第百四十三話 タルトの目的 前編
俺たちを魔王国に導いてくれたタルト・ナービス。
俺たちを魔王の寝室へと導きやがったタルト・ナービス。
以来、一度も姿を現さなかったタルト・ナービス。
タルトには聞きたい事がたっぷりあった。まずはこれからだ。
「タルト、お前の目的は何だ?」
「いきなりだな」
タルトは呆れた様に言った。
「お前にとってはいきなりでも、俺たちにとっては、魔王国に来てからずっと考えていた事だよ」
「言っただろ、魔王への復讐だよ」
「魔王さんは悪い人じゃ無いですよ」サーシャが言った。
「そうみたいだな。まったく、評判良すぎて笑っちまうよ」
「実のお父さんなんですよね?」
サーシャの言葉を受けて、タルトは俺に視線を向ける。
「多言不要と言っただろ?」
「この状況で隠していられないだろ?」
「英太さまは充分隠していましたよ。問題があるのは、姿をくらませていたタルトの方です」
「そりゃ正論だな」
「タルト、魔王さんは殺させませんよ。親子なんですから、分かり合えると思います」
「……親子か」
「親子なんですよね?」
「俺は魔王デスルーシと側室の子供だ。いわゆる庶子だが、ちゃんと王族に名を連ねていた……ってのはもう知ってるよな? ハルフって名前で、六男坊ぐらいだったと思う」
「10歳で死んだって聞いたぞ。詳しい経緯は知らないが、その時の記憶はあるんだろ?」
「あるよ……魔王との思い出だってある……お前らが魔王に感じている様な『良い人』って感じではなかったがな……でも、それは悪い意味じゃないぞ。あの人は息子に厳しかったし、特定の子供に肩入れすると、他の王子の派閥がざわつくからな」
確かに魔王はカート王子には厳しかった。しかし、あれはそうされて当然ではあるが。
タルトが次に発した言葉は、衝撃的なものだった。
「俺の母親は、魔王デスルーシに殺された」
「うそ……」
と言ったのはサーシャで、タルトは母親を亡くしているサーシャに同情の様な目を向けた。
「本当だよ。俺たちは魔王城の近くに屋敷を用意されていてね……普段はそこで、何不自由無く暮らしていたんだ。偶に魔王城に行く事はあっても、魔王が屋敷に来る事なんて滅多になかった……その日、魔王が屋敷に来る事になった。母さんは凄い嬉しそうにしていてね……おめかししていたのを覚えている……まさか、自分が殺されるとは思わずにね」
「殺したのは、本当に魔王だったのか?」
「隠蔽魔法の類いを疑っているのか? そこを突かれると痛いな……当時の俺では判別出来ない……でも、父上だと確信していたよ……親子にしかわからない物があるんだよ」
父上、親子、そんな言葉を口にした事を誤魔化す様に、タルトは仰向けに寝転んだ。そして、そのまま話を続けた。
「母上が殺された瞬間、俺が何を思ったかわかるか? 悔しさや憤りじゃない……死にたくないって事だけだ……ただの生存本能に突き動かされた俺は、必死になって逃げた……初めて転移魔法を使ったのはその時だった。本能的に、逃げる場所がわかったんだろう……そこは、過去に行った事がある場所だった」
「魔王の部屋だな」
「そうだろうな……その時は必死だったからわからなかった。結界の隙間が見えて、それを必死に広げたんだ」
「その結界の中は『死の大地』に繋がっていた」
「御名答だよ……逃げた先には魔王よりも大きな瘴気を放つ存在がいた」
「グゥインさまですね?」
ゴレミが自慢げに鼻を鳴らした。こういうところは全く変わらない。
「そうだな。とは言っても、俺は必死で隠蔽魔法を使って姿をくらませた。グゥインさまも気付いた素ぶりはない……誰もいない、食べ物も無い乾いた大地で、俺は姿を消し去りながら何日も隠れていた」
タルトは俺に視線を向けた。この後の事まで話しているのか、という確認だろう。
「それで、エルフ王国に逃げたんだな?」
「……やっぱり言ってたんだな。まぁ、隠すつもりもない……そうだよ。エルフに撃たれて、天使のような少女エルフに助けられた……そしたら、いつの間にか人間国にいた……こっからは、関係無いからお前たちと別れるところまで話を飛ばすぞ」
