第百三十二話 爆音の先に
「昨日魔王さんが話していた、幼い頃に死んだ息子ですか?」
「ああ……でも、魔王の認識は間違っている」
「実は子供は死んでいなくて、タルトがその子供だったという事ですよね? タルトはどうやって人間国に迷い込んだのでしょうか?」
……そうだ。これを伝えなくてはならないんだ……タルトが迷い込んだのは人間国にではない。
「これは、あくまで予想だが……タルトは魔王の部屋に発生した結界の隙間から、『死の大地』に迷い込んだんだと思う」
「……死の大地に? ですが、グゥインさまが気付かない筈は……」ゴレミが言った。
「それはわからない。グゥインが気のせいだと思って放置したのかもしれないし、それ以外の理由があるかもしれない」
「死の大地を経由して、人間国に?」
「サーシャ、これはタルトが言っていた事だ。多分、嘘はついていない」
「なんですか?」
「タルトが迷い込んだのは、エルフ王国だ……そして、タルトはエルフたちに矢で撃たれた」
「……じゃあ、タルトはあの時の魔物なんですか?」
サーシャは意外にも、すんなりとそれを受け止めた。
「ああ、そうなるな」
「どこか、懐かしい感じがしたんです。あの、おでこをつっくけられた時……上手く言えなくてすみません……でも、あの後どうやって人間国に移ったのでしょうか? エルフ王国から人間国への移動手段はありませんし」
「それは……」
アドちゃんが人間国にタルトを捨てた。それは言っていいのか? いいよな、アドちゃんだもんな。
「それは、タルトに直接聞きます」
サーシャの目が濃い紫色に変わった。この姿を目の当たりにするのは、これで4度目だ。
サーシャが死の大地に迷い込んだ時、ハイエルフに覚醒した時、アラミナで夢遊病になった時、そして今だ。共通の理由はあるのだろうか?
とりあえず、アドちゃん……助かったな。
タルトの正体をサーシャとゴレミに伝えた。その次に話し合わなくてはならないのは、それを魔王に伝えるべきかどうかだ。
「魔王さんには、タルトが息子だって伝えていないんですか?」
「……それは、そうだよ」
「どうして、死んだと思った息子に会えるなんて、凄い事じゃないですか!」
「いや、タルトは魔王に復讐しようとしているんだ」
「どうして?」
「……それは、子供の頃に捨てられたと思っているから、それと……個人的にはこっちの方が大きいと思っている」
「なんですか?」
「魔王がフレイマを壊滅させた。タルトが建てた孤児院も含めてだ」
「しかし、フレイマの孤児院に居た魔物や他種族の子供は、フレイマが壊滅する前の段階で奴隷商人に売買されたのではありませんか?」ゴレミが言った。
「それはそうだが……でも、そうだよな。魔王がフレイマを壊滅させたのは、あくまでも勇者との闘いの結果だよな……タルトがその辺の事を理解していない訳ないよな」
「なにか、他に理由があるのでしょうか?」
「タルトは孤児院ではなく、フレイマを壊滅させた事自体に腹を立てていたのかもしれない。『孤児院』とは言っていなかったかも」
「フレイマ……アドちゃんさまは、軍事的に優れた国だと仰っていました」
「その辺はギルマスに聞けば早いけど、その前にタルトと再会するだろうしな」
「魔王さんを殺そうとしているのでしょうか? 私たちが近くにいるから実行出来ないのですかね?」
「じゃあ、何で俺たちを魔王の側に送ったんだ?」
「それは、まさか護衛になると思わなかったのでは?」
「俺たちが魔王に殺されるとは思わなかったのか?」
「それは……そうですね」
「魔王さんは私たちを殺そうなんてしませんよ」
「事実、勝ちましたし」
「それは今だから言える事だよ。それに、タルトと別れた段階でのゴレミは魔王に匹敵する力を持っていなかった……あの時だって、バルゼが戦闘に加わっていたら、ひとたまりもなかったよ」
