第百五十六話 姉弟
ハルパラの精神干渉スキルによって、ガリュムの敗北までの経緯が書き換えられてしまった。
依然として、ガリュムの安否についての報告は無い。精神干渉スキルの影響を受けなかったものは、魔王国に何人いるのだろうか?
魔王やアンカルディアは当然対策済みだろう。魔王八将はどうだろうか?
少なくとも、確定で影響を受けていないのは、状態異常無効化の魔道具を装着している俺たち『漆黒』の面々だった。
サーシャの表情は深刻だったが、怯えや動揺ではなく、覚悟を感じさせるものだった。それとベクトルは違っていたが、覚悟を決めた二人が対峙していた。
「姐さん! 本気で勝ちに行きますよ!」
「殺す気で来なさい! 私もそうします!」
「はい! ぶっ殺してやる!」
姉弟同士で殺し合いなんて、物騒な事を言っているが、二人とも五回までなら死んでも復活出来るというチートスキルを持っている。
ゴレオ【HP:78000/78000】
vs
ゴレミ【HP:218000/218000】
圧倒的にゴレミ優勢である事は間違い無いが、ゴレオのステータスもけして低くは無い。むしろ、タルトやカートと互角に戦えるだけのポテンシャルはある。
ガリュムの事は気になってはいるが、今は二人の闘いを見守ろうと思う。
試合開始のドラが鳴った。
その瞬間飛びかかったのはゴレミだった。ゴレオはそれを何とか防御するが、腕には亀裂が入っている。
マジックタンクからポーションを補給し、即座に回復する。
しかし、回復と同時に拳が飛んで行く。
その動きがとてつもなく速い。
二人の戦闘を情報として受け取れる観客がどれくらいいただろうか?
二人の速度はどんどん上がって行く。
俺は設置されている魔導カメラを《創造》で再構築する。前世のスポーツ中継で使われていた様な、スーパースロー機能を搭載したカメラを創り上げたのだ。
スーパースローのカメラから映し出される二人の姿に、ようやく観客席が沸いた。大きな拍手で会場が包まれ、応援コールが鳴り響く。
「邪神! 邪神! 邪神! 邪神っ! じゃっしんっ!」
どうやら、二人の戦闘よりも、一瞬でスーパースローカメラを創り上げた俺に対する拍手だったようだ。
邪神……完全に定着してるね。
カメラの完成を待っていたかの様に、二人の戦闘が激しさを増していく。
いつの間に覚えたのか、ゴレオは魔導障壁を展開して、ゴレミの打撃を防御した。
しかし、防御していても、完全に凌げるものではない。マジックタンクがあるので耐久は可能だろうが、このままではジリ貧になってしまうのは明白だ。
ゴレオの打開策に期待したいところだが、反対にゴレミのエンジンが上がっていく。
ゴレミの戦闘スタイルは打撃一択だ。多少のMPは消費するが、無尽蔵と言っても過言ではない。耐えきれなくなるまで殴り続ける……いや、ゴレミは魔導障壁そのものを殴り壊そうとしている。
ゴレミの狙い通り、魔導障壁にもヒビが入り始める。障壁を無くしたとしても、しばらくは耐えられるだろうが……耐えるだけになってしまうだろう。
「重装魔導核!」
ゴレオの声が響いた。同時にゴレオの胸の中心が盛り上がる。そこから強い魔力の反応が伝わって来る。
「短期決戦ですわね」
ハルパラが口にしたように、ゴレオは耐久から、特攻に作戦を変更したようだ。竜人族の子供といった外見をしていたゴレオが、竜の要素を濃くしていく。
「ぐぉあぉああああぁっ!!」
ゴレオは咆哮と共に黒い斬撃を飛ばした。その全てがゴレミの身体に向かっていく。
「ぐっっ!!」
流石のゴレミにもダメージは通ったようだ。
