第百五十話 一回戦第一試合 鏑木英太vsタルト・ナービス
次の魔王を決定する大会が始まった。
まずは、大会出場者にして責任者でもある執事のガリュムから、簡単なルール説明があった。
そして魔王からのご挨拶だ。
「魔王デスルーシである! この大会は、次の魔王を決める大会である! 参加者は正々堂々と、自らが王に相応しいという姿を国民に示すのだ! そして、会場で、中継で大会を観戦している国民たちよ! 楽しんでくれ! 魔族として、強き者たちの躍動する姿を目に焼き付けてくれ! 儂からは以上だ!」
魔王は開会の花火代わりに《究極爆烈魔法》を空に放った。
その威力たるや凄まじいもので、王国フレイマを消滅させたというのも頷けた。
参加者たちは、それぞれの会場で魔王の話を聞いていた。魔王の挨拶から五分後、同時にグループの一回戦第一試合が始まる。
魔王様が観戦するのは、Aグループだ。魔王の傍らには、カート王子から頂いたドレスを身に纏った美しいエルフの姿がある。
「英太さーん! タルトー! 頑張ってくださーい!」
婚約者だけではなく、ちゃんと二人を応援するサーシャさん、素敵だよ!
タルトの奴は、どこか切なそうな顔でサーシャを見つめていた……やっぱりサーシャに気があるんじゃないのか?
木槌の音と同時に、観客席のスクリーンに数字が浮かび上がる。
モニターには、出場者の名前とHPのみが表示されている。残りHPがリアルタイムで表示されていく。
判定に持ち越された場合の基準となる『被ダメージ量』は、単純に相手から受けたダメージの総量で判断する。残りHPの多さだと、回復魔法持ちが圧倒的有利になってしまうからだ。
エイタ・カブラギ【HP:8300/8300】
vs
タルト・ナービス【HP:38520/38520】
開示されているHPだけでも5倍近い差がある。圧倒的タルト優位に見えるし、実際その通りだ。
しかし、俺には自己バフと回復魔法があって、タルトは回復魔法が使えない。
試合中のポーション使用は認められていないので、そこが勝負の鍵となるだろう。
……俺がタルトなら、速攻でケリをつける。
俺たちは舞台に上がった。
「英太、本気で来いよ!」
タルトの声に重なるように、試合開始のドラが鳴り響いた。
俺はその瞬間に《浮遊魔法》を唱える。この日の為に覚えた空間魔法の一種だ。空中で自己バフをかけるだけかけて……
「そう来ると思ったよ」
目の前には同じく浮遊魔法を使ったタルトの姿があった。
殺す気かと疑いたくなる程の、力強い斬撃が飛んでくる。
タルトの持つ大剣が、俺の肩に命中した。黒竜鎧を装備していなければ、身体が真っ二つになっていただろう。事実、鎧には傷一つついていないが、中身の俺には大きなダメージを受けていた。
「固いな、これなら手加減の必要はないか」
タルトはとんでもない事を口にする。俺はトラッシュトークをすると見せかけて、身体強化魔法を重ねがけする。
あのレベルの斬撃が飛んで来るとしたら……飛んで来た!?
タルトは大剣を俺に向かって投げつけた。俺はなんとか大剣を避けたが、その先で待ち構えていたかのようにタルトの拳が飛んでくる。
身体強化のおかげで何とか耐えられるが、やはり本質的に戦闘に向いていない。どんどんメンタルが削られていく……
空中で力を逃がそうと試みたが、そんな余裕など無かった。俺は力無く舞台上に倒れ込む。
死んだふりをしながら回復しようとするが、そんなものはお見通しのようだ。KO勝利を目指すタルトは、回復の暇も与えてくれない。
殴る、蹴る、殴る……
この闘い方には見覚えがあった。
ゴレミだ。
訓練場で、タルトがゴレミにされていたのと同じ光景だった。こりゃ手も足も出ないぞ……
とてもこのまま20分なんて凌げないし、凌いだとしても勝ち目は無い。勝つ気もないのだが、このままというわけには行かない……
頭だけを守って、完全な防御体制を取る。
アンカルディアを思い出せ……無詠唱どころか、動作抜きで魔法を繰り出していた。
ここで使うのは回復魔法ではない……
《創造、ゴーレム生成》
タルトの背後から、ゴーレムが拳を振り翳す。
ゴーレムに殴られたタルトは、吹き飛んで行く。
その間に回復だ……
モニターを横目で見る
エイタ・カブラギ【HP:200/8300】
vs
タルト・ナービス【HP:29400/38520】
あの一撃で1万も削ったのか……何処かでゴーレム作成スキルも上がったのかな?
