第百二十九話 世の理を変えるもの
俺はロープでぐるぐる巻きにされて、樽の中に押し込められていた。魔王、ディテールを大事にし過ぎだよ。
脱出しようと思えば出来るんだけど、それは趣旨と違うよな? ちょい痛いんだけど、ロープ緩めてくれないかな?
「魔王様、ここは何処なのですか?」
「何度も通した儂の部屋だ。英太よ、また余計な加工をしたな?」
「加工? 指輪にですか? いや、ただ魔力を流しただけですよ。形を変えるな、サーシャを護れ……って」
「サーシャを護れ……か。其方のユニークスキルは、想像したものが具現化するんだったな?」
「はい、そうですね」
「其方が創り出した指輪は、世の理を変えてしまう物かもしれぬぞ」
「はい?」
「わかりやすく言うとな、スキルの後付けが可能なのだ」
「スキルの後付け……」
「普通の魔道具にも、スキルの効果は付与出来る。それは通常ひとつ、多くて二つが限界だ」
「しかし、サーシャがはめていた指輪には、その効果が自由に書き換えられるようになっていた。上限も未知数だ」
「つまり、指輪をはめれば、誰でも、いくらでも、スキルを付与出来る?」
「いや、不可能だろう」
「なんだ、それじゃあ……」
「自由にスキルを付与出来るのは、英太だけだ」
「……俺だけ」
なら良いのでは?
「あんな指輪を量産されたら、世の理に触れる……魔王国の王としては、其方を殺害し、無かった事にするか、其方を監禁し、魔王国にだけ指輪の恩恵をもたらすかの二択だ」
魔王は手を翳す。普段は短い爪が鋭利に伸びていた。
「……え、本気で言ってます?」
「儂が余命僅かで助かったな。今は国よりも世界の事を考えている」
魔王は俺の腕を縛るロープを切った。依然として身体は縛られたままだ。
「そうですか」
「しかし、其方の罪は深いぞ。事の一部始終を見ていたシーショは、魔王国に軟禁される」
「え?」
「既にバルゼが動いているだろう」
「サーシャは?」
「サーシャは指輪の効果に気付いてもおらぬ。気付いたとして、英太がサーシャにちゃんと説明すれば、サーシャはその事実を外部には漏らさぬだろう……」
「シーショはどうなりますか?」
「心配するな、悪いようにはせん。精神干渉系の魔法を使うことにはなるが、一週間後には元通りの生活が出来る」
「そうですか」
「英太が肝に銘じなければならないことは、其方のスキルひとつで世界の常識が一変すると言うことだ。悪意あるものが手にすれば恐ろしい事になるし、悪意の無いものを悪にする可能性も秘めている……そして、その力が世に広まれば、必ず其方の身に危険が及ぶ事になる」
映写機魔道具やマジックバックの時でも散々言われたもんな。一生監禁されて創造を続けさせられる事になる。
「英太よ、先ずはもう一度あの指輪が作れるかを試してみるのだ。それが出来るのならば、自ら装着し、其方のスキルを増やせ」
「わかりました。やってみます《創造》」
指輪をイメージする。そして、その中に自由度の高いエンチャント能力を付与、着脱可能な……数も無制限の……指輪……
目の前に指輪が現れた。俺も魔王もすかさず鑑定スキルを使用する。
「……英太、本気で作ろうとしたのか?」
「はい、いつも通りにイメージしました」
完成した指輪には、エンチャント能力があった。しかしそれは、二つのスキルを付与するだけのものだった。つまり、普通に売っている魔道具と同じ……違いがあるとすれば、俺がイメージ出来るスキルなら何でも付与出来るという点だ。
「簡単にこれを作れるだけでも凄いのだが、さっきのは何だったんだ?」
「わかりません。さっきは本当に余計な事は考えていなかったので」
「英太、実験する。同じものをいくつか作ってくれ。MPの回復手段はあるか?」
「わかりました。回復手段もあります」
俺は指輪を3つ《創造》した。
「先ずは付与だ。付与魔術は学んでいるか?」
