第百四十八話 大会までの一週間 後編
武神バルカンは本当に武神バカかもしれない。
息子の葬儀にも参加せず、不眠不休で基礎訓練を続け、それだけで闘技場を半壊させていた。
高精度の結界が無ければ、とんでもない被害になっていただろう。
一向に訓練を辞めない武神をゴレミに羽交締めし貰い、転移魔法でハルパラの領地へと向かう。
俺は《創造》で体育館程の建物を作った。もちろん素材には、鉱山で発掘したレア鉱物が沢山練り込まれてある。
それだけでは、ただのめちゃくちゃ丈夫な建物だ。中に『仕掛け』を設ける。
重量、温度を自由に調整出来る他に、ホログラムの敵との模擬戦や、訓練時の映像を映写する機能まで付いている。
それに加えて、戦闘力とダメージ量の表示も可能だ。
俺が全てのエンチャントを終えるまで、武神はゴレミの羽交締めを脱出出来ないでいた。一体ゴレミはどこまで強くなるのだろうか?
「さて、ここが新しい訓練場です。思い切り暴れてみて……」
俺の言葉を聞き終える前から、武神は勝手に暴れ始める。武神の拳を受けても、壁はぴくりとも動かない。
「なんだとぉっ!?」
「素晴らしいですね」ゴレミも感心している。
「ゴレミも暴れてみろよ」
「宜しいのですか?」
「あぁ、思いっ切……」
俺の言葉を聞き終える前に飛び出したゴレミは、壁に強烈な拳をめり込ませる。壁は崩れこそしなかったものの、大きく凹んで形を変えてしまった。
「英太さま……どうしましょう」
「ったく……最高硬度の建物の筈なんだけどな」
俺は建物にブラックドラゴンの鱗を混ぜ込んだ。今度はゴレミの全力を持ってしてもびくともしない。
「流石はグゥインさまです」
結構な量の鱗を混ぜ込んだから、素材的にはゴレミとほぼ一緒なんだよな。そりゃ固い筈だわ……
二人は意気揚々と訓練を開始した。
その間にホログラムの調整をする。俺がイメージ出来る強敵なら、何でも投影出来る筈だが……架空のキャラクターよりも、目の当たりにした最強を投影してみたくなった。
フワンッと、映像が浮かび上がる。
「妾じゃ!」
「……グゥインさま!?」
そこに現れたホログラムに、ゴレミが慄いた。
「あくまでも映像だよ。でも、グゥインと同じ動きが出来る筈だ……攻撃は当たらないが、当たったと判定はしてくれる……筈なんだが、試してみないか?」
「私が……グゥインさまと……」
「なんじゃゴレミよ、妾と戦う事が怖いのか?」
「怖くもありますが……グゥインさまを攻撃など……」
「なら儂が貰うぞ」
武神は真っ直ぐグゥインに飛び込んで行った。グゥインは武神の拳を寸前で交わし、強烈なカウンターを喰らわす……が、もちろんホログラムなので、拳はすり抜けてしまう。
「なんじゃっ!? 英太殿、これでは訓練にならぬのではないか?」
「なりますよ。打撃がヒットしていた場合のダメージ量を推定して、数字にしてあります。今の打撃でHPが8,0000削られました」
「それならば、儂は死んでいるぞ」
「実際そうなのでしょう」
「ふんっ! そんな訳があるか! 眉唾だなっ!」
「バルカン……」
強烈な闘気が武神に向かう。師匠呼びだった武神バルカンに、ゴレミの強烈な打撃が飛ぶ。
全力且つ不意打ちの打撃は、一撃で武神の意識を刈り取った。
「……ゴレミ、その威力だったら、三日三晩も闘わなくて済みそうだな」
「すみません。ついカッとなってしまいました」
「武神だったから良いけど、これから国を運営していく中で、我慢しなきゃいけない時は多いからな」
「すみません」
「とりあえず、武神は生きてるな……いったん寝かしておこうか?」
「はい」
「ゴレミ、落ち込むなよ」
「いえ、武神を殴った事などどうでもいいのですが……グゥインさまを攻撃出来ない事が不甲斐ないのです……」
「そりゃ、配下だからな」
「いえ、グゥインさまからは、もしもの場合には、私がグゥインさまを殺害する命を受けています」
「……え?」
