第百三十六話 偽物
ボルバラはサーシャを目の端で捉えながら、小さく魔力を飛ばした。詳細鑑定だろう。
サーシャがハイエルフであるかを確認したのか?
「レベル200ですか……魔王国でも超えているのはデスルーシ様お一人ではないでしょうか? 人間国でも勇者様クラスで何とか……ちなみに英太様のレベルは?」
「99でカンストしてます」
「……ですと、難しいでしょうね。お力になれず申し訳ありせん」
「英太は99か! 俺でも80そこそこなのに、凄いな!」
……バルゼとは倍以上も離れている。それでどうやって勝ったんだ?
「カート王子、宜しければステータスを見せて頂けないでしょうか?」
「かまわ……ないよな? ボルバラ?」
「もちろんです」
戦闘やステータスに関しては、ボルバラのチェックが入るな。ボルバラがカートだとして、この変な信頼関係はなんなんだ?
王子二人で魔王を殺す……は、考え過ぎか?
俺はカートとボルバラのステータスを詳細鑑定する。
名前:カート
年齢:60
称号:魔王の息子
職業:魔王子
レベル:82(次のレベルまで48,300EXP)
HP:81,000/81,000
MP:20,000/20,000
基本能力
筋力:A
敏捷:A+
知力:D
精神:A
耐久:A
幸運:S−
スキル
・魔剣術Lv.4
・闇魔法Lv.3
・魔力操作Lv.3
・怠惰Lv.10
・王族の威圧Lv.2
・自動防御(魔法)Lv.2
名前:ボルバラ・ネフェリウス
年齢:29
種族:デーモン
称号:魔王子の側近
職業:参謀
レベル:96(次のレベルまで72,000EXP)
HP:19,800/19,800
MP:35,500/35,500
基本能力
筋力:C+
敏捷:B
知力:SS
精神:A+
耐久:C
幸運:A
スキル
・策略Lv.6
・魔法操作Lv.7
・暗黒魔法Lv.5
・精神干渉Lv.4
・情報解析Lv.4
・影渡りLv.3
・指揮Lv.3
確かにカートは強かった。それでもバルゼとは比べ物にならない。何かしら実力以外の要素が絡まないと、勝ち目は無いだろう。
やはりボルバラが糸を引いているのか……
いや、ボルバラはきな臭い。この能力が隠蔽魔法で改ざんされたものだとして……タルトが裏で? 考え難いな。
「どうです? 英太様、何か気になるステータスはありましたか?」
「やはりバルゼに勝てる見込みはないかな、というのが正直なところです。ところで、この『怠惰』ってスキルは何ですか? これだけスキルレベルが高くないですか?」
答えたのはハルパラだった。
「それは、ほとんどカートのユニークスキルみたいな物ですわ。やる気が無い時ほど結果を出す……怠けている時ほど上手くいく……そんなスキルです」
天性のダメ人間じゃん。という事は、カートが王になって、全部人任せにして遊び回っていたら、魔王国は安泰なのか……それはそれで良いのか?
「バルゼとの闘いも望んでいなかったからね。流石に勝てる訳無い。だから私はなんの準備もせず、勝利への強い意志など持たず、適当に挑んだのだよ!」
……まさか、それで勝ったなんて言わないよな?
そんなスキル、魔族の本能に反しているぞ……
「カート様、それは言い過ぎです。カート様の日々の鍛錬が、勝利という結果に繋がっているのです」
バルボラが適切なフォローをする。
「ちなみに英太様、私のステータスはどうでしたか? なにか気になるところは?」
挑発的な微笑みだった。看破出来るものならばしてみろ、そう言っている。隠蔽看破のオートスキルは通じないし、直接看破を試みても何の変化も無かった。
「……俺じゃ力不足みたいです。結界魔法の応用ですか?」
その言葉に、バルボラが表情を一変させる。
「……どうしてですか?」
「以前、同じ要領でステータスを改ざんしていた奴がいて」
「ほほう……興味深いですね」
「人間国のA級冒険者ですよ」
「A級冒険者ですか……魔八将にも及ばぬ筈ですが……」
「ボルバラ、その発言は聞き捨てなりませんわ! 立場は私たちの方が上ですわよ!」
「失礼致しました。しかし、ハルパラ様もご謙遜なさらず……魔八将の中で、唯一脅威と感じるのは、貴女様ですよ」
……そうなの? サキュバスだから、特殊な何かがあるのかな? 単純に相性か?
