第百四十六話 大会までの一週間 前編
魔王から国民への放送があった翌日、俺たちはダンジョンへと向かった。
依然として戻る気配の無いタルトとゴレミを連れ戻す為だ。
魔王が言っていた大会は『魔王国武闘会』という大会名に決まった。その概要とルールの中に、ダンジョン30階層での修行禁止の条項があった。
だって、ズルだもんね。七年修行出来ちゃうからね。
俺は魔王とガリュムに事情を説明して、ゴレミと修行相手を連れ戻す事にした。
ちなみに武神バルカンは相当グズったらしいが、大会への参加資格の取り消しには抗えなかったようだ。
俺とサーシャはダンジョンの30階層に転移する。そこには、完全にKOされたタルトの姿と、架空の敵と闘うゴレミの姿があった。
「なんだタルト、完敗か?」
「ゴレミが強すぎるんだよ……こりゃバルゼより上だぞ」
「魔王は更に上だったけどな。タルトは気付いてたのか?」
「確信があった訳じゃないさ」
何か含んだ言い回しが気になったが、追求するのは野暮だろう。
「俺たちは二人を連れ出しに来たんだ。ここでの修行が大会の禁止事項になった」
「……まぁ、不公平だもんな」
「では、勝負はここまでという事にしましょう」ゴレミが言った。
「勝負?」
「はい。対戦に勝ち越した方が、負けた方に食事をご馳走します」
ゴレミの持ってる魔道クレカは、魔王のものだけどな。
「で、結果は?」
「176勝0敗です」
「……え、全勝?」
「はい」
「負け惜しみじゃ無いが、奥の手は見せてない……見せても勝てる訳じゃないけどな」
うん……とりあえず外に出ようか。
☆★☆★☆★
俺たちの名義でタルトの寝泊まりする宿を借りてやった。つまりは魔王の金なのだが、伝えたらタルトが拒否すると思ったので黙っておく。
同時にトーナメントの受け付けもした。現段階での参加者は6,000人にも登るそうだ。
「……って事は、優勝までは12回は戦わないといけないのか」
「予選などは設けないのでしょうか?」
確かにシングルマッチで全員が戦うとなると、三日間でこなすのは相当大変になる。
「本気の闘いでありながら、お祭りの一環でもある。想い出参加の魔物も大勢いるだろうしな。実質的には魔八将と武神、それに漆黒くらいじゃないか?」タルトが言った。
「ガリュムとボルバラもいます」
ゴレミは冷静に分析する。確かにガリュムは強制参加だ。ボルバラというかアンカルディアは……参加しないのも不自然だから、参加するんだろうな……
「優勝予想は?」
「俺に決まっている」
俺の質問に、ゴレミに0勝176敗のタルトが答えた。
「ゴレミ的には?」
「まだ見ぬ強者の存在がありますのでわかりませんが、タルトと武神には勝てると存じます……そもそも私は死んでも五回までは復活出来ますし」
そうなのだ。ゴレミには五つの核を失い切るまで復活出来るというチート性能がある。
「まぁ、その必要もないでしょうが……しかし、武神を相手にするとしたら、決着まで時間がかかり過ぎてしまいますね。あの人は四肢を千切られたとしても、敗北を認めないでしょう」
「俺だって認めないぞ」
「死なない程度に蹂躙させていただきます」
本当にやりそうだな……というか、ある程度時間制限を設けないと試合が終わらないよな?
「ちょっと魔王とガリュムのところに行ってくる」
「どうされましたか?」
「大会ルールの改善だな。三日三晩も闘われたらたまったもんじゃない」
俺とサーシャは、魔王とガリュムの元に向かった。そこには護衛に勤しむゴレオの姿もあった。
「あ、英太さま! サーシャさま!」
「どうした?」
「魔王、大会のルールに関してなのですが……」
俺は魔王に武神バルカン対策を促した。つまりは判定負けを導入しようという事だ。
「しかし、王を決める大会で、判定によって勝ち負けが決まるというのはな……」
「三日三晩は闘いますよ。大会そのものがダレてしまいます」
「確かにそうですね……しかし、何を持って勝敗を決めるのか……」
「俺の知ってるルールだと、有効打の数なんですけど……総ダメージ量はどうですか?」
「相手に与えたダメージ量か……それを正確に測れる存在など……全ての魔法を使いこなせる稀有な存在しか不可能だが……英太は大会に参加するしな……」
「……ですが、英太さまを一回戦第一試合で強者と戦わせれば、その後は問題なく審査員に移行したいただけるのでは?」
「あのね、負けるの前提なら尚更参加させないでくださいよ」
「しかし、不戦敗は『デベロ・ドラゴ』の王としても不本意であろう?」
「……じゃあ、魔道具を作ります。鑑定魔法との組み合わせで、どれだけダメージを与えたかを正確に把握するものです」
「ふむ……面白い。作ってみるが良い」
「その間に、魔王とガリュムもルールを整備してくださいね。受け付けの期限も決めないといけないし、対戦カードも発表しないといけないですから」
「なんと、随分乗り気だな……やはり魔王になりたいのではないか?」
「では、我々は失礼致します。ガリュム、カートの城に行きたい。連絡しておいてくれ」
俺が手を差し出すと、サーシャが当然のように掴んだ。その様子を見た魔王が何か言い出しそうになったが、無視して転移してやった。
ガリュムの企みがあったとはいえ、王が変わるという魔王国の一大事を前に、あまりにも平和な空気が流れ過ぎている。
タルトは本当に魔王暗殺を考えていないのか?
