第百五十一話 トラブル発生
今日の試合が一回戦のみで終わった事は、タルトにとって吉と出るか凶と出るか……
順当に行けば、明日からは魔王国の幹部たちとの戦いが待っている。
さっそく、一回戦第二試合にサキュバスのハルパラ・ミューズが登場した。見た目はアイドルはあの女の子だが、アンカルディアに魔八将で一番厄介といわしめた逸材だ。
果たして、どんな戦いを……
試合はドラの鐘が鳴ると同時に終了した。サキュバスのハルパラは、魅了系のスキルを使うでもなく、尻尾ビンタで屈強なオークを一蹴した。
俺や魔王をツンツンで魅了した尻尾には、こんな使い方もあったのだ。
「……タルト、どう思う?」
「相手が弱すぎるだけだな」
「だよな」
続く第三試合は、泥試合の末の判定にもつれ込み、第四試合には魔八将のキマイラ、ライム・バルグリフが登場し……爪で空を切るだけで対戦相手のゴブリンを弾き飛ばした。
「これも、そうだよな?」
「あぁ、意図的に弱い相手と組まされているのかもしれないな」
「タルト……油断しなければ、なんとかなるかもしれないぞ」
俺には確信めいたものがあった。
確かに魔八将は魔王国の上積み中の上澄みレベルに強いが、たぶんカート以外は今の俺でも何とかなる。
ステータスは彼等が上だろうが、対応出来るという意味だ。
彼等には、種族特有の長所と短所がある。ファンタジーの世界を創る事が生業だった俺には、その弱点も手に取るようにわかる。逆なタルトのような、剣士タイプで、オリジナリティの高い魔物の方がやり難い。
同時に、タルトにはその優位性は当てはまらないと思う。タルトもサキュバスやキマイラに関する知識はあるだろうが、俺より深く知っているとは思えないのだ。
このままでは、幹部たちと総当たりするトーナメントを勝ち抜くのはなかなかシビアだ。
「俺はゴレミたちの試合を観てくるけど、タルトはAブロックの試合を観戦するよな?」
「……あぁ、流石に研究しておかないとな」
「じゃあ、宿屋でも映像を観られるようにするから、一度戻ろうか?」
「それは助かるな」
「……いや、せめてもの罪滅ぼしだよ」
俺はタルトを宿に送り届けて、魔導モニターを創造した。
「映像はバッチリだ。あとさ……これ、ガリュムから貰ったんだけど」
ガリュムが作った魔王国の資料を取り出した。
「……なんだよ?」
「国家機密も載ってるらしいけど、《創造》……魔八将の資料だけ複製したから、目を通しておけよ。俺からの助言も含まれてる」
スキルの応酬が予想されるファンタジーの闘いにおいて、手の内を知っているかどうかは勝敗に直結する。
魔八将の能力と俺のファンタジー知識をタルトに与えさえすれば、死のトーナメントにも勝機は見出せる。
少なくとも、オリジナリティの高い魔物……カート王子と対戦するまでは。
「そんなもの、受け取っていいのか?」
「タルトの存在を把握していたガリュムが、俺の好きにして良いって言っていたんだよ。こんな組み合わせにされて、正々堂々も無いだろ?」
「……すまないな」
「優勝したら、タルトも同じものをガリュムから貰いな……国の歴史とか、色々書いてあったよ」
「考えとくよ」
「……じゃあ、また明日」
「おう」
俺はそのままDブロックの試合が行われている会場へと転移した。
どうやら、まだゴレミとゴレオの試合は行われていない様だった。
しかし、どうやら他の会場がざわついていた。どうやら、Cブロックで事件が起きた様だった。Dブロックの出場者であるゴレミとゴレオが審判団に駆り出されていた。
「ゴレミ、何があったんだ?」
「ええ、ルールを勝手に変えようとしたバカがいる模様です」
馬鹿……この段階で、一人しか思いつかない。
俺はゴレミに抱えられながら、Cブロックの会場に飛んだ。
舞台上には、同時に百人を相手にする武神バルカンがいた。
武神の強烈な斬撃が広範囲に飛ぶが、間一髪でゴレオが受け止めた。ゴレオの身体にはヒビが入ったが、マジックタンクの効果で、自動的に回復していく。
俺は武神に《重力魔法》をかける。武神の動きが鈍った刹那、ゴレミの打撃が武神を襲う。
モニターに映し出されていた武神バルカンのHPは、みるみる間に失われ、あっという間に1という数字を刻む。
それでも終わらないゴレミの攻撃。武神は楽しそうに打撃を受けながら、ゴレミに向かっていくが一撃も当てられない。
全ての闘気を解放したゴレミの打撃を受けて、武神の首はあらぬ方向に曲がった。
「……ゴレミ?」
殺しちゃったのか?
