第百五十五話 バンパイヤ
次世代の魔王を決める大会も準々決勝、各ブロックの優勝者を決める段階へと突入した。
現状を整理しよう。
Aブロックはタルト・ナービスvs魔八将ゼス・ノワール
Bブロックは王子カートvs執事ガリュム・ノストラフゥ
Cブロックは武神バルカンの乱により、全員棄権
Dブロックはゴレオvsゴレミ
なかなかのカードが続く。
これまでは同時進行していたが、ここからは各ブロックごと、順番に試合を行う事となる。下手ブロックの闘技場では、映像によるパブリックビューイングが行われる。
先ずはAブロックからだ。
タルト・ナービス【HP:51500/51500】
vs
ゼス・ノワール【HP:21000/21000】
タルトは前の試合でも、当然のように能力を上げていた。
どんどんHPが伸びている事も、勝ち上がるにつれて魔八将を圧倒していた事実も、観客は全て知っている。
対戦相手となるゼス自身も、勝ち目があるとは微塵も思っていない様だった。
「タルト・ナービス……それだけの実力を持つ者が、今まで何をしていたのだ?」
「色々してたよ。最近だと、武神バルカンの相手とかね」
「武神の相手とは、君は物好きなんだな」
「少しでも強くなりたかったからな」
「準決勝……君の対戦相手は、どちらになると思う?」
「負ける気満々かよ? 油断を誘ってるなら、俺には効かないぞ」
主人公気質のタルトに慢心はない。
「私が準決勝まで勝ち上がったのは、組み合わせの妙に過ぎないのだよ。昼間の私は魔八将最弱だからね」
「昼間か。それはバンパイヤの特性か?」
「そうだ。日が落ちた時間帯ならば、逆に魔八将最強は私になる」
「じゃあ夜戦いたかったな」
「単純な戦闘力ならば、君が圧倒したカンパネルラが一番だし、総合的に強者を決めるなら、君に求婚したハルパラかもしれない……つまり、君には誰も敵わないよ」
解説席のハルパラが、尻尾をくねくねさせている。その度にフェロモンみたいなオーラが溢れるんだよね……しんどい。
しかし、ゼスはカートを魔八将にカウントしていないのか?
間違いなくカートは強い。それは魔王も認めるところだ。違和感はある。
「戦う前から負けを認めるのは、バンパイヤの長として問題無いのか?」
「私は王族ではないよ。バンパイヤの国王を護る盾の役割を担っていた……もう滅んでしまったがね」
「詳しく聞きたいところだが、そろそろ始めないと、他のブロックの出場者に申し訳ない」
「そうだね……そうだな、それでは……王子の勝率を僅かでも上げる為に、爪痕を残させて貰うよ」
ゼスは細身の剣を抜いた。レイピアと見紛うような剣先には、強大な魔力が宿っていた。
ゼスはその剣で、タルトではなく、自らの腕に傷を付けた。
浅い切り傷とは釣り合わない量の血液が、勢いよく噴射した。それは霧状に変化して観客席との間に張られた結界の中を満たしていく。
「ゼスの血には神経が含まれておりますわ。致死性はありませんが、少しでも触れてしまえば、半日はまともに動けなくなりますわよ」
解説のハルパラさんが良い仕事をした。それはガリュムの作った資料にも記されていない事だった。
しかし、俺はタルトの勝利を確信していた。血の霧が、観客席との間に張られた結界を超えないのならば、高度な結界を扱えるタルトにとっては、何も起こっていないも同然だ。
結界の内部が爆ぜた。血の霧が爆発によって固形化して行き、その力を失っていく。次の瞬間、舞台上に立っていたのは、タルト・ナービスただ一人だった。
焼けただれたゼスが医務室に運ばれ、Aブロックの勝者がタルトに決定した。
ゼスは王子の為に自らを犠牲にしたのだ。
☆★☆★☆★
勝者のタルト・ナービス選手にインタビューを行う。
「タルト選手! 死のリーグとも言われたAブロックを見事に勝ち抜きました! 何か印象に残っている試合はありますか?」
「……全員強敵でしたよ。流石は魔王国を支えてきた幹部の皆さんでした。印象的なのは、魔族よりなんでもありで勝ちを攫いにきた初戦の対戦相手ですね。反則負けしてくれて助かりました」
「反則ではなく場外判定負けです! さて、準決勝に向けた意気込みをください!」
「ガリュムには負けたことがありますし、カートの能力には興味があります。どちらと戦う事になっても、ベストを尽くしますよ。英太のように、勝ちにこだわってね」
タルトよ……観客に邪神と呼ばれるゴーレム遣いの記憶を蘇らせるなよ。俺たちは、デベロ・ドラゴへの移住者を求めにここに来てるんだぞ。
「タルト選手でした! ……それでは、Bブロックの試合に移ります! 実況解説陣は転移しますが、みなさんはモニターで試合を楽しんでください!」
俺とサーシャ、そしてハルパラはBブロックの会場へと転移した。
舞台上には、準備満々のカートとガリュムの姿があった。
……ん?