「もしも邪神として、英太さまや国民に被害を加えそうになった時……私がグゥインさまと戦って、殺害するようにと、何度復活しても、何度でもと……しかし私は、投影されたグゥインさまにすら攻撃出来ません。もうドラゴンに対するデバフは無くなったというのに……情け無いです」
グゥインはそんな事を考えていたのか……もしかして、ゴレミが執拗に強さを追い求めるのも、それが原因なのかもしれないな。
「心配するな。もしもの時は、国王の片割れである俺が……」
「それだけは駄目です」
ゴレミはボロボロと泣き出してしまった。そして、必死に言葉を続ける。
「英太さまには、二度とグゥインさまを殺させる訳にはいきません……グゥインさまも、そう仰っていました」
本当に、いつもゴレミには負担をかけるな。
「わかった。ゴレミに任せるよ……その代わり、その時は一緒に背負うからな」
「感謝致します……今後、定期的にこの環境でトレーニングさせていただけませんか?」
「もちろん構わないよ」
「その……我儘なお願いなのですが、その時は一人になりたいのです」
「わかった。そうしよう」
☆★☆★☆★
一旦訓練は中断として、俺はゴレミたちを置いてタルトの泊まる宿屋に転移した。
タルトに訓練と新薬に関して説明をする。
「アンカルディアの婆さん……魔王国にいるのかよ」
「詳しくは話さないように言われてる。この薬、タルトが触れた瞬間に使い方と効果が脳に流れるようになっているらしい。ちなみに、俺も効果を知らないし、聞かないように念を押されてる」
「受け取りたくないな」
タルトはそう言いながら、薬の瓶を受け取った。その瞬間に頭を押さえて、顔をしかめる。大量の情報を受け止めているのだろう。
しばらくして、タルトは深く溜め息を吐いた。
「大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないよ……あのくそババア……とんでもないもの作りやがった」
タルトはそう言うと、勢い良く瓶の中身を飲み干した。
「ぬぐわぁああああっ!!」
途端に悶絶して転げ回る。何度か声をかけるが、反応する余裕も無いようだ。5分程悶え苦しんだタルトは、徐々に平静を取り戻していく。
見た目からは何もわからない。しかし、身に纏うオーラが明らかに変化した。
「大丈夫か?」
「あぁ、無理矢理魔力の動線を書き換えられた」
「お薬で強くなるのって、タルト的にはどうなんだ?」
「かっこ悪いけど、背に腹は変えられないってところかな」
……まぁ、実際はそうだよな。
ゲームの世界ならアイテムでの強化なんて当然だったし、咎められる筋合いも無いか。
しかし、アンカルディアがわざわざ手渡した新薬の効果が、魔力の動線を調整するだけだとは思えない。
「詳しい事は聞かないよ。俺も言えない事があるから……ただ、お互いベストは尽くそうな」
「勿論だ」
タルトに拳を突き出され、少し照れながらも拳を合わせた。情熱を表に出すタイプじゃないんだけど、偶には良いかもしれないな。
「タルトはその名前で大会に出場するのか?」
「これが俺の名前だからな。どちらにしても俺の存在は筒抜けなんだろ?」
本当の名前はハルフだと思ったが、300年以上もタルトだったのだ……そっちが名前で間違い無いだろう。
「魔王とガリュムは知ってるけど、他の幹部たちにまで知れ渡っているかはわからない」
「願わくば、ただの一魔物として闘いに挑みたいものだな」
そんなタルトの姿は、完全に魔王デスルーシの生き写しだ。
「なんだよ?」
「いや、見た目で親子丸出しだと思ってな」
「そうだな……でも、授かったこの身体で勝負させて貰う……母さんに似ているところなんてひとつも無いのは残念だ」
「……さぁ、体調に問題が無ければ、訓練場に向かおう。中継の準備もあるからな」
「中継? お前はいったい魔王国の何なんだよ?」
「客人らしいけどな。どうやら俺は王様という立場の人にこき使われる運命にあるらしい」
そんな軽口を言いながら、俺たちは訓練場はと転移した。
タルトの母親は生きている……その事実を、俺は伝える事が出来なかった。