第百三十七話 安らかで無い目覚め
……夢ならば醒めなければ良いのに。
ゲームクリエイターとして、その世界では知らぬ者はいないとまで言われていた。
関わった作品は軒並みヒットを連発し、2025年時点では、日本……いや、世界最大とも言えるプロジェクトを企画・立案した……
これは……
記憶か? それとも夢?
エターナルコード……完成させられなかったな……リリースは次の春頃だったか……?
完成させたかった……
何より、自分自身でプレイしてみたかったな……誰よりもあの世界を理解して、誰よりも強くなれる自信があった。だって、俺が作ったんだから。
……あれ、場所が変わった……?
ここは何処だ? 海? 港町の匂いがする……魚と潮の混じった、懐かしいような……いや違う、空気が重い。何か来る……何だあれ? 津波か……!
ヤバい! 防げ! クリエイト! ……ダメだ、使えない……何も生成できない!
逃げろっ!
波に飲まれて、空も地面も、何もかもが崩れていく……あれ? でも俺だけは、無事……?
夢……? そうだ、さっきの場所は婆ちゃんの家の近くだ……お盆や年末年始には定期的に行ってたんだけど、いつも携帯ゲームばっかりやってたな……婆ちゃんの漬物、しょっぱかったけど妙に美味かった。
中学生の頃に起こった震災で、流されちゃったんだよな……婆ちゃんは無事だったけど、無事じゃ無い人もいた……名前も顔も覚えてる。あの時、もっと何かできたんじゃないかって……ずっと思ってた……
また場所が変わった……
あれ……俺だよな……?
小学生の頃の俺の部屋だ……ゲームしてる……レベル上げ?……終わったゲームのレベル上げしてるよ……ははっ……覚えてるわ……この島にメタル系のスライムが出るんだよな……友達に教えてもらって、夢中でレベル上げて……何やってんだ俺……でも、そういうのが楽しかった……
まただ……今度は……死の大地? いや、違う……これはフレイマ跡地……スタンピード!!?
なんだ!? アンデット系のモンスターばっかりだ……俺の方に襲い掛かってくる……!
クリエイト!! ……くそっ! やっぱり使えない!!
ヤバいっ!! 囲まれる!!
……足が、動かない。動かそうとしてるのに、膝が沈む。土じゃない。冷たい。ざらついた何かが、這っている。脛に何かが触れて、少しずつ、少しずつ這い上がって来る……
呼吸が浅くなる。胸が締めつけられる。心臓の鼓動が、内側から打ち消されていく。
肌の上に何かが重なって、そこから中に入ってくる。血管の中を何かが流れてる。手のひらの下で、自分の皮膚がうごめいてるのがわかる。寒くも熱くもない。ただ異物だと、本能が訴えてくる。
身体が自分じゃない何かになっていく。
指が勝手に動いた。肩が痙攣した。瞼の裏で、誰かが立っている。知ってる顔のような気がする。忘れたくても、忘れられない目だ。
英太、英太、シネ。
鏑木英太、シネ。
許さない、英太、シネ!
鏑木英太を許さない! コロス!!
どこからともなく響く声が、何重にも折り重なって響いてくる。
英太、英太、オマエノセイダ。
ワスレタノカ、キエナカッタノカ。
ナニヲ、コワシタ? ナニヲ、スクッタ?
クウ、ノマレロ、ツグナエ、イノレ。
ひとつ、またひとつ。名も知らない声が、身体の中に入り込んでくる。
声だけじゃない。感情ごと、記憶ごと、何かが体内で重なっていく。
吐き出したいのに、口が開かない。足を引きはがしたいのに、指が言うことを聞かない。
そのまま俺は……
☆★☆★☆★
「うわあぁぁっっ!!」
絶叫と共に転げ落ちる。ここは……ここは……
目の前には少女がいた。
「グゥイン……!?」
「貴様も同じ事を言いよるか。ブランシャール……どうやら嘘はついていないようだな」
グゥインじゃない? よく見ればちょっと違う……髪の毛は金髪だし、尻尾も翼も生えていない。
「英太さん、大丈夫てすか?」
傍らにはサーシャがいる。俺はベッドから落ちたようだ。ベッドの上には心地良さそうに眠るカートとハルパラの姿があった。
……って事は、目の前にいるロリっ子魔法使いが……
「ボルバラ?」
「ふん、そうでないと見抜いていたのでは無いのか?」
「……それは、そうだけど……ヤバい、凄い嫌な夢をみた……」
「無理矢理起こしたからな。私も一瞬だが嫌な夢をみた。痛み分けだ」
「R.I.Pには、無理矢理起こすと悪夢を観させる効果があるそうなんです」サーシャが言った。
悪夢……そうなのか……
「さて、本題だ。ブランシャールの孫に聞いても『英太さんに聞いてください』の一点張りでな、仕方なく貴様を起こす事にした……貴様は私の邪魔をしに来たのか?」
「邪魔……って、貴女が誰で何をしようとしているのか、さっぱりわかりませんし」
「私がボルバラの姿になっている事には、いつから気付いていた?」
「ここに来て、話しているうちに……ですよ。最初はカートが怪しいと思っていたんですが、悪い意味で本物だなって……」
「ふむ、私を欺くほどの隠蔽魔法を使うとは……これはどちらの仕業なのだ?」
「私です!」サーシャは元気良く手を挙げる。
「ブランシャールか、では、二人とも隠蔽魔法を解け……ほら、早くしろ……言っておくが、私は貴様らなど瞬殺出来るのだぞ」
サーシャが俺たちの隠蔽魔法を解いた。ロリっ子魔法使いは、事細かく俺たちのステータスを観察していく。
「……そうか、黒竜の……ふん、このタイミングでとはな……」
このタイミングって……魔王も言っていたな……
「ルーシの奴め、ハイエルフとも、黒竜の遣いとも言っていなかったぞ……」
「ルーシって、魔王デスルーシの事ですか?」
「他に誰がいる」
「……魔王のお知り合いですか?」
「そうだ。一応は戦友という事になるが、友だと思った事はない。偶々利害関係が一致して手を組んだだけだ」
「……あの、貴女はどちら様ですか?」
「あぁ、そうか、貴様には言っていなかったな」
ロリっ子が鼻を鳴らした。
「英太さん、この方は、アンカルディア様です」
邪神封印部隊の一人……大魔導師のアンカルディア……
「おっと、邪神に関しては何も喋らないぞ。私もルーシと同じ呪いにかかっているからな」