「いませんが、出来ると思います……何を付与しますか?」
「英太が使える初歩の魔法と、初歩のスキルだ」
「《付与魔法》」
俺は指輪に水魔法の《飲料水生産》と言語理解のレベル3を付与した。
「貸してみろ」
魔王が指輪を手にすると、指輪は魔王の指のサイズに広がった。そのまま指輪をはめる。
「なるほど……一瞬で付与された魔法が何なのか理解出来る《飲料水生産》」
魔王の前に水が落ちる。
「言語理解は判断不能だな……」
「いえ、出来ます《精霊召喚》」
精霊たちを呼び出して、魔王に話しかけるように頼んだ。
「……精霊魔法まで使えるのも驚きだが、確かに精霊の言葉が理解出来るな……よし、今度はこのスキルを破棄して、新しく付与出来るかどうかだ」
俺は魔王から指輪を受け取って、スキルを破棄しようとする……しかし、出来なかった。創造なら……出来た。新たな付与も可能だ。
「付与魔法の範疇でやろうとすると出来ません。創造でやろうとすれば可能みたいです」
「そうか。ここまでは想像通りだ……次は、レベルの高い聖属性魔法を付与してくれ」
俺は言われた通りに聖属性魔法を付与する。魔王は指輪をはめて、呪文を唱える。
「《光源魔法》」
マリィさんが放ったレベルの、ありえない光量が室内を包んだ。
「わかった。次はユニークスキルの創造を付与してくれ」
「……流石にそれは」
「使えたとしても返す。早くしろ」
魔王の圧力に屈する。付与出来なかったフリをしようかとも考えたが、後々の事を考えれば魔王に従うべきだと思った。
「出来ました」
魔王は指輪をはめる。そこでようやくホッとしたような顔を覗かせた。
「創造が付与されているのはわかった。しかし儂には使いこなせない」
「そうですか」
「光源魔法」
魔王は呪文を唱えるが、光は発生しない。
「《飲料水生成》」
魔王の前に水が落ちる。
「どうしました?」
「適正の無い聖属性魔法ですら、指輪をはめれば使えた。外すと使えなくはなったが、使用し続けた場合の事はわからない。逆に適正がありつつも覚えていなかった水魔法と言語理解は、指輪を外しても習得している」
「それは、普通の魔道具ではあり得ない事なんですか?」
「伝説級のアイテムなら可能かもしれない……というレベルだな。ユニークスキルが使えなかったのは幸いだが、それも研究の余地がある」
「研究の余地?」
「可能性として、一つ目はユニークは付与出来ても使えない。二つ目、使える者がいるかも知れない。三つ目、既にユニークスキルを持っている者には使用不可能。四つ目、これが濃厚かつ最悪なのだが……ユニークスキルは二つ同時には存在出来ない」
「同時には存在出来ない?」
「創造を使いたければ、英太からスキルを剥奪するか、殺すしかない」
「……それは、恐ろしいですね」
「即席で考えただけでも、ここまでたどり着くのだ。これが世に出てしまったら、根拠の無いままにユニークスキルを奪おうとするものも現れるやもしれんぞ」
「そうなりますね」
「だから気を付けろと言っているのだ! 其方にはデベロ・ドラゴとサーシャを護る使命があるのだろう?」
魔王の眼差しが突き刺さる。俺の使命……デベロ・ドラゴとサーシャを護る……
「わかりました。誓います……これからは細心の注意を払います」
俺は薬指を出した。
「なんだ?」
「俺の故郷の風習で、約束をする時は薬指を合わせるんです。約束を破ったら、針を千本飲ませる」
「その程度では儂は死なぬが、英太は死んでしまうぞ」
「ええ、それくらいの覚悟って事です」
「ふむ、良いだろう」
魔王との硬い約束を結んだその時、寝室の扉が開いた。魔王のベッドの上で指切りをする俺たちを見たサーシャは、顔を青ざめさせていた。
俺は半裸でロープぐるぐる巻き。ベッドの上、樽に入れられながら、この世界には無い所作で指を絡め合っている。
そして、扉はそっと閉ざされた。