第百五十七話 タルトvsカート
いよいよ大会最終日となった。
既にCブロックは全員棄権しているので、自動的にDブロック王者であるゴレミの決勝進出が決定している。
つまり、準決勝の対戦カードは、タルト・ナービスvsカートの『王子対決』のみとなる。
しかし、タルトが亡くなった筈のハルフ王子である事を知るのは、俺たち『漆黒』と魔王デスルーシのみだ。
もう一人、事実を把握していたガリュムは、昨日の試合で命を落としてしまった。
俺たちがガリュムの訃報を知らされたのは、会場に到着してからだった。その事に関しての公式なアナウンスはされていない。
ガリュムは今大会で唯一の死亡者である。
大会のルールとしては、ガリュムを殺害したカートは失格になってしまうのだが、その事実は伏せられていた。
ガリュムの敗因自体が、ハルパラの精神干渉魔法によって捻じ曲げられてしまっているからだ。
ガリュムの死因は、後日、大会とは別の何かとして発表される事になるだろう。
舞台上では、タルトとカートが向かい合っていた。
タルト・ナービス【HP:57500/57500】
vs
カート【HP:81000/81000】
「はっはっはっはあっ!! タルト・ナービスよ! ここまで勝ち上がって来た事を褒めてやろう! 褒美に、私が抜けた後の魔八将の座を与えよう!」
カートはいつもの調子に戻っていた。
「残念ながら、興味無いんだよな」
「何故だ? 幹部になれば、領地を得る事が出来るし、安定した生活も保障されるのだぞ?」
「安定ってのは、魔物の本文にかける気がするぞ。そもそも俺は魔王国の今後に関わる気は無い」
「では、何故大会に参加したのかな?」
「正々堂々と、魔王デスルーシと対決したかったからさ」
「父上は本当に皆に慕われているな」
「そんなんじゃないさ。とにかく、俺が優勝したとしても、魔王の座に就く事はない。三番目に強かったお前に譲るよ」
「それは有り難いお言葉だな。敗北の可能性を考えることなく、全力で闘える」
「カート王子は適当に戦った方が強いんじゃなかったか?」
「《怠惰》スキルの事かな? それは少しばかり違うね。強くなる訳じゃないよ。結果が良くなるんだ」
「それは……似たようで、違うか?」
「詳しい事は秘密なんだがね、君には教えて差し上げよう」
そう言って、カートは結界魔法を張った。ほんの数秒の間、二人の声も姿も障壁で覆われてしまう。
障壁が解除された瞬間に、二人の戦闘は始まった。少し遅れて、ドラの音が響いた。
ドラの音を掻き消すほどの打撃音が響く。想像を絶する肉弾戦が行われていた。
戦闘能力そのものはゴレミに軍牌が上がるかもしれないが、二人のそれには、言葉では言い表せない迫力があった。
「ほぼ互角ですわね」
当然のように解説に定着していたハルパラは、そう分析した。
「ほぼ……ですか?」
実況役の俺は、言葉尻を掴んで離さない。
「やはり、ダーリンの方が上ですわ」
ハルパラの発言に対する返答に困る。カートとはねんごろな関係だった筈だし、今はタルトを落とそうとしている。
俺は勘に頼る事にした。
「やはり、タルト選手が優勢ですか」
「決まってますわ。素材が互角でも、地力が違いますもの」
どうやら正解だったみたいだ。
「地力……ですか?」
「ええ、育った環境の違いですわ。ダーリンは、気品がありながら、どこかワイルドですわ!」
ハルパラの発言に思考を巡らせる。もしかしたら、ハルパラもタルトの出自を把握しているのかもしれない。
ハルパラの予想と反して、殴り合いの決着はカートに軍牌が上がった。
タルトは弾き飛ばされ、あわや場外といった位置でなんとか踏み止まる。
一方のカートが無事かというと、そういう訳でもない。
タルト・ナービス【HP:42800/57500】
vs
カート【HP:53600/81000】
ラストの一撃で優ったのはカートだったが、相手に与えたダメージ量に関しては、タルトの優勢だった。それでも残りHPはカートの方が充分に多い。
「カート! ここからが本番だ!」
タルトはゆっくりと大剣を抜いた。
「受けて立ちましょう!」
カートはウインクで返す。
こと魔物に関しては、武器の所持が攻撃力の高さに繋がるとも限らない……が、カートの戦闘体制とは思えないようなキザなポーズには、何の意味があるのだろうか?
