第百三十八話 大魔導師アンカルディア
目の前にいたロリっ子魔法使い。その名は大魔導師アンカルディア。
そしてまたの名をくそババア……(フェンリル談)
「あの……失礼ですが、随分お若いですね」
「姿を変えているだけだ。不死ではあるが、不老ではないからな。貴様らも知っているのだろう? 結界術を応用した隠蔽には、姿を定着させる効果がある」
「ちなみに、共通の知り合いがいるんですが……心当たりありますか?」
「ん? タルトという結界師か……奴なら私の弟子だ」
「……え?」
俺が言おうとしていたのは、アンカルディア嫌いのフェンリル・ルーフ君の事なのだが……まさかタルトと繋がっているとは……
「弟子と言っても10年程しか教えておらぬがな。人間国で行き倒れの魔物を見つける事など珍しかったので興が湧いてな。どうやら、それなりの冒険者になったようだな」
本当に長生きさんたちは、10年を数日のように語るな……
「……そのタルトを探していて、で、この状況になりました」
「弟子に間違われるとは、私もヤキが回ったかな……さて、タルトは何をしに魔王国に来ているのだ?」
「……それは、俺の口からは言えません。魔王に聞いてください」
「……面倒だな。まぁ良いとする。しかし私の邪魔をするつもりがないという証明にはまだ足りないな。納得させるだけの事を聞かせて貰おうか……話はそれからだな」
その後、俺とサーシャは、タルトの目的を除いたこれまでの経緯を包み隠さずアンカルディアに話した。
その殆どはアンカルディアの想像の範囲内だったようだ。アンカルディアが大きく反応したのは、この二つだけだった。
ひとつ目は、ユグドラシルの大樹が死の大地に定着していると言う事だ。
「ユグドラシルの大樹があるならば、精霊王も『デベロ・ドラゴ』にいるという事か?」
「……いえ、精霊王はいません。いるのはアドちゃんです」
「アドちゃん? そいつは何者だ?」
「私が契約したドライアドです」
「ドライアド? 中級精霊如きがユグドラシルを召喚したと言うのか? 百歩譲ってハイエルフが絡んでいるからと理由付けたとしても腑に落ちないな。そもそもハイエルフが中級の精霊と契約するとは、なんと勿体無い」
「そんな事言わないでください。アドちゃんは私が生まれた時から私に目をつけて、寝る間も惜しんで見守り続けてくれていたんです」
まぁ、ちょっとしたストーカーだよね。
「死の大地に他の精霊は居なかったのだろう? ハイエルフなら複数の精霊と契約出来るだろうしな。ダーリャのウンディーネは中々だったぞ」
ウンディーネは水の精霊だよな?
「ウンディーネ……一緒に遊んで貰った事があります」
「そのうち出会えると良いな。ところで、精霊王だ……私も精霊魔法は得意としているが、彼奴は癖が強いぞ……勝手にユグドラシルを定着させたドライアドなど、見つけ次第消し去るだろうな」
「……そんな」
「安心せよ。精霊王とてハイエルフは無視出来ない。新たなドライアドを用意するだろうし、そのアドちゃんというドライアドを消滅させる前に契約の解除を進めるだろう」
「いえ、そうじゃなくて、アドちゃんが消滅させられるなんて……なんとかならないんですか?」
「……それは、精霊王次第だが、奴らにとっては国家転覆罪と同等の行為だからな……他の精霊に示しがつかないだろう……しかし、そうか……優しいな、サーシャ・ブランシャール」
「いえ、そんな……」
「とてもダーリャに育てられたとは思えないぞ」
「祖母は優しくて厳しかったです」
「私は被害を被っていないが、ダーリャほど厳しくて厳しい奴は居なかったぞ。始祖の勇者など、儀式の前に殺され……」
アンカルディアが顔を顰めた。呪いが発動したのだろう。
「ふん、ついつい口が滑ってしまった。その話は無しだな……よし、精霊王に関しては気にかけておいてやる」
何だ、結構良い奴じゃないか。ロリっ子魔法使いくそババア!
そう思ったのも束の間でした。アンカルディアが喰いついた二つ目、ルーフ君に関してです。
「ハクがサーシャの従魔になっただと?」
「はい。今はルーフちゃんです」
「ルーフちゃんか……ちゃんと言う名が流行っているのか?」
「いや、アドちゃんは『ちゃん』までが名前で、ルーフの『ちゃん』は敬称です」
「ふん、面倒だな。ハク……いや、ルーフの奴め、折角願いを叶えてやったのに、一方的に契約を解除しよったのだ」
「……どうしてそんな事を?」
それは俺も気になるところだ。あの温厚なルーフがアンカルディアだけには拒否反応を示す。その理由は何なんだ?