それよりも俺のHPの方がヤバい。瀕死じゃないかよ……アドレナリンのお陰で麻痺してたみたいだ。
「《上級回復魔法》」
俺のHPが全回復するのと同時に、タルトも立ち上がった。ややフラついている今がチャンスだ……
一気に仕留める……のではなく、安全策を取る。
「《創造ゴーレム生成》」
一体のゴーレムに攻撃させ、もう一体のゴーレムに守備を任せる。そうしているうちに俺が支援魔法で自分とゴーレムたちにバフを与える。
タルトも流石で、不意打ちで喰らった最初の一撃以外はゴーレムの攻撃を受け止めている。
完全に防いではいるが、100、200、300……少しずつHPは削られていた。
守備に回っていたゴーレムも攻撃に回す。流石に二体相手は苦しそうだ……そこですかさず三の矢を放つ。
「《ホーリーランス》」
リンガーの使っていた聖属性の槍がタルトを襲う。
「《爆烈魔法》」
この至近距離で究極の発動は出来なかった。魔王の発した魔法に威力には及ばないが、ゴーレム毎タルトを弾き飛ばす。
……残酷だって? そんなことはない。ゴーレムは再生出来るのだ!
俺はアイテムボックスからブラックドラゴンの鱗を取り出し、ゴーレムに投げ込んだ。そして再び魔法を唱える。
「《創造ゴーレム再生成》」
二体のゴーレムは漆黒に姿を変え、タルトに襲いかかる。勝ちを確信した俺は、モニターに目をやる。
エイタ・カブラギ【HP:8300/8300】
vs
タルト・ナービス【HP:2380/38520】
……やばい、勝っちゃう。というか、殺しかねない。
「戻れっ! ゴーレムたち!」
俺の指示も虚しく、ゴーレムたちは帰還しなかった。爪を鋭く伸ばしたタルトが、二体のゴーレムを核ごと切り裂いたのだ。
「……嘘だろ?」
タルトは真っ直ぐこっちを向くが、そのまま両膝を突いてしゃがみ込んでしまった。
ヤバい……どうしよう? まさか勝てるとは思わなかった……この状況じゃ八百長の仕様もない……したとしても、バレバレの大根芝居しか出来ないぞ……
その時、試合終了のドラが鳴った。
結果は判定に持ち越し……与えたダメージ量は計測するまでもない。
……あれ、審判は?
モニターを囲みながらごにょごにょやっている。
すると、VIP席から大きな声かけて飛んで来た。
「鏑木英太、タルト・ナービス、見事な試合であった! 共に20分間の猛攻を耐え凌ぎ、判定に至った姿は見事の一言であるっ! 審判団は何をしている? 被ダメージを測定して、判定を下すべきではなきのか?」
……魔王、本当にタルトを排除する気か? 俺が言えたギリじゃないけどさ……
「……はい、そうなのですが……」
審判団は口こもる。
「なんだ? 言ってみろ!」
「はい。鏑木英太選手が10秒以上浮遊をしておりまして……それが公式ルールの場外に相当するのです」
「タルト・ナービスも同様ではないのか?」
「それはそうなのですが、英太選手の方が僅かに早く浮遊しておりまして……」
「それに加えて、闘技場の破壊行為にも抵触致します」
「闘技場の素材からゴーレムを生成した件か?」
「そうでございます」
「ふむ……鏑木英太よ!」
「はい」
「其方はどう思う?」
「どう?」
「場外負けだと思うか? 反則負けだと思うか? それとも、判定勝ちだと思うか?」
「……場外でお願い致します」
「……だそうだ」
「それでは、第一回戦第一試合の勝者は『タルト・ナービス』となりました!」
会場が一斉に湧いた。魔王の客人だからブーイングこそ起きないが、ゴーレム生成自体がルールの穴を突いたグレーゾーンだったのだ。
「……タルト、大丈夫か?」
タルトは苦笑いで親指を立てた。
「本気で来いなんて言うんじゃなかったよ……」
試合間に使用して良いのはDランクポーション一本のみ。他者からの回復魔法は厳禁という厳しいお達しを受けた俺は、タルトに肩を貸し、控え室に戻った。
すぐに舞台上に呼び戻され、闘技場の修理を任される。ちょっと観客席が沸いてくれたのが、せめてもの救いだった。