何だかカートの様子がいつもと違うぞ?
「遅いぞ、英太殿! さあ、早く試合を始めようではないか、」
相変わらずマイルドではあったが、カートから闘志の様なものが発散されていた。いったい何があったのか?
「おーっと! 何やらヒートアップしているようですが……いったい何があったのでしょうか!?」
薄っぺらい実況の知識で、選手を煽ってみた。返事をくれたのは、くくくっと笑うバンパイヤだった。
「いえね、生き残るのは出来損ないの王子ばかりだなと、そういう話をしていたんですよ」
つまり、ガリュムが煽ったのね……でも、カートがその程度の煽りで反応するかね? 出来損ないの王子ばかり……ばかり?
「ガリュム、もしかして……言ったのか?」
「はて? なんのことでしょうか? 私が伝えたのは、次の魔王は実質的に三人に絞られたという事ですよ」
「三人?」
「ええ、『デベロ・ドラゴ』のお二人は、力を試したくて大会に参加されただけです。魔王の座は辞退なさるのでしょう? つまり、実質的にこの試合が準決勝という事です」
「英太殿、早く試合を始めよう」
カートの様子からして、それだけではなさそうだが……とにかく試合を始めるしか無さそうだった。
俺が解説席に戻ると同時に、試合開始のドラが鳴った。
ガリュム・ノストラフゥ【HP:9000/9000】
vs
カート【HP:81000/81000】
……正直、二人の能力値には圧倒的な差がある。カートの《怠惰》スキルが発動しなかったとしても、基礎能力ゴリ押してカートに軍配が上がるだろう。
事実、試合は一方的なものになった。カートの一撃でガリュムのHPは半分以下に削れたし、ガリュムの攻撃は何ひとつカートに届かない。
《怠惰》の影響で、これまで不戦勝や相手の自滅によって勝ち上がっていたカートだが、普通に戦っても充分に強かった。流石は魔王デスルーシの息子だと実感させられる。
ガリュムは血の結界を張るが、カートは闘気だけで結界を破壊してしまう。
まるで赤子の手を捻るかのような試合展開だった。ゼス・ノワール同様に、ガリュムも昼は弱体化しているのだろうか?
「ガリュム! 魔王デスルーシの息子として、君を勝ち上がらせる訳にはいかない!」
「貴方にデスルーシ様の何がわかると言うのですか? 貴方は魔王にならずとも、魔八将の地位を維持出来るでしょう……そこで、ぬくぬくと怠惰に生き続ければ良いのです」
ガリュムが言い終わると同時に、カートの拳はガリュムの心臓を貫いた。
会場に一瞬の静寂が訪れる。
そこに有ったのは、明確な死の予感だった。
ガリュムは当然のように崩れ落ちる。
「……何故だっ! 何故だ父上っ!! 何故このような暴挙を許すのだっ!!」
カートの叫び声が会場に鳴り響き、試合終了のドラが鳴る。
「ガリュム……君は本当に大馬鹿者だよ」
勝者はカートに決定し、ガリュムは担架で運ばれていく。カートは勝利者インタビューを断り、早々に転移して行った。
いつもの派手なエフェクトはなく、何かが起こったのは明白だった。
「仕方ありませんわね」
解説席のハルパラは、そう言って魔力を飛ばした。静まり返っていた観客達が一斉に歓声を上げる。
「ゴレミ! ゴレミ! ゴレミ! ゴレミ! ゴレミ!」
次の対戦に向けて、大盛り上がりの観客席に戸惑いが隠せない。
「ハルパラ、これは?」
「少しばかり、事実をねじ曲げましたの」
「事実を……ねじ曲げた?」
「ええ、ガリュムは不戦敗で、カートは次の対戦カードの宣伝をしてから、格好つけて立ち去りましたわ」
「そんな事が出来るのか?」
「高度な精神干渉耐性を持つ者には効きませんわよ。魔道具もしかりですけどね」
ハルパラは、俺の指輪に視線を向けた。
「あの一瞬で、会場の全員に精神干渉スキルを発動したっていうのか?」
「いいえ、魔王国全土ですわ」
「……想像を超えてくるな」
「王子と騎士団長のバンパイヤ対決も見てみたかったのですが、これは順当な結果ですわね」
「王子……もしかして、ガリュムが?」
「ええ、そうですわ。ガリュムは王族唯一の生き残りですの……わたくしでも、ああいったものに熱くなる事もはありましたのね」
ハルパラの言った『ああいったもの』が何なのか、俺には予想もつかなかった。