タルトが話したがらない部分に、アンカルディアの存在がある。それは俺たちも同様だった。俺たちがアンカルディアと出会っている事は、隠さなければならない。
「ラブランたちを置いて、お前たちの前から姿をくらませた後……俺は奴隷商人と教会関係者、それにいくつかの貴族を粛清した。どれも、違法奴隷に関わっていた者たちだ」
「それはわかっているよ」
「あぁ、俺は敢えてこの姿で粛清を行った……とは言っても、姿が元に戻ったのは、R.I.Pのお陰なんだけどな……」
「……タルトもR.I.Pの効果で姿が元に戻ったんですか?」
「……眠らなかったのか?」
「理由はわからないが、レベルの差じゃないか? 個体としての力が『牙』たちとは段違いだ」
「相変わらず牙には手厳しいね」
まるで、自分の息子には厳しい誰かさんみたいだな。
「この姿で粛清する。この姿が誰に似ているのか、この姿の者に殺される理由があるのか……フレイマ消滅の件もあるし、関係者にわからない訳がない……国や教会は諸々を隠蔽したが、表立って魔王国を非難はしなかった……戦争になるかな……と、思わなくは無かったが、それは俺の本意ではないしな」
「人間国と魔王国が正面からぶつかり合ったら、魔王国の圧勝じゃないか?」
「魔王と戦った勇者グレアル王子が人間国最強戦力で、それに続く勇者は贔屓目に見ても魔王国幹部と同格だな……バルゼの様な存在はいないし、裾野の戦力が違いすぎる……でも、だからと言って、絶対に魔王国が勝つとも思えない」
「理由は?」
「どちらに付くかわからない戦力の存在だな……」
タルトは名言しなかった。アンカルディアの様な存在なのか、ルーフの様な神獣の存在なのか……はたまた全く別の何かなのか……
「その後、俺はお前たちと一緒に『死の大地』に渡った」
「……は?」
「私たちと一緒にですか?」
「あぁ、姿を透明にしてな。お前ら、全く気づかないんだもんな……あの大量のマナファンガスには笑ったよ」
「なんだよ……全然気づかなかった」
「あの場所にマナファンガスを植えたのは誰だ? しかも変異種と来た……相当な策士だぞ」
「植えたのは、アドちゃんですよね?」
「あのドライアドか……」
「何が策士なんだよ」
「マナファンガスは、人間が口にするとハイになるだろ? それを胞子を吸っただけでもハイになるように品種改良して、人間国との結界の隙間に植え替えた」
「……防護壁代わりって事か?」
「あぁ、新興国家に攻め入るとしたら、人間国だろうからな」
「しかし、グゥインさまが居れば……」
「まず人間国に勝ち目はない。しかし、方法が無いとは言えないさ……この話は置いておこう。それで、俺は魔王国との結界の隙間に移動した。で、結界を広げて、英太とサーシャが通り抜けると同時に閉じる様に設定した」
それでルーフが結界から弾かれたのか……
「『デベロ・ドラゴ』の観光もしたかったんだけどな、泣く泣くそのまま魔王国に向かったって訳だ……まさか、魔王の部屋、それも寝室に繋がってるとはな……」
タルトは笑った。
「笑い事じゃないんですけどね」
「……さて、ここからが本題だな」
タルトは起き上がり、表情を引き締めた。
「目の前にはスヤスヤと眠る魔王デスルーシ、その傍らには護衛であり、最大戦力のバルゼが居た。鑑定魔法を使いたい衝動に駆られたが、気配を気取られる訳にはいかない。必死で抑えたよ……」
「魔王国の戦力に関して、情報はあったのか?」
「やっぱり英太は目ざといね……あぁ、教会関係者を粛清した時に、ちょっとね」
「教会関係者……?」
「あぁ、魔王国には聖統主教会と繋がっているクソったれがいる」
「……それは、誰だ?」
「ボルバラ・ネフェリウス……カートの側近だ」
意外性の無い名前が飛んで来た。
その情報はいつの物なのか……
そうする為なのか、それを防ぐ為なのか……
アンカルディアがボルバラに成り変わった理由は、間違いなくそこに関係しているだろう。