第百四十四話 タルトの目的 後編
「ボルバラが教会と繋がっている」
「知っての通り、聖統主教会は人間国最大の宗教派閥だ。魔王国含め、他種族に広まってはいないし、表立って信仰している者もいない」
「隠れて信仰している者はいるって事か?」
「いや、ゼロとは言い切れないが、そういった話は全く無さそうだった」
「繋がりってのは、具体的には?」
「魔王国の情報が漏れていた事……しかし、バルゼが最強だの、王子が産まれただの、噂話程度のものだ。それ自体は不可侵条約に抵触しないし、魔王国にも取り締まる法律はない」
「それは、少し緩くないか?」
「幹部の側近クラスだからな。バレたらお咎めなしとはならないだろうが、今のところはそうなっていないみたいだな。あくまで繋がりがあったと言うだけで、何かをしでかしたり、企んだり……って話は無かった」
「過去形だな」
「知ってるだろ? 王子たちが次々と殺されている」
「それは、カート王子を暗殺しようとして……」
「そうだな。しかし不思議じゃないか?」
「何がだよ」
「普通は暗殺者を雇うだろ、どうして王子本人が暗殺に向かう? 魔族として本人が殺したいとするなら、決闘を挑めばいい」
「それは暗殺を狙った側の策だし、決闘じゃ勝ち目が無かったからじゃないのか? カートはかなり強いみたいだぞ」
「なんだか中途半端な気はしないか?」
「言われてみればそうだが、それもボルバラの策略だったって事か?」
「もしくは、そのどちらとも違うとか……」
アンカルディアに聞いてみないと答えは出なさそうだ。いつから、何故ボルバラに成り変わっているのだろうか?
「タルトはその後どうしたんだ? 魔王の部屋には結界が張り巡らされていた筈だ。結界師殿なら脱出も容易だったのか?」
「容易な訳があるかよ。幸い、隠蔽魔法はバルゼの目を掻い潜れたし、魔王は眠っていた……結界を通り抜けてしまえばこっちのものだった」
「なるほど」
バルゼに気付かせないだけでも凄いよな?
「まぁ、結局は脱出には失敗したけどな」
「でもバルゼは気付いていなかったんじゃ……」
「もう1人いるだろ、魔王の側近が」
「ガリュム……?」
「そうだ。転移魔法で魔王の部屋を脱出しようとしたんだが、綺麗に確保されてしまった。転移先がガリュムによって捻じ曲げられたんだよ。よりにもよって、最悪の場所にな」
「最悪の場所?」
「俺と母さんの墓の前だ。ガリュムの奴、『魔王様に仇なす者ならば、誰であっても見逃しはしない』……だとさ。すぐに墓場に入れるつもりかよ」
「戦闘力はタルトの方が上だろ?」
「真正面から戦えばな。ガリュムの使った血の拘束からは脱出不可能だった」
「じゃあなんで無事なんだよ?」
「血の契約をさせられたのさ」
「血の契約?」
「ガリュムの一族にあるスキルみたいだ。契約を破れば即死って奴さ」
「内容は?」
「『魔王国と魔王様を充分に理解するまで、復讐は行えない』だとさ……出来すぎた側近だ」
ガリュムの奴……俺たちにはタルトの事は知らないで通していた癖に……
「充分に理解して、その上で復讐したかったら自由って事か」
「その時も、正式な決闘のみという制約を結ばれている……真正面から闘う予定なんか無かったのにな……大失策だ」
「そもそも、お前がしようとしていた復讐って、何なんだ?」
「最愛の母親を殺された実子との対面……だったけど、迷っていた……そんな事するべきじゃないのかもって……」
「それだけで復讐になるのか?」
「俺はなると踏んでいた……そこから二日間は魔王の事を調べまくったよ……随分と優秀な王様だった。で、お前たちが結界を通り抜けて来た時に、ガリュムにお前たちの事を話した。そしたらガリュムからダンジョンに向かう様に言われたんだ」