「解説のハルパラさん! カート選手は、例の《怠惰》スキルを発動させるつもりなのでしょうか?」
「あら? スキルは常に発動しておりましてよ」
「そうなんですか?」
「そうですわ。だからカートは日頃から怠惰を溜めておりますのよ。普通の魔物が鍛え上げるように、カートは日々堕落しておりますの」
それは…… 頑張ったらダメって事だよな?
それって、ちょっとした呪いのようなものじゃないか?
タルトが大剣を振り下ろすが、カートは間一髪で回避する。懸命に避けた雰囲気はない。なんとなく身体を動かしたら、ギリギリで回避出来たという様子だ。
……それが、ひたすらに続いた。
あまり頑張らずに避けようとする。何となく動いてみた。常に動き続けてはいるのだが、やはりカートの体力が削れる様子は無い。
対するタルトも流石のひと言だ。武神バルカンに三年も付き合っただけの胆力はある。ゴレミとの修行で、何度敗北を喫しても、心を折らずに挑続けた根性の男だ。
キャラクターは真反対だが、間違いなく互角である。
そして、この互角のやり取りが簡単には終わらなさそうな事だけは容易に想像がついた。
「基本的には出会った瞬間ですわね」
気がつくと、解説のハルパラさんから、アシスタントのサーシャさんへの恋愛講義が始まっていた。
「何も知らないのにですか?」
「ええ、惹かれる容姿と臭いというものが、それぞれ遺伝子に刻まれておりますのよ。それに付随して、相手の立場や、共に過ごした時間なども関係しますが、色々な理由をつけて、恋心を正当化させているに過ぎませんのよ」
「なるほど、勉強になります」
このハルパラ恋愛教室が、現在の魔王国のトレンドだそうだ。大会が終わっても、定期的に配信を望む声が多いらしい。
魔王国の人口は増加しそうだ。
タルトとカートの戦いは、まるで演舞の様だった。高い技術を持つもの同士による、絶対に当たらないという安心感をこちらに持たせてくれる演舞。
二人の闘いを実況したい所だが、こっちの二人のトークを邪魔してはならない。
例え、「好きでも無い男との婚約は不毛ですわ。でも、政治的な事が絡むなら仕方ありませんわね」「え? 政治的な事が絡みませんの? ならば何が理由ですの?」「相手が命を賭けてくれたから? 好きと言ってくれたから? それは理由としては弱いですわ!」
などと言う会話が続いたとしても、俺は邪魔してはならないのだ。
ようやく試合が動いた。
……いや、止まったのだ。
「カート、避けてばかりじゃつまらないだろ? 攻撃してきてもいいんだぞ」
「いえ、回避だけで精一杯ですよ。流石はA級冒険者です」
「どうだろうな? 今ならS級冒険者を名乗れそうなものだけどな」
タルトは大剣に《爆炎魔法》をエンチャントした。
それにより、タルトの剣の射程は変わる。それだけでは無い。高出力の爆炎魔法は、当たらなくても肌を焦がす。避けているだけではジリ貧になってしまう。
俺は疑問を感じた。
時間切れを恐れて、勝負に出なければならないのは、タルトではない。
判定の審査対象となる『相手に与えたダメージ量』は、タルトが上回っているのだから。
タルトは判定勝ちを望んでいない?
そうすると、カートにも逆転の可能性が出て来る……のだろうか?
タルトはカートに斬りかかる。カートはそれをダンスの様にひらひらと舞ながら、軽々と避ける。
しかし予想通り、エンチャントされた炎は、少しずつカートの身体を焦がして行った。
「囮ですわね」
解説のハルパラさんが、恋愛教室を中断した。
「囮ですか?」
「ええ、ダーリンは戦闘において、ブラフを張る傾向がありますわ。ライム戦で鉛の剣を使ったり……一見すると、こすい作戦ですが、それだけ勝利に対してひたむきとも言えますわね」
それを提案したのは、こすい俺なのだが……タルトが勝利にひたむきなのは間違い無い。
「付与した大剣での攻撃を囮にして、何かを狙っているという事でしょうか?」
「でしょうね。わたくしが思い付くのは……」
ハルパラの言葉を待たずして、舞台上で大爆発が起こった。
仕掛けたのは、タルトではなくカートだった。