第百四十七話 大会までの一週間 中編
なんだかんだで平和だと思っていたが、唯一の懸念材料だったアンカルディアに、その平和な気分を根こそぎ持って行かれてしまった。
これは誰にも言えないし、深く考える事すらも本能的に防がれてしまっている。
とにかく、今出来る事をやるしかない。
俺は大会で使用する魔道具の事をアンカルディアに相談した。個体の戦闘力とダメージを計測する魔道具だが、アンカルディアはゴーグルタイプの物を薦めて来た。
ゴーグルタイプで戦闘力を測るって、それはまた……
形はさておき、試作品を作ってみる。
「《創造》」
とりあえず、スタンダードなVRゴーグルをイメージした。外を見渡せるから、スキーのゴーグルの方が近いかな?
「これはこれで面白いが、魔導カメラに組み込む方が大会向けかもしれないね」
……確かに、それはそうだな。魔王国の国政放送ですら、校内放送の広範囲版だった。この世界には中継という概念がないが、試しに作ってみるのもアリだろう。
「アンカルディアさん、その水晶でバルゼとカートの決闘を録画していたんですよね? それって、どこに出力するんですか?」
「どこ? 空中だね」
「どれくらい遠くまで映像を飛ばせます?」
「普通なら目の前にしか出さないけど、映像を飛ばすか……面白い発想だね……うん、私なら世界中の何処にでも飛ばせるよ」
「それは良いですね! ちょっとやってみます……《創造》」
まずはスポーツ中継でよく見るカメラを作った。そこに魔王から譲り受けた魔晶石を組み込む。イメージとしては、スマホタイプの魔道カメラとなんら変わらない……それを魔力で映像データに変える……リアルタイムで中継するんだ……
「《創造》」
出来上がったカメラで、アンカルディア(ボルバラ)を撮影する。嫌がる素ぶりを見せたが、知った事じゃない。
「ちょっと試しに、魔王城からここに映像を飛ばしてみます」
俺はそう言って、魔王城の客室に転移をした。
先程撮影したアンカルディア(ボルバラ)の映像データを、カート城の庭に飛ばす。そして、このままカメラを放置して、アンカルディアの元に転移する。
そこには魔王国の客室の映像が浮かび上がっていた。
「凄いね……英太は私に肩を並べる存在かもね」
くそババアからは『規格外』を頂けなかった。しかし、存分に感心しているようだった。
「あとは、このカメラに戦闘力と与ダメージに特化した鑑定魔法の亜種をエンチャントします。種族やスキルなど、知られたく無い情報は載せない……ちょっと俺の鑑定スキルじゃ荷が重そうで……」
「小賢しいね。私がやるよ……ほれ」
アンカルディアは何の予備動作も無しにエンチャントを終了させた。さすが大魔導師……詠唱どころの話しじゃない。
「ダメージの測定に不備が無いか、試してみる必要がありますね」
「私のエンチャントが信じられないのかい?」
「どんなに信頼のおけるものにもバグは発生します。魔族の未来がかかっているのですから、検証を重ねないと」
「そんなもんは、武神バカをモルモットにすればいいさね」
「凄くストレートな悪口ですね」
「あいつは本当に邪魔だよ。闘いに明け暮れて何が楽しいんだろうね?」
「まぁ、魔王国の役には立ってるみたいですし」
「武神バカの相手は、タルトにさせな」
「タルト?」
「あと、タルトにこれを飲ませな」
アンカルディアは怪しげなガラス瓶を取り出した。
「なんですか?」
「新薬だよ。実験台になって貰うのさ」
「なんの薬なんですか?」
「秘密さ、秘密兵器と言ってもいいさね」
ドーピングか? 普通に支援魔法もあるし、外的なバフとデバフの制限も必要になるな……
「……本人から了承を得られれば」
「一応私の弟子でもあるからね、断る訳ないよ」
「……ところで、なんでタルトが見つかった事を知ってるんですか?」
「あら、口が滑ってしまったわね」
このババア……何かしてやがったな……
「タルトにはアンカルディアさんが魔王国にいる事を教えても良いんですか?」
「良いけど、余計な探りを入れたら呪いを発動するって伝えておくれ。まぁ、タルトなら言わなくても察するだろうけどね」
俺はアンカルディアから、謎の新薬を受け取った。効能はタルトにだけ分かるようになっているらしい。手にした瞬間に情報が脳に飛び込んでくるそうだ。
「本当にアンカルディアさんは何でもアリですね」
「その気になれば、世界を征服出来るよ」
「しないんですね」
「してどうなるのさ、こんなクソったれの世界……どうせそのうち滅亡するんだから」
「アンカルディアさんが言うと真実味がありますよ」
「本当に口の減らない奴だね」
俺とアンカルディアは、その後も舌戦を繰り広げながら魔導カメラを量産していった。アンカルディアの対応力はとてつもなく、昭和の映写機レベルの機材しかなかったこの世界に、8K画質や3D映像に対応する機材を作り出した。
アンカルディアとなら、本当に世界征服すら出来そうな気がする。
……まぁ、しても意味ないってところまで完全同意だけど。
アンカルディアとの話を終えた俺たちは、カートの部屋へと向かう。
ドアをノックして、カートの返事を貰い、ゆっくりと扉を開ける。そこには目隠しをしたカートがいた。
「……何してるんだ?」
「はっはっはっは! いやね、サーシャ様に洋服を見繕ってあげていたのさ! 魔王国の側室たちが着ていた高級な服が大量に保管されているからね! 亡くなった方々も、生きている女神に着てもらえた方が幸せだと思ったのでね! 私のチョイスでいくつか見繕ったのさ!」
「亡くなった側室って、ボルバラが殺害した王子の母親じゃないよな」
「もちろん彼らの母上の服もあるさ! しかし、サーシャ様が選んだのは、もっとビンテージな服なのさっ!」
それなら不幸中の幸いか……権利的に問題無いとしても、やっぱり気分的には良くないからな……
「……英太さん、どうですか?」
王族の服を見に纏ったサーシャは、控えめに見て天使だった。カート……良い仕事するじゃないか!