「なんでだ?」
「今の俺では魔王デスルーシに勝てないからだとさ」
「ガリュムはタルトに勝たせたいのか?」
「俺もそう言った。そしたら自分で考えろってさ……考えてもわからないから、頭空っぽにして武神と戦いまくった……この部屋の時間で3年くらいだな」
「3年もかよ、凄いな」
「魔族の本能みたいなもんが目覚めたんだと思う……途中でちょくちょく外に出たりしたんだが、お前たちとエンカウントする事は無かったな……ゴレオくんとは、良き修行相手になったけど」
「ゴレオは強くなりましたか?」ゴレミが聞いた。
「強いよ。ゴレミやゴレオクラスのゴーレムが量産出来るなんて、もはや英太が世界の支配者だよ」
「いや、俺は『漆黒』のリーダーにして最弱だよ」
「私は相変わらず攻撃出来ませんよ」サーシャがフォローする。
「話が逸れたな……俺はダンジョンと幹部たちの領地を行ったり来たりしながら、魔王国と魔王の事を調べ続けた……ちょうどその時……カートとバルゼの決闘が行われてな……それも観戦させて貰ったよ」
「どうだった?」
「うーん……難しいな……圧倒的にバルゼ優勢だったのに、結界内部が爆ぜた途端、カートが勝利していた」
俺は、カートのスキル、やる気が無ければ無いだけ結果が良くなる《怠惰》に関して説明をした。
「なんだよそのスキルは……じゃあ、あいつはやる気が無いままあの闘いに臨んだってことか?」
「俺はその闘いを観ていないから何とも言えないが、勝ち筋はそこくらいじゃないかな?」
「……なるほど。その後は、現在に至るって感じだ。ゴレオくんが武神を外に出す手伝いをしてたのさ」
「ゴレオは二人にボコられたって言ってたけど?」
「そりゃ、最初はゴレオくんを鍛えつつだったしな」
「……結局、復讐は辞めにしたのか?」
「母上の仇だぞ……俺は正々堂々魔王に決闘を申し込もうと思っている」
「護衛の立場として、黙って見過ごせないぞ」
「英太さま、決闘であれば、我々が口を挟むのは無粋です」ゴレミが言った。
「でも、魔王は明らかに衰えている。余命だってあと僅かなんだぞ」
「英太、お前はそれを誰から聞いた?」
「魔王本人だよ」
「やっぱり、まだまだ甘いな……相手は史上最強の大魔王と言われたデスルーシだぞ」
「……嘘だって事か?」
「いや……そのうちわかるよ」
タルトは不敵に笑った。いつ決闘を申し込むのか、息子である事を名乗り出るのか、タルトは語らなかった。
少なくとも、暗殺を企てるなどと言う事は無いようだ。やっぱり主人公気質は変わっていなさそうだ。
「英太、俺に鑑定魔法を使う事を禁じる。まぁ、使ってもそのレベルじゃ弾かれるだろうがな」
「何故それを知っている」
「こっそり鑑定させて貰ったからだよ」
俺には禁止しておいて、自分は勝手に……
「さて、俺もお前らとご一緒しようかな」
「はっ!? 俺たちは魔王の護衛だぞ」
「暗殺なんてしないし、勝手に着いていくだけだよ」
タルトはそう言って、姿を透明にした。悔しいが、俺には気配すら探れない。
「あの、タルトに報告しなければならない事があります!」
サーシャはそう言いながら、俺の腕を取った。
「あの……私……」
というサーシャの報告は、ゴレミによって妨害された。
「ダメです、サーシャさま! その御報告を一番にしなければならない方は他にいらっしゃいます! それだけは譲れません!」
……確かに、俺たちが真っ先に婚約報告をするべきなのは、グゥインだろうな。
サーシャはハッとした顔を見せて、敬礼をした。
「わかりました!」
透明な空間から、笑い声と共に「おめでとう」と、聞こえた気がした。