ガリュムの企みに裏は無いのか?
魔王がステータスを隠蔽していた事の真意は?
武神はどうでもいいとして……
教会と繋がっていたボルバラは、アンカルディアなのか、本当のボルバラなのか、本当のボルバラは今どうしているのか……そのへんを確かめたかった。
☆★☆★☆★
「ボルバラなら私が殺したよ」
ボルバラの姿をしたアンカルディアは、平然と殺害を告白した。
「その理由は、教会絡みですか?」
「探るなって言ったのに、悪い坊ちゃんだね」
「いや、タルトがそう言ってたんですよ」
「まさか、タルトに……」
「一応隠しましたよ。何されるかわかったもんじゃないですからね」
「宜しい……ところで、サーシャとカートを二人きりにして大丈夫なのかい?」
そうだ。アンカルディアと話しをしたいがために、サーシャにはカート王子の相手をして貰っている。
「カートってそんなに危険なんですか?」
「いや、女に対しては意外と真摯だね。別に男に厳しくもないけど……おだてられるのが得意だよ」
「絶対に魔王になって欲しくないですね」
「で、私に探りを入れに来たんだろうが、これ以上は話さないよ。余計な大会まで開きやがって、ルーシの奴は何を考えているのか……」
「魔王はアンカルディアさんがボルバラの中身だって知ってるんですか?」
「どうかね? 私が魔王国に居る事は知ってるよ。受け入れてくれたのはルーシだからね。その後は連絡を取っていない。気付いていながら泳がせてるのかもしれないがね」
「アンカルディアさんは、教会側ではないんですよね?」
「馬鹿を言っちゃいけないよ。私ほどあいつらを憎んでいる大魔導師はいないよ」
うーん。本当っぽいが、どうなのだろうか?
人間国に行った時もそうだったが、腹の探り合いが多すぎる。ギルマスにA級冒険者(魔王の息子)に魔王に大魔導師……そりゃ、こんな奴らを相手にしてたら、そうもなるか……
「英太、血の契約を交わすよ」
「それ、バンパイヤのスキルじゃ……」
「私はそれを魔法に落とし込んでいる」
「……何でもアリですね」
「あんたに言われたく無いよ」
「当然ですが、内容によっては受け入れられません」
「今から私の話すことは真実だ。それを多言する事を根本から禁じる。英太の意思に関わらず、発言も反応も出来なくなるんだ。それでも聞くかい?」
……このくそババア、考える時間も与えてくれないな。
「一点確認です。俺たち『漆黒』のメンバーに危害が加わる事はありませんか?」
「勘の良い子は嫌いだよ……『危害』は無いけれど『影響』はあるね。ここで聞こうが聞くまいが変わらないけどね」
「それを防ごうとする事も出来なくなるんですか?」
「そうだね」
「だったら、聞くメリットは何ですか? 無意味なら契約に縛られるデメリットしか無いでしょ?」
「英太を仲間に引き込んだ方が、お互いの今後にプラスになるんだよ……特に、サーシャ・ブランシャールにとってはね」
本当にくそババアは弱いところばかり突いてくる。
「……わかりました。聞きます」
「素直な子は嫌いじゃないよ」
アンカルディアは、指を切り、そこから流れ出る血で空中に文字を描いた。
俺に断りもなく指を切りつけて来る。俺の血液はアンカルディアの書いた文字に吸い込まれて行く。
当然のように、俺の指の傷は何事も無かったかのように完治していた。
「これで契約成立だね」
アンカルディアは、魔王国に滞在している理由と目的を端的に述べた。
それ以外の方法が残されていないという事を突きつけられた上で、その胸糞の悪い現実と、これから起こる邪悪な出来事に吐き気が止まらなかった。