「おいおい! 私は脅威ではないのか!? おいおいおい!」
空気を読めない王子がまたしても会話に割り込む。バルボラは、子供をあやすように言った。
「全くやる気の無い日でしたら、貴方様に勝てる者は一人も居ないでしょう」
それは本当なのかブラフなのか、全くやる気を持たないで戦うという事など不可能なのでは無いか?
ボルバラ=タルト説も、確信を持てず仕舞いのままだ。成果無しとまでは言わないが、発見に近づいたとは言えない。
事前に打ち合わせしておいた『秘密兵器』を使うしか無さそうだ。
タルトの使っていた隠蔽魔法を解く為の方法。それは……
「ちょっと、お昼寝しませんか?」
☆★☆★☆★
カートのエフェクト付き転移魔法で、寝室へと移動する。このあり得ない提案は、デベロ・ドラゴのマナーという事で押し切った。
カートは、衣服を華麗に脱ぎ去って、天蓋付きの大きなベッドに寝転がる。ハルパラは定位置かのようにその隣に滑り込んだ。
カートに招かれて、俺もベッドの端に潜り込む。ハルパラが悪戯っぽく尻尾のハート部分でツンツンしてくるのが……悪くないっ!
ボルバラは当然ソファーに腰掛け、俺たちを監視する。側近兼護衛としては当然の行動だ。
ここでサーシャが語り出す。
「えー、皆さんにはちょっとお昼寝をして貰います。普段寝ていない時間だから、眠れないよーっていう人もいるかと思いますが、大丈夫です。私が安眠魔法をかけます」
ボルバラが魔法障壁を張るのがわかった。護衛として当然だ。
しかし、それも想定済みだ。
『R.I.P』は、魔法障壁では防げない。あくまでも、魔法ではなくスキルなのだ。
サーシャには、自分を除いた全員にR.I.Pをかけるように言ってある。あのグゥインにすら効くのだ。
俺を含めて、全員その場で眠りこける筈だ。
……そして、R.I.Pには隠蔽魔法の解除効果がある。当初の予定ではカート王子だと思っていたが、ボルバラの隠蔽魔法が解ける事になるだろう。
サーシャには事前に指示してある。
隠蔽魔法が解けてタルトが現れた場合、即座に俺を起こしてタルトを確保。そうで無かった場合は果物でも食べてのんびり待っている。
……さぁ、頼むぞ、サーシャ!
「《R.I.P》」
サーシャが呪文を唱えると、ボルバラが目を丸くした。
隠蔽魔法でステータスを改ざんしていたのは、俺たちも同様だった。サーシャのステータスは一般のエルフにしてある。ハイエルフ伝承のユニークスキルを使える筈が無いと思っていたのだろう……
つまりはボルバラはタルトじゃない。
心地よい睡魔に包まれていく……俺だけじゃない……カートも、ハルパラも……ボルバラもソファーにもたれかかった。
ラブランがオークに戻るまでにかかった時間は2時間程度。しかし、あの時とは色々と前提条件が違っている。
目覚めた時に何が起こるのか……サーシャに伝えておけば良かった……現れるのがタルトでなかったとしても……すぐに俺を起こすようにと……
どうやらその心配は不要だったみたいだ。
「……ブラン……シャールか?」
ボルバラはソファーから身体を持ち上げて、サーシャへと歩み寄る。なんらかの方法でR.I.Pを無効化したようだ。
「……殲滅の厄災」
ボルバラが発した言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。