第百三十一話 ゴーレムでドラゴンで人で魔族
「魔族になることのデメリットは何でしょうか?」
ゴレミが平然としているのを見て、考えを改めた。たとえゴレミが魔族になったところで、何も変わらない。そもそも人間化も進んでいるし、そもそもそもそもドラゴン系譜のゴーレムは、魔族っちゃ魔族かもしれない。
「わからない。今度魔王に聞いてみるよ……でも、魔晶石を飲み込むのは当面禁止にしよう」
「承知しました。しかし、何故グゥインさまの鱗が目から落ちたのでしょうか?」
「目から鱗って言った途端だもんな。冗談みたいなタイミングだったな」
「私には冗談のつもりなどありませんよ」ゴレミは真顔で返す。
「身体がグゥインちゃんの鱗に拒否反応を起こしているんですかね?」
サーシャが言った何気ない一言が、ゴレミの心を鋭く射抜いてしまう。
「……それは、私が魔族化してしまったからですか?」
「え、いや……ごめんなさい。わかりません」
「ゴレミ、人化の影響かも知れないし、食べ過ぎの影響かも知れない」
「……そんな。私にはグゥインさまを拒否する気持ちなど微塵もありません。そんな事なら人間になんて……」
ゴレミのあからさまな動揺と落ち込み具合に、かける言葉が見つからない。
グゥインに忠誠を誓う思いは揺るがない。しかしそれ以外に持つ唯一の願いが、人化にあるのだろう。
「ほら、新たなスキルを獲得仕掛けている影響かも知れないから、あまり深く考えるなよ」
「英太さま、落ちた鱗を私に再構築してくださりませんか?」
「……いいけど、また姿変わっちゃうかも知れないよ?」
ゴレミはデフォルトで拳聖レミの姿になった。人化によるものと仮定はしているが、本当の理由はわからないままなのだ。魔族化も始まった今、再構築後に姿が変化する可能性も無いとは言えない。
「大丈夫です。その時はまた隠蔽魔法で何とかしますよ」
サーシャの言葉は、ゴレミにとっての安心材料にはならなかったようだ。
「……英太さま、お願い致します」
「わかった。任せてくれ」
ゴレミは言葉にしなかったが、このままの姿が良いのだろう。俺だってそうしてやりたい。拳聖レミの姿を強くイメージする
「《創造》《ゴーレム再構築》」
無事に鱗は再構築された。姿も変わらずだった。鏡の前に走り込んだゴレミは、膝から酒崩れ落ちた。
「良かった……」
ゴレミは涙を流した。
「ゴレミちゃん……涙を……」
「流れるようになりました。満腹感というものも、尿意というものも分かりかけています……」
強くてしっかり者のゴレミだが、実はまだ0歳だ。そのうえゴーレム史上誰も経験した事のない変化を遂げているのだ。不安も多いだろう。
「ゴレミ、俺たちがちゃんと支えるから、色々焦らないでくれ。人化や魔族化も、魔素を持ち帰る事に関しても、みんなで力を合わせような」
「そうです。私も協力します!」
「はい。承知しました」
俺たちは力を合わせて、ゴレミの食べた食事の器を整理した。こんなに食べて便意は感じないのか? とも思ったが、このタイミングでなかろうと聞ける気がしない。
「ゴレミ、俺が作った魔道具の指輪を装備して欲しいんだ。付与出来る能力に何か希望はある?」
「魔道具でしたら腕輪がいいです。指輪ですと攻撃の際に、壊れてしまわないかと不安になります」
確かにゴレミの戦闘スタイルに指輪は合わないか。
「じゃあそうしよう。付与するのは状態異常耐性ともうひとつ、何がいい?」
ゴレミはしばらく考えて、俺を真っ直ぐ見た。
「『竜化』というのは可能でしょうか?」
……ゴレミらしいな。
「試してみる。無理だったらごめんな」
「是非お願い致します」
鱗を落としてしまった事がそんなにショックだったのか……グゥインへの忠誠心たるや恐れ入ります。
人化しながら魔族化して、竜化もするのか……今まで考えた事も無いスキルだけど、与えてあげたい。
「《創造》《付与魔法》」
腕輪を生成し、付与魔法をかけた途端に、付与魔法のスキルが上がった。完成した腕輪には、「状態異常耐性レベル1」と「竜化レベル1」が付与された。
「出来たよ。効果の程は実際に付け続けてみないとわからないけど」
「ありがとうございます。英太さまにはいつも与えられてばかりです」
ゴレミは腕輪を大切そうに抱えた。
「俺たちの方こそ、ゴレミには助けられてばっかりだ。これからも宜しく頼むな」
「そうですよ!」サーシャはゴレミの手を取った。
「はい。食事は食べ過ぎない、魔晶石は食べない。心に刻みます」
「ゴレオのぶんは何が良いかな? ゴレミはどう思う?」
「ゴレオは魔力で戦闘するタイプのようです。魔力が切れた時に補充出来るタンクのような物があると良いかと」
「魔力タンクか……それなら装備品にしなくても、身体に後付けで創造すればいけるよな……」
「では、防御強化は如何でしょうか? 私同様に英太さまとサーシャさまを護る事が使命です。頑丈であるに越した事はありせん」
「サーシャを護るのが使命か、どっかで聞いたばっかりだな」
「タルトが言っていたと存じます」
……確かにタルトが言っていたな。魔王も言っていた、まぁ、それは俺の使命って事だったけど……
「タルトの事も探さないとですね」サーシャが言った。
「二人は、タルトが魔王国にいると思うか?」
「当然いると存じます。魔王の部屋にある結界を広げたのですから。遠隔でその様な芸当は不可能かと」
「私もそう思います。牙さんたちの姿を変えたみたいに、タルトも姿を変えているんじゃないですかね? でも、タルトは何で私たちを魔王国に送り込んだんですかね?」
俺は周囲を警戒した。いつのまにかサーシャが《音声遮断魔法》を使っていたみたいだ。
「魔素供給の手助け……それ以外の理由か」
「英太さま、タルト本人の事情は私たちには秘密のままでしょうか?」
ゴレミはそう言ったが、既にゴレミ自体はタルトが魔王の息子である事に勘付いている筈だ。つまり今求められているのは、その事実をサーシャに伝えるべきだと言う事だろう。
なんて気遣い……そりゃ人化も進むはずだ。
護る……か、魔王に言われる前からサーシャを護る意識はあった。何処かでサーシャを弱いと決めつけていたのかもしれない。
「タルトから口止めされていたんだが、タルトとの約束を守って、サーシャやゴレミに隠すのは違うよな……やっぱり『漆黒』のメンバーには伝えるべきだ。だから聞いてくれないか?」
「何ですか?」
「タルトは、魔王の息子だ」