「ご安心を、生きています……英太さま、ツバサを拘束した時以上の強固な檻を作成してください」
俺は言われた通りに檻を創造した。ゴレオが武神を抱えて檻に投げ捨てる。
「本当に生きてるのか?」
「大丈夫です! 武神は首が折れたくらいでは死にません。だから大変なんです」
凄いな……そんで、凄い迷惑だ。
その瞬間、ドラの音が鳴った。
「バルカン選手、反則負けです」
武神は勝手に一対二百五十の戦いを申し出て、無理矢理出場者を舞台上に上げたそうだ。
可哀想な出場者たちは、次々に蹴散らされていった。棄権を申し出た者すらも、無理矢理戦わせてタコ殴りにしていったのだと言う。
そして、最終的にゴレミにボコボコにされ、反則負けとなった。
場内からは、俺とタルトの試合を越える大歓声が鳴り響いた。
ゴレミ! ゴレミ! ゴレミ! ゴレミ! ゴレミ!
終わらないゴレミコールの中、Cブロックの選手全員が正式に棄権を申し出た。
Cブロックを勝ち上がったら、間違いなくゴレミと対戦する事になる……こんな化け物と闘うなんて、考えられないと言うわけだ。
それは、Dブロックも同様だった。ほぼ全ての出場者が棄権を申し出ていた。
武神バルカンの惨劇は、しっかりと映像で全ての闘技場に映し出されていたのだ。
棄権しなかったのは、ボルバラとゴレオのみ。三日目の五回戦で対戦する予定だ。その勝者がゴレミと対戦して、勝った方が決勝に進む……
ここから魔八将とガリュムを相手にする予定のタルトとは、スケジュールの差があり過ぎだった。
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既に一回戦で勝利を収めていたガリュムが、Dブロックの控え室にやって来た。
「武神バルカンの暴走を止めて下さり、ありがとうございます」
ガリュムは深々と頭をさげた。
「起きてから言うのもアレだけど、お目付け役の魔物を同じブロックに配置すべきだったな」
「……ですが、組み合わせは完全にランダムですので」
どの口がそれを言うか……
「そうも棄権が多いと、大会日程のバランスが悪くなりますね。バルカンめ、やってくれました」
ガリュムは溜め息を吐いた。
「どちらかというと、姐さんのオーバーキルが原因な気もしますけどね」
「ああもしなければ止まりませんでしたよ」
「首を折るのは、やり過ぎな気もするな」
「組み合わせを変える必要がありますか?」
「いえ、AブロックとBブロックは順調に進行しています。あなた方はシードの様な扱いで、待機していてください」
「じゃあ、日程はそのまま?」
「いえ、魔王様に相談してからになりますが、明日に予定していた二回戦と三回戦を、本日執り行う事にしようと思います。後半に詰まっていたスケジュールを前倒しに出来ますから」
「そんな急に良いのか?」
「魔王国らしくて良いではないですか……」
ガリュムは、魔王との通信を開始し、五秒後には、日程の変更が決定された。
俺たちは、タルトの宿屋に転移した。
「お前たち、やってくれたな」
タルトは呆れたように言った。
「いや、不可抗力だよ」
「まぁ良いさ、後半の日程が緩くなるのは歓迎だ。それに、ちょうどハルパラとライムの資料を読んだところだ」
「体力はどうなんだ?」
「D級ポーション一本だからな、六割ってところかな……とりあえず、俺は会場に戻るよ」
そう言って、大剣を握りしめたタルトは転移して行った。