第百五十四話 覚醒
良いように遊ばれながらの勝利となったゴレオだが、本人は至って前向きだった。
「次の対戦相手は尊敬する姐さんなんで、全力で向かって行きます!」
ドラゴンゴーレムは、その若々しさと可愛らしさで、国民のハートをガッチリと掴んだ。
しかし観客たちはゴレオの進化に気付いていないだろう。アンカルディアは意図的に、ゴレオのそれを引き出したのだろうか?
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「うゔぅぅぅぁああああっ!」
ブラックドラゴンの鱗を前に、ゴレオが唸りを上げている。
ゴレミもゴレオの変化に気付いていた。
ゴレミもゴレオも、形態変化の術は持っている。しかしゴレオは、ボルバラ(アンカルディア)との試合の中で、素材から自身を創造したのだ。
あれはゴレミにも出来ない……という事で、もう一度やってみろと強要され、出来ないまま数十分が経過していた。
「ゴレミ、そろそろ解放して上げたら?」
「いえ、これは私共とグゥインさまに取って重要な事なのです」
「そりゃわかるけどさ、一度出来たんだから」
「いえ、ゴーレムは熱いうちに叩くのが基本です。感覚が無くなる前に、定着させるべきです」
「…………ダメです! 無理ですよ! ボルバラさんに煽られてなんとかでしたし、そもそも、自分の身体だったから再構築出来たのかもしれないし!」
「……確かに。自分だったものなら同じ素材でも全く別物になるかもな」
「……なるほど。少し残念ですが、自身の再構築だけでも素晴らしいです。やりましたね、ゴレオ!」
ゴレミはゴレオの頭を優しく撫でた。
「姐さん……」
嬉しそうなゴレオだが、きっと明日は姐さんにボコボコにされるぞ。
「英太さん以外にも創造が使えたら、とんでもない事になりますよね」サーシャが言った。
「そうなのです。英太さまは人間ですので、早い段階で死んでしまいます。残された我々ゴーレムとグゥインさまにとって、創造を失うのは死活問題なのです」
あれ、ゴレミったら、サラッと酷い事言ったな。
「魔王の話では、同じユニークスキルは同時に発生しないみたいだったよ」
「なるほど……ではやはり、先程のスキルはあくまでも自分の肉体にのみ行えるスキルの可能性が高いですね。ゴレオのユニークスキルでなければ、全てのゴーレムに覚えさせる事も可能かもしれませんね」
うん。うちのゴーレムたち、どんどん軍隊としてチートになっていくね。
「さあ、明日は二人の試合もあるし、さっさと食事を済ませて休もうか」
「その言葉、ずっと待ち侘びてたよ! 何でお前らは毎日俺のところに来るんだよ!」
魔八将の資料に目を通していたタルトが声を張り上げた。
「そりゃ、心配だし」俺は言った。
「食事は大勢の方が美味しいですし」サーシャが言った。
「そもそも、英太さま名義で借りた宿ですし」ゴレミが言った。
「まだ魔王様を暗殺する可能性もありますから」ゴレオが言った。
「……わかったよ。こうやって過ごせるだけでも感謝しますよ……飯にしよう。英太、今日の夕飯はなんだ?」
「ケンタウロスの馬刺しか、骨付きサイクロプ……」
「冗談でもやめてくれ」
俺はアイテムボックスから、本日のディナーを取り出した。
「ハンバーグだよ。隣にあるのは焼いた玉子だ。俺の出身地では『目玉焼き』って呼んでた」
「いただきます!」
タルトへのブラックジョークは、ゴレミとサーシャの食欲によって受け流された。
いつものように、四人で食卓を囲む。
そういえば、ディナーは魔王と共に……というのが当初の約束だった。俺たちがタルトと再会してからは、すっかり魔王からのお誘いが無くなってしまったな……
「英太さん?」
少し寂しかったので、ちょっと魔王の様子を見にいく事にした。タルトが気にするといけないから、適当に散歩と言って転移しようとした……
その時、サーシャに手を取られた。
俺たちは本来の本拠地である魔王城の客室に転移した。当然ながら、サーシャも一緒だった。
「英太さん……ここ、魔王城ですよね?」
「ああ、魔王の様子が気になってさ……基本的には一緒に食事をするって約束だっただろ?」
「でも私、魔王さんからタルトと一緒にいてやってくれって言われましたよ」
