第百四十五話 魔王国武闘会
俺たちはタルトと再会した旨を魔王に伝える前に、嘘吐きガリュムを問い詰める事にした。
魔王の体調を気遣う建前かと思っていた魔八将たちとの会議は、本当に行われていたらしく、まずは俺一人でそこに向かう。
「俺は逃げも隠れもしない」
と言っているタルトは、一旦サーシャとゴレミに任せておく事にした。既に隠蔽魔法で透明化しているのは、逃げには入らないのだろうか?
会議室にガリュムの姿は無かった。会議をしていた筈の魔王と魔王八将は呑気に酒を飲んでいた。
「英太よ、其方も一緒にどうだ?」
おどろおどろしい徳利を掲げて、魔王が言った。
「いえ、ちょっとガリュムに用があって……」
「儂を差し置いてガリュムか。よいよい、終わったら付き合えよ」
「お酒はお身体に触りませんか?」
「くくくっ……酒くらいで魔王は死なぬわ!」
「ガリュムなら、国政放送の手配に行きましたわよ」ハルパラがウインクをする。
「それは何処です?」
「よし、私が連れて行ってやろう!」
カートが勝手に俺の取り、転移魔法を展開する。勝手に客人に触れ合うなんて、また魔王に叱られるぞ……
転移先は魔道具で埋め尽くされた部屋だった。ハイテクのモニタールームに、魔王城の不気味さが加わった不思議な空間だ。
ガリュムはそこで、椅子に座って目を閉じていた。
「ガリュム?」
「……英太様ではありませんか? 国家機密満載のこの場所に侵入するなんて、どうかしましたか?」
「……ガリュムを探してたら、いきなりカート王子に転移させられたんだよ」
「はっはっはぁっ!! これは一本取られましたな! さて、帰るとしよう!」
カートはキザな会釈をして、即座に転移していく。逃げ足の速さたるやこの上無い。
「ガリュム、話があるんだが……」
「防音は完璧です。遠慮無くどうぞ」
「お前、タルトの存在を知っていたな?」
「ようやくお気づきで……ということは、再会出来たのですね?」
「目的は何だ? 魔王との仲を取り持ちたいのか、魔王を倒させたいのか」
「前者はその通りですね。魔王様を倒させたいというのは、少し違いますが……」
「質問を変える。お前がやろうとしている事は、魔王の意思を反映した事なのか?」
「本当に英太様は困りものですね……これは、私の独断で御座います……全ては魔王様と魔王国を想っての事ですよ」
「魔王がタルトに殺される事がか?」
「2,000年以上生きられた魔王様です。残り一年の寿命を、余生を楽しむ為に使われるのは、魔族としての本意では無い筈です……強者に敗れて死ぬ……それそこが魔族の矜持で御座います……タルトにはその資格があります」
「俺はタルトに魔王を殺させたくはないぞ」
「価値観の相違ですね」
「お前の策略ではなく、魔王自身がそれを望むならば、俺が口を出す事は無い……でも、そうでなければ、魔王には、魔王の望む残り一年の余生を過ごさせたい……俺はそう思う……」
「部外者が何を言うか……」
ガリュムから殺気が発せられた。ここで俺に攻撃する事が何を意味するか、わからない奴では無いはずだが、どうやら感情的になっているようだ。
「部外者っていうのは、ちょっと心外ですね」
戦闘も辞さないか? ガリュム相手なら何とか凌げる気もするが、タルトがガリュムに完封されたのも事実だ。
ガリュムの身体から、固形化した血が浮き出した。
その時、転移魔法陣が現れた。カートが使うような、派手な魔法陣だ。
それを展開したのは、少し酔った魔王デスルーシだった。
「はっはっはっは! ガリュムよ! 気遣い感謝するぞ! しかし、貴様は儂を甘く見ていたようだな!」
魔王は闘気を解放した。
あり得ない程の出力……俺が鑑定したステータスでは到底辿り着けない力が目の前にあった。
「なんですか……この力は?」
「儂の余命は一年だ……しかし、魔王デスルーシの全盛期は、今この瞬間だ!」
「……魔王様」
「ガリュム、国政放送の準備は万端か? 儂から国民への最後のメッセージを届ける」
「承知しました」
ガリュムがモニターに魔力を注ぐ、フワンッと明かりが灯り、室内の声が国内中に響き始めた。
「皆の者よ! 魔王デスルーシである!」
室内に魔王の声だけが響き渡る。きっと国内中が魔王の言葉に耳を傾けているだろう。
「魔王国に存在する全ての民に告ぐ! 魔王デスルーシは、これから十日後に魔王の地位を退く事を決めた……これまでの全ては、次代の魔王に引き継ぐ事にした……しかしながら、次の魔王がそれを望まないならば、儂が築き上げた全てを無にして貰っても構わない! 国民がそれを望まないならば、魔王に反旗を翻すがよい! ……しかし儂は、国民が無闇に傷付く事を望んではおらぬ! そこでだ! 次の魔王を実力で決めようと思っている!」
実力で決める……!?