「……私たちと一緒に魔王を殺したかった?」
「という事は、魔王と私が戦闘した近くに潜んでいたのかもしれませんね」
「それで、魔王が俺たちを護衛にしたから、やむなく復讐を取りやめにした……筋は通るけど、じゃあ、どうしてその後俺たちに接触しないんだ?」
「わかりません。申し訳なく存じます」
「とりあえず、俺たちが次に決めなければならないのは、魔王にそれを伝えるか否かだ」
「伝えましょう。そして魔王さんを護りましょう」
即決だった。サーシャの言葉は、真っ直ぐ俺を突き刺した。
「そうだな、そうしよう」
「……じゃあ、今からでも」
「いや、今日は休んでいる……でも、そうだな。こういう時は何かが起こるもんだ。明日に回さないでおこう。バルゼに報告して、明日からは俺たちも24時間警護に回ろう」
サーシャが《音声遮断魔法》を解いた瞬間だった。とてつもない爆音が鳴り響く。
「……なんだ?」
このタイミング……悪い予感しかない。
「とにかく、すぐに魔王の元へ……」
俺は二人と手を繋ぎ、魔王の部屋へと転移しようとした。しかし、転移魔法は阻まれてしまう。
「……結界?」
魔王がデフォルトで張っている結界だとしたら、それでいい。しかし、タルトが張った結界だとしたら話は違う。
「仕方ない……走るぞ」
「先行します!」
俺の指示を受けたゴレミは、ドラゴン形態に変化して飛び出して行った。俺とサーシャは全力で後を追う。
「《精霊召喚》」
サーシャはドライアドを召喚して、木の根に跨った。俺は根っこに巻きつかれ、魔王の部屋へと運ばれる。
魔王の部屋の前には、今にも扉を破壊しようとするゴレミの姿をがあった。
「英太さま、魔王もバルゼも反応しません! 扉を破壊する許可を!」
「わかった。許可する!」
ゴレミが闘気を発散した瞬間に扉が開いた。残酷なものを目の当たりにする覚悟を決めたが、そこに居たのは、執事のガリュムだった。
「どうなさったのですか? 魔王はお休みになられています」
俺とガリュムの間をサーシャが無言で駆け抜けていく。
「しかし、この音は?」
「音……ですか? 音声を遮断しておりましたので分かりかねますが……バルゼ様かと思われます」
「バルゼ!?」
確かに、護衛の筈のバルゼがいない。ガリュムでは賊が現れた時に心許ない。
「バルゼ様はカート様と決闘に向かわれました」
「……は? 決闘!?」
「以前から決まっていた事です。魔王様も、カート様の敗北は見たくないのでしょう」
「敗北って……まさか死ぬ訳じゃ……」
「降参すればそこまでです。しかし、魔族にとって降参は死よりも恥ずべき行為です」
「魔王はゴレミに降参したぞ」
「ゴレミ様は仲間に危害が加えられない限りは、魔王様を殺しはしなかったでしょう。それに、魔王様が恥よりも、残りの生を選んだ事に、なんの不思議も御座いません」
「カートは降参しそうだけどな」
「ええ、私もそう思います。しかしその段階で、
王位継承の芽は潰えますがね」
……そういう事か。
バルゼやガリュムたちは、この段階でカートを次の魔王候補から外そうとしていたのか……
「随分と静かになったようですね。もう決着は着いているのでしょう」
ガリュムが冷たい言葉を吐いたその時、サーシャが安心した顔で戻って来た。
「魔王さんは眠っていました」
「念の為に私も護衛につきましょうか?」
ゴレミの提案は最もだったが、護衛ならバルゼがするだろう。カートを倒した今、すぐにでもこの場に戻って来る筈だ。
……しかし、バルゼは戻って来なかった。
カートとバルゼの決闘は、王子カートが辛勝した。
バルゼは魔族としての誇りを胸に、死んでいったという。