「……そうなの?」
「はい」
「……とりあえず、魔王のところに行こうか?」
「はい!」
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「どうなさいましたか?」
魔王の部屋の前に着くと、すぐにガリュムが現れた。
「いや、魔王はどうしてるかなって」
「昼間もお会いになられたでしょう。それに、今は来客中ですので」
「来客?」
「……本来なら、お伝えする事は出来ないのですが、英太様とサーシャ様ですからね」
ガリュムは小さな結界を展開した。
「明後日には、新たな魔王が誕生致します。ですので、他国から極秘で国賓をお招きしているのです」
「他国って?」
「他種族の国です。これ以上は、魔王様の許可なくお伝えする事は出来ません……明日以降は魔王様と行動を共になさる予定です。隠蔽魔法で姿は変えますが、英太様なら簡単に看破出来るでしょう」
ガリュムの言葉から、妙な気配を感じた。不可侵とはいいながらも、各国の上層部は繋がりがあるんだったな。あまり踏み込まない方が良さそうだ。
俺たちが諦めて転移しようとした時、ガリュムからこんな質問をされた。
「……優勝は、誰になると思いますか?」
パッと思いついた名前は『ゴレミ』だった。しかしそうなると、優勝者が次の魔王になるという大会の意図に反してしまう。
準優勝者が魔王になっても格好つかないし、ヤラセでゴレミに負けさせるのも違うし、そもそもそんなことをしたら簡単にバレそうだ。
「魔八将の誰かか、タルト、ゴレミですかね?」
ガリュムは薄く微笑んだ。
「……そうですか。実は、私も本気で優勝を狙おうと考えているのです」
……そうか、ガリュムもBブロックを勝ち抜いている……それに、魔王国に来たばかりのタルトを完封した実績がある。
「対戦相手によっては、立場上応援は出来ませんが、カートには絶対に負けないでください」
俺はそう言って、再びタルトの宿に転移した。
冗談っぽく口にしたが、カート優勝は全然あり得るセンだ。
むしろ、カート以外にゴレミが負ける絵が浮かばない。《怠惰》は、謎だらけだが、良い結果が出るという化け物スキルだ。大きな実績もある。魔王国最強のバルゼを倒したのだから。
明日は六〜八回戦が行われる。タルトの対戦相手は、またしても魔八将になるだろう。
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Aブロック六回戦第一試合は、タルト・ナービスvsジュウ・ファング。
魔八将のバジリスクだ。
バジリスクという種族は、魔王国にはジュウしか存在しないらしい。故に弱点も出回ってはいない。
フェレットに弱いとか、鶏の鳴き声に弱いとか、鏡に映った自分をも石化してしまうとか……そんな知識を持つ者は、この世界に俺しかいないのだ。
タルトの持つ盾は、昨夜のうちに俺が創造したものだ。紅蓮の盾は取り外しが効き、内側にある鏡が対戦相手を映す事になる。
タルトはジュウにその事実を伝えた。正々堂々という話ではない。秘密兵器を囮にして、真正面から撃ち倒したのだ。
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「どうしてそんな事をしたんだ?」
「観客席に反射しないとも限らないだろ? 魔王の結界も万能じゃない」
だからと言って、バジリスク相手に真正面から斬りかかるのは愚策だろう。
それでもタルトは勝利した。その要因として考えられるのは、トーナメント中のレベルアップだろう。
日常生活でも僅かに経験値は手に入るそうだが、魔物を倒した場合に入る経験値はその比ではない。しかし、それはとどめを刺した場合に限るのだ。
詳しい事はわからないが、絶命する瞬間に発される瘴気が関係しているようだ。
それ以外だと、入る経験値は筋トレとさほど変わらない。タルトのような高いレベルになれば、そうポンポンレベルが上がる訳がない。武神バルカンのように、長い年月を費やしてやっとなのだ。
タルトは続く第七試合、魔八将のリザードマン、カルビア・ザルグを瞬殺した。
文字通り、殺してしまったかのような鋭い斬撃だった。