幕間 ブラックドラゴンの約束
退屈が過ぎる。そんな事を考えたの自体、何万日ぶりであろうか?
思考を捨て、魔素を吸うだけの黒い塊となってから、何万日が経過したのであろうか?
そして……あと何万日あるのか……
『死の大地』の魔素を吸い尽くせば、妾にも死が訪れるであろう。流石の妾であっても、魔素が無ければ生き返る事もあるまい。
……それを待つ事は自死には当たらぬじゃろう。
大量の魔素を消費する為に、大量の魔力を放出した事もあった。それ自体が手ずから死を手繰り寄せようとする行為だと気付いてからは、それも辞めた。
妾は今日も大きな黒い塊として、鎮座し続けておる。
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「なるべく覚えていて貰いたいんだ……だから、自分から死のうなんてしないでくれよな」
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やれやれ……本当に、約束というものは困りものじゃ……
そのせいで、手ずから命を落とす事を禁じられた。
「誇り高きブラックドラゴンは自死など選ばぬ」
「妾は死など怖くは無いのじゃ」
そう口にしたのは、嘘でも強がりでもなかった。
何十万日が経ったであろうか。
妾は死にたかった。
死に怯えてもいた。
生き返る事に怯えていた。
この魔素が尽きるまで、妾は生き続ける。
彼奴のことを覚えている為に。
灰色の空、枯れ果てた大地……数十万日の間変わらない景色の中で、妾は生き続ける。
鼻腔をくすぐったのは、懐かしい匂いじゃった。
彼奴のことを思い出したからであろう。人間の匂いなどするわけがないのだからな。
…………気のせいであろう。匂いなどするわけがない。
魔力が爆ぜる音がした。微弱な魔力だが、何者かが発したものに違いなかった。
身を起き上がらせるのは何百日ぶりであろうか。
気持ちが急いたのは何千日ぶりであろうか。
全力で駆けた事など、あれ以来一度もない。
妾は走った。人間の匂いのする方へ。
人間の姿を発見する。あまりにも小さくて、か弱き生き物だ。
興奮が抑えられぬ……妾は天高く炎を吹き上げた。
彼奴が約束を守ったのではないか。そんな事を考えながら、人間に飛び込んだ。
久しぶり過ぎて、距離感を間違えてしまった。
妾の力に耐えられる者など、勇者くらいのものである。
人間は吹っ飛び、四肢を千切らせていた。
なんとも脆く、愛おしい生き物であろうか。
虫の息になっている胴体の元に、千切れた四肢を集める。そして全霊の『聖なる雫』を注ぎ込んだ。他者に回復スキルを使うなど初めての事じゃった。
やがて、すーすーと寝息が聞こえた。『聖なる雫』を浴びた人間は、完全に傷を癒やしておった。
か弱き人間を傷つけぬ為に、姿を変える事にした。彼奴の好きだった姿じゃ。
人間よ、早く目覚めるのじゃ……妾は其方と話がしたい。