斬撃をひとつ残らず受け切ったゴレミは、その勢いに押されて後退してゆく。身体は刃物で切られたように傷だらけになっているが、そこから血は滴らない。
ゴレオは拳銃の弾丸のように回転しながら、ゴレミに突撃していく。ゴレミはそれを片手で受け止めて、もう一方の手でゴレオをタコ殴りにしていく。
翼を引きちぎり、角を折り、魔導重装核を破壊する。
ゴレオも負けじと斬撃を飛ばす。しかし、今度の斬撃からは先程の威力が失われており、ゴレミはちぎったゴレオの翼で斬撃を全て受け切ってみせる。
そして、ゴレオの腕、足を続けざまに引きちぎり、ゴレオはあっという間に顔と胴体だけになってしまった。
それは、昨日のボルバラ戦での姿とほぼ同じものだった。
そこでゴレミは追撃の手を緩めた。再びゴレオに自身の身体を創造させるつもりなのだろう。
勝ちを確信し、弟の成長に期待する……愛情故のものではあるが、ナメプと言っても過言ではない。
「ぐぅおおぉううぁああああっ!!」
ゴレオが唸りをあげる。
ゴレオの身体は再生していったが、それは昨日の様な、自らを創造したものではない。マジックタンクから補給されたポーションの効果による通常の回復にすぎない。
ゴレオの身体は再生し切ったが、既にゴレミに対抗出来るだけの余力を残してはいなかった。
「……まだ闘いますか?」
「いや……今回は俺の負けです」
そう言ったゴレオは、顔面から前のめりに崩れ落ちた。
「勝者はゴレミ選手です!」
『漆黒』のリーダー兼実況者である俺の声に合わせて、傷だらけのゴレミが高々と手を上げた!
鳴り止まない『ゴレミ』コールの合間に、紛れ込むように『邪神』コールがあった。
☆★☆★☆★
身体中に刻まれたゴレミの傷はDランクポーションで完全に塞がった。
万全を期して、明日の決勝戦に挑む事になる。
対戦相手はタルトかカートか……俺たちは、タルトの宿にお邪魔していた。
「もう突っ込むのも飽きたよ」
タルトは達観した面持ちで俺たちを迎え入れてくれた。
「今更顔を出さないのも変だと思ってさ」
「そりゃそうだな」
「勝算はいかほどですか?」ゴレミが言った。
「カートの事か? 勝つ気ではいるが、《怠惰》スキルが厄介だな」
「いえ、私のことです」
「言わせるなよ」
タルトのげんなりした顔を見て、ゴレミは満足そうに鼻を鳴らした。
「今日のカートはどこか変だったよな? 理由はわかるか?」
「ガリュムさんと話すまではいつも通りでしたよ」ゴレオが言った。
「ゴレオ、二人の会話を聞いてたのか?」
「はい。タルトの試合はつまらなそうだったので!」
「お前ら、本当に容赦ないな」
「予想通りの圧勝だったからだよ」
「そうですよ」
ゴレオも慌ててフォローする。
「二人は何を話していたんですか?」サーシャが聞いた。
「それが、結界を張られてしまって……」
ゴレオは人間らしく頭を掻いた。
「やはりゴレオは、まだまだ甘いですね。私は唇の動きで大体の事は把握出来ましたよ」ゴレミは胸を張る。
「さすがゴレミ! で、なんて言っていたんだ?」
「『生贄になるのは、タルト・ナービスだ』ですね」
「生贄?」
……ゴレミ、サラッとすごい事言ってるよ。
「生贄ねぇ……不穏な事ですな」
しかし、当のタルトは動じる様子も無い。
「ゴレミ、それはどっちが言っていたんだ?」
「ガリュムです。その後も何かを口にしていた様ですが、口元を隠していたので読み取れませんでした」
「その発言に、カートが反応したって事か」
「生贄って何のことなんですかね?」ゴレオが言った。
その質問に答える者は居なかった。
答えなど見当がつかない。
そう考える物と、その答えを知っている者しか居なかったから。