第百四十話 婚約者
目が醒めると、そこは魔王城の客室だった。
部屋には俺以外誰もいない。あれからどれくらい経ったのだろうか?
「痛ててててっ……」
身体中が軋むように痛い。
これは筋肉痛の痛みだ……アイテムボックスからポーションと尻尾肉ジャーキーを取り出す。即座に失われた体力が満ちていく……
ってなレベルじゃないぞ!?
いつもと全然違う……レベル上限の解放……俺が今まで溜め込んでいた経験値のぶんレベルアップしたんだ……とんでもない事になっているんじゃないのか?
……待てよ。
失敗する可能性もあるんだったよな?
怖いな……どうなってるんだろう……
「んんんんん……《鑑定》!」
名前:鏑木英太
年齢 : 15
職業:デベロッパー
称号:ドラゴンスレイヤー
ドラゴンプレゼンター
レベル:1
HP:6,800/6,800
MP:7,200/7,200
ユニークスキル
•創造 Lv.7
スキルスロット
1.全属性魔法 Lv.4
2.言語理解 Lv.3
3.全能鑑定 Lv.3
4.アイテムボックス Lv.7
5.交渉 Lv.2
6.
火属性魔法 Lv.4
水属性魔法 Lv.4
風属性魔法 Lv.4
土属性魔法 Lv.7
聖属性魔法 Lv.4
無属性魔法 Lv.4
生活魔法 Lv.3
精霊魔法 Lv.4
神聖魔法 Lv.4
……レベルが1になってる。
でも能力とスキルレベルは変わっていない……これは成功したと言う事でいいのか?
いや、失敗なのか? 下がってるんだもんな……どうなんだろうか?
その時、サーシャが部屋に戻って来た。
「……英太さん!」
サーシャは籠いっぱいの果実をテーブルに置くと、そのまま俺に抱きついて来た。
「英太さん! 英太さん! 英太さん!」
なんだなんだ? もちもち……どうした? ベッドに押し倒されてる……え、子種? え???
「どうしたんだよ? 何があったんだ?」
サーシャはとつとつと語り始めた。
あの後、アンカルディアに起こされたサーシャは、俺がアンカルディアから『禁術』を施された事を聞いたそうだ。
その『禁術』は、命の危険を伴うもので、俺はその覚悟を持って施術を望んだのだと。
……その段階で、聞いてない事がちらほらあったが、取り敢えず最後まで聞くことにした。
「英太さんが受けた魔術は、ハイエルフに子種を残しても死なない為の秘術だと言っていました。本当なんですか?」
……それはレベル上限解放の副産物的な要素でしかないが、嘘では無いだろう。
でも、付き合っても無い人の子種をどうこうって……めちゃくちゃ気持ち悪くない?
「どうしてそんな無茶したんですか?」
「……ごめん、本当の事を話すよ。俺がアンカルディアから受けた魔術は、レベル上限の解放なんだ」
「レベル上限の解放……」
「ルーフが受けたっていうアレだよ。俺のレベルは99で止まっていただろ? それを解放して貰った。一定数のレベルを超えると、ハイエルフに子種を残しても死なないらしい」
「そうだったんですね……生きていてくれて良かったです」
サーシャは笑顔でそう言った。その耳は、少し垂れ下がっていた。
確かに目的はサーシャを抱きたいからではなく、レベル上限の解放で間違いない。
そうではあるのだが、そこまでレベルで困っていた訳でもない。戦闘能力という点において、ゴレミはもちろん、ゴレオにも負けてしまっている。
でも、それが大きな問題になるかと言ったら、そうでもない。ダンジョン挑戦やスタンピードに個人として対応するなら不安はあるが、そもそも俺には創造がある。
なのに、どうしてレベル上限の解放をしたのか?
リスクが少なそう(命の危険なんて聞いてない)だったから?
そのうち必要になるから?
この先、アンカルディアが解放してくれるとは限らないから?
全部正解だ。
……でもその中には、確実にサーシャの事も含まれている。
「サーシャ、俺はさ……初めて会った時から、サーシャの事を可愛いと思ってた。まるで神様が手作りしたみたいだなって」
「本当ですか? 嬉しいです」
「見た目だけじゃなく、たくさん素敵なところがあって、何度か好きになりかけてて……でも、その度にハイエルフの子作りの事が頭を過ってた」
「それは、仕方ありません」
「あと……振られたら気まずいなってのもある」
「どうしてですか?」
サーシャは心底不思議そうな顔をした。振られたら気まずいなんて、俺が前世の人生で培ったひとつの価値観でしかないのだ。
「いや、今まで通りってのは難しくなるかなって。俺とサーシャなら大丈夫だけど」
「夫婦になるのですから、今までと違って当然ですよ」
………………?
夫婦?