「可愛いよ、サーシャ」
「嬉しいです」
サーシャは耳をぴくぴくさせていた。
「是非とも、その服を着て私の勇姿を見て欲しい」
カートはサーシャの前に跪く。
「ありがとうございます。ちゃんと『漆黒』のメンバーやガリュムさんやハルパラさんやボルバラさんや武神さんが対戦相手の時以外は応援しますね」
サーシャ……ここまでして貰っても武神よりカートが下なのか……ボルバラに関してはカートの配下だぞ?
「はっはっはっはぁっ! これは一本取られたなぁっ!」
カートが変な奴で助かった。魔王になるのは良くないと思うけど。
「よし! サーシャ様の為にも頑張るぞ!」
カートは気合を入れていたが《怠惰》スキルがあるから、頑張らない方が良いのではないだろうか?
「では、お茶を楽しもうか!」
カートが指を鳴らすと同時に、ゴブリンのメイド達が現れる。こいつ、頑張るのは明日からタイプだな。
時間を割いて貰った手前、お茶を断る事も出来ない。手短にティータイムを済ませた後、俺たちは再び魔王城に戻る。
☆★☆★☆★
「ガリュム、武神バルカンは何処にいるんだ?」
「バルカンでしたら、闘技場で鍛錬に励んでおります」
「そんな事したら、大会前に舞台が粉々になっちゃうじゃないかよ」
「大丈夫ですよ。本戦は別に闘技場を建設しますから」
「今から?」
……でも、石畳とかであれば問題無いか。
「はい。魔王様から依頼されると思います」
「……俺?」
「はい。護衛の仕事を3日も休んでいた事、寛大な魔王様でなければ死罪に値します」
「いや、それとこれとは……」
「ゴレミ様が、魔王様の魔導カードで希少なスパイスを購入されていましたね……丸呑みされたそうですが、体調は如何でしょうか?」
「わかりましたよ。ってか、ゴレミは本当に丸呑みしたの?」
「ええ、そう伺っております」
「ちなみに、お値段は……?」
「そうですね……人間国の貨幣でいうと、白金貨50枚程でしょうか?」
……ふーん、5,000万円相当ね。あのしっかり者さん、やってくれたな。
「謹んでお受け致します」
「建設はハルパラの領地を予定しております。ちょうど都合良く鉱山がいくつか消滅しましたもので」
「わかりましたよ。デザインと客席の規模はどうする?」
「デザインは突飛で無ければ英太様にお任せするとの事です。客席は……どうしましょうかね?」
「あまり広くても観戦しにくいだろうから、3万人程度かな……闘技場は4つあればいいだろ?」
「ですが、それだと観戦希望者の大半が席に着けません」
そこで俺は、魔導カメラを取り出した。説明を受けたガリュムは、目を輝かせる。
「素晴らしいですね。これならば、各々の街にいながらにして試合を楽しめます」
「建設とカメラの設置は明日以降にするよ。それとは別に、ハルパラの領地に武神が暴れる用の訓練施設を作っても良いか確認してくれないかな? 大会前には片付けるからさ」
「承知しました」
「じゃあ、ちょっと武神を借りますね」
「少々お待ちくださいませ」
ガリュムが俺たちを引き留める。
「なにか?」
「サーシャ様の麗しいお姿……魔王様に見せてあげてはくれませんか?」
「……どうする?」
「私は魔王さんのところに行きます」
そんな、余命僅かでもあるまいし……引き留めてまで今日見せたいのかね?
俺はゴレミと合流してから、闘技場へと向かった。