魔王国の慣わし……決闘で決めるということか?
「これから七日後、次代の王を決めるトーナメントを開催する! 参加資格は、現在この国に滞在する全ての者だ! 王族のカートも幹部の魔八将も一人の参加者に過ぎない! 客人の人間やゴーレムも例外では無い! 優勝者には儂への挑戦権をやろう! この国を統べたいと想う物! 儂と闘いたいと想う物! 勝ち上がれ! それしか望みを叶える術は無い! ……儂からは以上じゃ。概要は、追って『参加者』のガリュムから説明させる」
そう言って、魔王はガリュムに合図を出した。放送が終わる……と、同時に地鳴りのような喝采が巻き起こった。
魔物たちは大いに興奮しているのだろう。
「どうだ? 大魔王らしかったか?」
魔王はチャーミングな笑顔を見せる。
「人間も参加可能ってところに引っかかったんですけど、英太、不参加希望です」
「……其方には頼みたい事がある。老いぼれの願い、聞き入れてはくれぬか?」
「どこが老いぼれなんですか……うちのグゥイン様とも戦えますよ」
「勝てるとは言ってくれぬな」
「自国の王に肩入れしない訳ないですから」
「気が使える男よのう! どうだ、魔王にならぬか!?」
「遠慮させていただきます」
「ガリュムよ、貴様の暗躍に関して、儂は問いたださぬ。しかし、英太に危害を加えようとした事は、儂の意図と反するな」
「如何なる処罰も受け入れます」
「ふん……よし、これから儂はちょっとした不正を行う……その責任を、全て貴様の独断とする」
魔王が口にしたのは、政治家が秘書に責任を押し付けるそれに似ていた。しかし、魔王国の罰則としては、それなりに寛大なのかもしれない。
☆★☆★☆★
サーシャたちと合流する事にした。魔王と共に作ったGPS指輪の効果がさっそく発揮される。
しかし、そこに居たのはサーシャただ1人だった。
「タルトとゴレミちゃんは、手合わせをしようと言って、ダンジョンに向かいました」
「少しでも鍛えたいのかな」
「どうでしょうかね? ゴレミちゃんったら、魔王さんの放送を聞いて興奮しちゃって」
「……タルトじゃなくてゴレミ?」
魔族化が進んで、魔王になりたくなったのかな?
それはアリ? いや、ナシだろ……
ゴレミは充分に優勝の可能性があるぞ……
「俺たちもダンジョンに向かうか?」
「いえ……あの……」
「どうした?」
「せっかくだから、二人でデートしろって……」
さすが暗黒竜の側近だな。仕事は忘れない。
「タルトに言われて」
そっちかい!
……タルトはサーシャの事が好きだった筈だけどな? 魔族だから身を引いたのか? でも、俺も人間だしな……そもそもレベル200になってないし……
うん。プラトニックな恋を楽しもう。
俺はサーシャの手を握った。そして、ちゃんと伝える事にした。
「サーシャ、好きだよ」
サーシャは耳を真っ赤にして、呼吸を荒げた。
「はいっ! 私もです!」
「よし、今日はデートを楽しもう!」
俺たちは出店に向かって歩き出す。魔王国は依然として盛大な祭りの真っ只中だった。