第百二十五話 魔王の余命と呪いの理由
魔王国のシェフ、ミュゲルが創り上げたカレーライスは、俺なんかでは到底思いつかないものばかりだった。
カレーを層にしたパフェのようなスイーツや、炭酸入りの食前カレードリンク。
美味しいかどうかは一旦置いておくとして、既成概念に囚われない大切さを改めて感じさせられた。
まだ誰も見たことの無い何か……先のカレーも、俺は見たことは無いけど、前世の何処かではネタ商品として販売されていた可能性は高い。
もう完全に新しいものは生まれない……とは言われていたけれど、そこを探求するのはクリエイターの矜持だよな。
そんな元ゲームクリエイターである俺の前には、暴食のハイエルフと、人気者の魔王が居る。
ファンタジーの世界を大満喫しているこの状況……冷静に考えると、笑っちゃうな。
創作カレーを平らげた俺たちに、魔王と語らいの時間が設けられた。
魔王国にやって来てたったの3日しか経っていないのに、和やかな空気が流れている。
開口一番、魔王はこう言った。
「既に魔王国の者には通達されている。これは世の理であるから、仕方のない事だ。其方らにはただ知っていて欲しいのだ……儂はもうすぐ死ぬ」
その場に居た全員が言葉を失った。
ガリュムとの会話から、その可能性を考えてはいたが、やはり本人の口から聞くと堪えるものがある。
「それは、どれくらいなんですか?」
聞いたのはサーシャだ。余命僅か……長命種の魔王なら、余命100年でもあと僅かと言うかもしれない。
「約一年だな……」
その数字は想像を超えていた。人間でもあと僅かと言える余命は、2,000年生きた長命種にとって、瞬きほどの時間だろう。
案の定、サーシャは目に涙を溜めた。
「なんだ? 儂の為に泣いてくれるのか?」
魔王が嬉しそうに微笑んだが、サーシャの涙は溢れる事は無かった。どうやら、R.I.Pのオートスキルが発動したらしい。
「なんだ、泣いてはくれぬのか?」
魔王は残念そうに眉毛を下げてから、くわっはっはっはぁ! と笑った。
「なんだか、急に悲しくなくなりました」
「正直な娘だな」
可哀想な魔王をフォローしてやりたかったが、少しだけ躊躇った。R.I.Pの効果であること、他人のユニークスキルの詳細をべらべら喋ってはいけないだろう。
しかし、本人が口にするなら問題ない。
「きっとR.I.Pの効果だと思います」
サーシャの言葉に、魔王が薄く微笑んだ。
「そうか、サーシャはR.I.Pを習得することが出来たんだな……そうか、儂の死がそんなに悲しいか……」
「いえ、悲しくなくなりました」
正直者のハイエルフは、現在の感情だけを正確に伝える。俺は微笑ましく思ったが、それ以上に気になる事があった。
「魔王、R.I.Pをご存知なんですか?」
魔王は少し間を置いてから、こう言った。
「知っている。ダーリャのユニークスキルだ」
「魔王国とエルフ王国の関係は、あまり良くなかったと仰っていましたが?」
「そんな事言っていないぞ。ダーリャが儂を毛嫌いしていただけだ。国同士の諍いは無い……少なくとも、儂が王になってからはな」
「祖母が誰かを嫌うなんて、想像つきません」
「ダーリャはサーシャには優しかったんだな」
「はい。優しくて、怖かったです」
魔王は、ぐわっはっはっはっはぁっ!! と笑った。
「儂の前では、怖くて、怖かったぞ」
「魔王も勇者パーティーと戦ったんですか?」
「……ああ、戦った」
「ご無事だったんですね」
「多勢に無勢だったからな」
「でも、負けた……んですよね?」
いや、そもそも当時は子供だった筈じや……王子様なら子供でも戦うか?