「奴との出会いは、冒険者ギルドの依頼だった……金には困っていなかったのだがな、この姿になって、アンカルディアの名も隠して活動する為には、ある程度身元をしっかりせねばならなかった。そんな時に、冒険者を襲うフェンリル退治の依頼を発見したのだ」
「ルーフがそんな事を?」
「……なに、それは全部作り話さ。神獣の毛皮を欲しがる貴族様が居たというだけの話だよ」
「酷い……」
「酷いのは何もルーフに対してだけではないぞ。当時のルーフは今よりレベルが低かったが、それでもバルゼと同等の力はあっただろう……軍隊で討伐するレベルだ。それを一般の冒険者に頼むとは……死ねと言っているようなものだぞ」
「じゃあ、ルーフが闘ったのは防衛の為だけなんですね」
「そう聞いてはいる。まぁ、そんな彼奴も、私一人にけちょんけちょんにやられていたがな!」
「そんなにお強いんですね」
「手数と経験値の差だ。私は現存する魔法はユニーク以外全て使えるからな……単純な能力値でいえば、私は当時のルーフよりも弱い事になる」
その辺は俺と似てるな……俺には経験値なんて無いけど。
「それで、アンカルディアさんの従魔になったんですか?」
「あぁ、そうだ。討伐してA級冒険者になりたかったからな。証拠として毛皮と牙が必要だったから、生きたまま皮を剥いで、牙を抜いた。その上で伝説級の回復魔法をかけた」
思ったより残酷だな。ロリっ子魔法使いくそババア。
「安心しろ、私も生活魔法の安眠魔法は使える。痛みを感じる事なく元通りにしてやった……目覚めた時に自分の生皮を見て、すぐに気絶していたがな!」
アンカルディアはくっくっくっ……と笑った。可愛らしい外見には似つかわしく無い、老婆の笑い方だった。
「失った牙や皮を元通りにするって、回復魔法でそこまで出来るんですか?」
「出来る……いや、出来た……と言うべきかな。私以外の使い手は2,000年現れていない筈だ……覚えたいのか?」
「それだけ仲間の安全に繋がりますから」
「……英太のユニークスキルがあれば、覚えるのは簡単だろうが、きっと使えないと思うぞ」
「それは、消費MPの問題ですか?」
「それもあるが……伝説級の魔法に必要な、『対価』と、全属性魔法の使い手の持つデメリットの相性が悪い」
「伝説級……蘇生魔法は覚えましたが、消費MPが膨大すぎて使えないままです」
「ほう……英太の創造とやらは、そこまで出来るのか?」
「はい。理論上は生命以外の全てを創り出す事が出来ます。でもやっぱり消費MPの問題で使えないって事ですよね?」
「それと同じ現象が『対価』にも起こる。蘇生魔法は『鑑定』したか? 『対価』の記載があったはずだ」
「ありました。何を差し出すとは書いてありませんでしたけど……全属性魔法だと、対価も大きくなると言う事ですか」
「大袈裟に言うと、私が魔法で欠損を治癒する場合、対価によって私のレベルが1下がるとする。英太の場合は100下がる」
「……そんなに」
「スキルレベルの上昇によってはそこまでではなくなるが、今の英太だとそうなるな」
蘇生魔法の『対価』はとんでもないだろうな。例えMPが上がったとしても、事実上使えないって事だな。
「……で、ルーフちゃんとはその後は?」
「共に旅をしたな。と言っても、人間国も基本的には平和だし、私は強いからな。ルーフには色々と実験を手伝って貰った」
「実験?」
「そうだ。ご存知の通り、私には二つの呪いがかかっている。不死の呪いと、封印の儀に関する呪いだ。その二つ程重くは無い呪いをルーフにかけて、解呪するを繰り返していた」
思ったよりくそババアだな。魔王は真っ直ぐな奴と言っていが……マッドサイエンティストの気質があるぞ。
「その中で、ルーフが私にお願いをして来たのだ。レベル上限を解放してくれと……それも伝説級の魔法だったからな、『対価』は必要不可欠だ。しかし、私はそんな対価を払いたくない。だから、対価をルーフに全渡しする事にした」
「出来るんですか?」
「私だからな。望んだのがルーフ本人と言う事もある」
「……それで、その対価とは?」
「私と同じ呪いだよ。不死の呪いと、私の研究内容に触れる事を発言出来ない呪いさ。折角呪いをかけて、これからって時だったのに……あいつ、私に電撃浴びせて逃げ出しやがった」
「大丈夫だったんですか?」
「あぁ、常時魔法対策のバリア貼ってるからね。『逃げたら死ぬ』くらいの呪いはサービスしておけば良かったよ」
「……じゃあ、ルーフちゃんの事は嫌いですか?」
「いや、もう良いよ。サーシャの従魔なんだろ? 呪いは解けないけれど、手を出したりはしないよ……まぁ、少しくらいからかってやってもいいけどね」
「からかわれるだけで済めばいいですね」