「サーシャ、それってどういうこと?」
「英太さんが私を望んでくださるなら、私は英太さんの妻になります」
……あれ? 話が急展開過ぎるぞ。
太めの恋愛フラグが立つ……最大でも付き合う……そんな感じじゃないのか?
「エルフ王国はどうなるの?」
「……それは大丈夫です」
紫が濃くなる事は無かったが、サーシャの眼差しは真剣そのものだった。
正直、すごく怖かった。
ハイエルフと子作りをしたものは、一例を除いて、全員死んでしまった。
大魔導師アンカルディアが確定だと言っても、例外の例外があるかもしれない。
一度死んだ身としても、死ぬのは怖い……
でも、決意のこもったサーシャの瞳を目の当たりにして、本音以外の言葉は発したく無かった。
「サーシャ、俺が生まれ育った国には、付き合うって文化がある」
「それは、エルフ王国にもありますよ?」
「まずはお互いを知ってから」
「私は英太さんの事を知ってますよ」
「うん……そうだね」
そういう意味じゃないんだけど、まぁ、普通より深く知ってるよな?
前世の付き合うって、どんなんだったっけ?
メディアに踊らされていたのか?
既存の価値観が正しいと植え付けられていたのか?
サーシャとの絶妙な価値観の違い……この場合、この世界の価値観に合わせるべきなのか?
「婚約しよう」
「婚約?」
「結婚を前提としてお付き合いするんだ。結婚の立会人とか、結婚式とか……色々あるし」
「はい、わかりました……婚約しましょう」
俺とサーシャは、交際0日で婚約してしまった。
しかし、サーシャの照れたような笑顔は可愛らしいな。
改めて……めちゃくちゃ可愛いよな……
この子が俺の婚約者?
お目目パッチリだし、唇もぷるぶるだ……
く、ち、び、る?
……あれ、これってキスのタイミングじゃないのか? だよな? するか? するよな?
寝起きで口臭くないかな? ドラゴン肉ジャーキー食べたばっかりだぞ? でもディープじゃないキスなら……
迷っているうちに、サーシャに抱きつかれてしまった。残念なような、ホッとしたような……
よくよく考えたら、ファーストキスをするのは魔王城じゃないよな……
しかし、このもちもちの感触ったら……本当に付き合ったのか? 付き合ってはないか? 婚約者になったのか? 夢オチじゃないよな? R.I.P?
馬鹿みたいに頬をつねる俺を見て、サーシャは不思議そうな顔をした。
「どうしたんですか?」
「俺の故郷の風習だよ。夢じゃないかなってくらいに、良い事が起こった時は、頬をつねるんだ」
「そうなんですか?」
そう言ったサーシャも、頬をつねった。おいおい待ってくれよ……頬をつねっただけでこんなに可愛いだと?
「しかし、あんなにグゥインが俺たちを番にしようと小細工したのに、不思議なもんだな」
「ゴレミちゃんったら、私たちを二人きりにしようと一生懸命でしたよね」
「そうそう、あれもグゥインの指示だろうな」
「いえ、違います。あれは私の独断でありますし、策略ではなく、凡ミスです」
…………ん?
………………マジで?
俺の背後に、気配を完全に消し去ったゴレミがいた。
「ゴレミ、いつから?」
「いつからとは?」
「いつからそこに居たんだよ!」
「私はサーシャさまと一緒に部屋に入りしたよ」
「全部聞いてたのか?」
「聞いておりましたし、拝見させていただきました。これが恋なのかと……感動に打ちひしがれております」
「サーシャ、ゴレミと一緒だったの?」
「はい。英太さんが倒れたので、しばらくはゴレオくんが一人で魔王さんの護衛をする事になったんです。だから私たちは自由時間です」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
全部ゴレミに見られちゃったよ……
「サーシャ、あれからどれくらい経ったの?」
「英太さんが倒れてからですか? 丸3日ですね」
……そんなにか。レベル上限解放はそれだけ負担が大きかったのだろう。
「アンカルディアからは何か言われなかったか?」
その言葉にサーシャはハッとした顔を見せる。
「あの、誰にも言うなと言われました」
「誰にも?」
目の前には、無表情のゴレミがいる。
「私は何も聞こえませんでした。部屋を出ますので、《音声遮断魔法》を発動してください」
「的確な対応ありがとう」
ゴレミは即座に立ち去り、サーシャが室内に《音声遮断魔法》をかけた。
「アンカルディアさんから、色々と伝言を預かっています。まずは、アンカルディアさんの事は誰にも言わないように……それと、カート王子周りを探るのは構わないけど、アンカルディアさんの存在を知っているとわかるような探りかたはしない」
「……まぁ、わかった」
「あと……もうひとつですね」
「なんだ?」
「レベル上限の解放、失敗しちゃった……だそうです」
「…………え?」
鏑木英太、15(前世と合わせて45)歳。
めちゃくちゃ可愛いけど、死ぬ気じゃないと抱けない彼女が出来ました。
ちなみに婚約者です。