、待ち構えていたゴレミは、追撃の蹴りを繰り出さなかった。
タルトはそのまま物のように舞台上に落下した。