「いや、負けた事など一度もない。全世界……数百万の軍勢で戦ったからな」
「全世界……」
全世界で魔王国を陥落させたって事か? でも、勝ったって言ってるよな……
「ああ、勘違いさせたな。儂は勇者パーティーと対峙した事はない。共に戦った事があるのだ」
「……共に戦ったって、仲間としてって事ですか? もしかして……邪神と?」
「そうだ……儂は邪神討伐部隊の一員だった」
そう言った途端に、魔王は胸を押さえて苦しみ出した。
「デスルーシ様!」ガリュムが慌てて魔王に駆け寄る。
「……大丈夫だ。ふっ……少し口が滑らかになり過ぎたようだ」
「魔王、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、死の覚悟などとうに出来ていた。貴様らのせいで少し揺らいでいるが、それは気にするな」
サーシャはまた泣きそうになり、すぐに悲しみを失っていた。
「ガリュム、室内の音声を完全に遮断しろ」
「承知しました」
ガリュムが言うと、途端に室内の空気が変わった。サーシャの《音声遮断魔法》よりも、精度の高い結界が貼られる。
「『デベロ・ドラゴ』の使者たちよ、これから儂が言う事は全て真実である。信じてくれるな?」
魔王の迫力に気押された訳ではない。その真摯な眼差しに、俺たちは頷いたのだ。
「本当ならば、魔王国の後継問題が片付き次第、其方らに伝えようと考えていた。しかし、儂とて王である前に一介の魔物だ……死ぬのが怖くなってしまった……」
死ぬのが怖い……どういう意味だ?
「儂は、其方らの国……その中に居るブラックドラゴンかが封印されるに至った経緯を全て知っている」
「え?」
経緯を……全て……?
「それはどのような?」
ここまで黙っていたゴレミも、流石に声を上げた。聞き捨てならない事だろう。
「まぁ待て! しかしだな、儂にはその経緯を語る事が出来ない呪いがかかっている…… 核心に触れれば、死に至る呪いにな。話し始めると先程のように呪いが身体を蝕むのだ」
「そうなんですか」
きっと、表情ひとつ変えていない今この瞬間も、魔王には呪いの負荷がかかっている。
「残り一年……儂は生を堪能し切ってから死にたいと考えている……それまで待ってはくれぬか?」
「待つも何も……内緒にしておけば良かったじゃないですか?」
「儂が其方らに肩入れしているのを、英太が勘繰っておるという報告が入ったからな」
その時、ガリュムが視線を逸らした。
「そりゃ、違和感しかなかったですよ」
「それが理由のひとつだ、ゴレミに負けたことと、サーシャが可愛いことも大きな要因だがな」
そう言って、また大笑いする。魔王が笑うと、なぜだか楽しい気持ちになる。
「理由に入れてやらんですまんな、ゴレオ。其方には儂から詫びを送る。明日にでも案内してもらえ」
「いえ、俺は別に」
「良い良い! ガキは遠慮するな!」
魔王は遠慮するゴレオの背中をバンバン叩く。
「痛いっす! ちょい優しくして下さい!」
不可侵条約を護り続けた魔王デスルーシ。何かしらの秘密を抱えて、それに誠実に向き合っている。見た目も能力も魔王そのものだ。しかし何を持って『魔』なのだろうか?
俺が作って来たゲームの魔王たちは、悪という役割りを全うしてくれていた。もちろんバックボーンは用意してはいが、それでもその役割りは残酷だ。俺がそうさせてしまったのか、ゲームだからそれが当然なのか……当たり前のように考えていた自分が恥ずかしかった。
「……どこまでならば話しても死なないのだろうな? ギリギリまでチャレンジしてみるか?」
「その遊び心いらないですよ。バルゼとガリュムも止めてよ」
「我々は魔王様のお考えに従うまでです」
バルゼとガリュムは声を揃えた。
「では、何か聞きたいことはないか?」
「聞きたい事……3つあります」
「なんだ? 言ってみろ」
「俺たちが、その事を探ったり、話したりする事で魔王に影響が出ますか?」
「呪いの内容は、儂が真実を語り伝える事を禁じるものだ。儂が発しなければ問題ない」
「……確証ありますか」
「ある」
魔王は顔色を変えていなかったが、俺の質問に答える際に、何かしらのダメージを受けているようだった。
「わかりました。魔王に直接問う事はしません……二つ目は、フレイマを壊滅させた経緯です。人間国では、勇者であるフレイマの王子が自国を壊滅させようとして、それを魔王が止めに来た……と言われていました。その立ち回りに違和感があったんです……」
「うむ、それに関しては……封印の儀に干渉するゆえに……」
魔王は顔をしかめた。確信に近い事のようだった。
「わかりました。では……」
もうひとつは、聞くか聞くまいか迷う事だった。
「なんだ? 遠慮無く言ってみろ」
「幼い頃に死んだという御子息……ハルフ王子に関してです」
俺の質問に、魔王はつらつらと答えていく。今度の話は呪いに干渉するものでは無さそうだ。
しかしそれは、想像していたものとは少しだけ違うものだった。
一つだけ確かな事は、タルト・ナービスは、間違いなく魔王デスルーシの実子であるということだ。