第百二十四話 魔王国の勢力図
「これはこれは美味しそうな香りですな」
いつの間にか背後に魔王の執事、ガリュムが立っていた。魔王国では抜きん出た強さでは無い筈だが、隠密能力は凄まじいみたいだ。
ディナーまでの時間は、予定通りにガリュムと共に魔王国の情勢について学んでいく。
ガリュムが用意した資料を手に取った。思ったより分厚いぞ……こいつ、これを半日で作ったのか?
難しい話ばかりになりそうなので、サーシャは魔王に預けておいた。護衛対象に預けられる護衛も本末転倒だが、本人たちが楽しそうだから何の問題も無いだろう。
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「最初にいくつか伺ってもいいですか?」
資料に目を通す前に、聞いておきたい事があった。
「お望みであらば、なんなりと」
「魔王と配下が対立する可能性、それが起こり得る確率、起こり得るならばその理由、その場合、魔王サイドにつくのは誰か……ですね」
「……それはそれは、答えに困りますね」
ガリュムは高貴に微笑んだ。
「答えられる範囲で結構です」
「対立……という言い方とは違いますが、魔王国の全員が、魔王デスルーシへの挑戦権を持っております。正式な場で決闘を行い、魔王に勝利する者が現れればその者が次の魔王となる……それが魔王国の伝統です」
「いつ起こっても不思議ではないと言う事ですか?」
「いえ、正式な手続きを踏みますので、最短でも3日はかかりますね。魔王以外の決闘も同様です。ご覧になりたいですか?」
想像していたよりも、短い時間で手続きが済むみたいだ。
「いえ、結構です……魔王が老いた今、挑戦者は後を経たないのでは?」
「いいえ、この国に住まう全ての者は、魔王デスルーシ様を崇拝しております。あのお方の統治に不満を持つ者はおりませんし、あのお方の後任を担うプレッシャーは尋常では無いでしょう。それに、あのお方ほど民衆を大切にする王は存在しない……これは失礼、デベロ・ドラゴの国王を除いては……でございます」
「お気遣いありがとうございます。では、起こり得ない……という事ですか?」
「ふふっ……そうですね。ゼロで無い限り可能性は否定出来ません。このまま行くと、次代の王は御子息であるカート様になります。カート様は立派な王子であられますが、デスルーシ様と比較すると頼りなく……いや、無能だと感じる者もおるやもしれません」
「はっきり言いますね」
「単純な強さではカート様に敵わないが、国の統治は任せられない……そう思う者がデスルーシ様を……という可能性は否定出来ませんね」
「その確率は?」
「それに関しては、想像もつきません……しかし、もしもデスルーシ様が敗れ、別の者が王になったとしたら、その途端に魔王国は群雄割拠、血で血を洗う戦場になるかもしれませんね」
「貴方も、ですか?」
「……そうですね。私は王の座に興味ありませんが、デスルーシ様が築き上げた魔王国があらぬ方向に向かうのであれば、それは何としても阻止せねばなりませんね」
「この国のほとんどが、そう考えているんですね。力で王を決める魔族なのに?」
「魔物として生まれた矜持をデスルーシ様にぶつけられるとしたら、どれほど幸福なことでしょうか……ですが、それは全盛期のデスルーシ様に対してです。あ、私の実力は現在の魔王様の足元にも及びませんが……」
「ガリュムさんは弱く無いですよ」
「英太様、敬称は不要です。ガリュムとお呼びください」
この話を聞くぶんには、暗殺や下剋上に関しては、タルトの存在以外に不安材料は無さそうだ。
魔王デスルーシは全盛期ではない。老いてしまっている。跡継ぎ問題のゴタゴタが起こって……そこでの分裂は無い話ではない……か。
「それともうひとつ、魔王の亡くなった御子息に関して」
「英太様、それは資料に纏めてあります。順を追って説明をさせていただいても宜しいでしょうか?」
「はい。よろしくお願いします」
俺はガリュムの作った資料に目を通した。
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…………………………………………膨大過ぎるっ!!
全部読み切るのに、どれだけ時間がかかるんだ!? 名産品に『まーくんカレー』ってあるぞ。さっき教えたカレーのレシピじゃないか。仕事が早すぎる!
「ガリュム、ここまで事細かに知りたかった訳じゃ……魔王の息子たちの事もそうですけど、主な戦力とか、押さえておかなきゃいけない重要人物とか……」
「それは失礼致しました。良かれと思いまして、ゴシップから国家機密まで、余す事なく記載してありますので、後ほどお楽しみください」
「見てません。お返しします」
国家機密なんて恐ろしすぎる。
「いえ、資料自体はお持ち帰りください。魔王様から、新興国家を運営するにあたって必要な事を全て伝えるようにとのご指示がありましたので」
「……わかりました。有り難く受けとされていただきます。勢力に関しては何処に書いてあります?」
魔王はどうしてここまで至れり尽くせりなんだ? ゴレミに負けたから……って訳でも無いよな?
「では、お望み通り魔王様の御子息に関してですね」
魔王デスルーシの子供は過去に8人。それは本人から聞いていた通りだ。
長男 リズリザ (1020)
次男 マルク (902)
三男 ナビナ (333)
四男 スパイク (325)
五男 ハルフ(310)
六男 ファーファ (310)
七男 ミルベラ (102)
八男 カート (60)
享年ではなく、それぞれが生存していた場合の年齢だ。全員が男なのは、ハイエルフが女の子しか産み落とさない事に似ている。
生存者は八男のカートのみ。
長男と次男は亡くなった王妃の子供だ。
三男から下は全員側室の子供で、全員母親が違うらしい。
庶子である子供たちは、正式な王族という扱いを受けて、母親となった側室も、妻という立場にはならないが、特別な待遇を受けていたのだという。
タルトの年齢はサーシャより少し下だった。ガリュムの資料には、ハルフ王子は10歳の頃に死亡したと記載されていた。
「ガリュム、ハルフ王子の死因に関しての記載がありませんが……」
「一番気になるのは、ハルフ王子ですか? てっきり、ここ数年の間に立て続けに起こった、王子暗殺……のていを取った決闘に関して気になられているのかと思っておりました」
「そっちも気になりますが、思うところがありまして」
ガリュムは何かを見透かしたような顔をしている。ヴァンパイヤ特有の血色の悪さのせいかもしれないが。
「ハルフ王子は事故死だと聞いております。暗殺の可能性も否定出来ませんが、そのような証拠は、なにひとつ残っておりません」
「どのような事故ですか?」
「転落死で御座います。目撃者も多数いたとの事ですね」
「そうですか……」
ガリュムにとっても産まれる前の話だ。それが情報の全てなんだろう。その話を聞くとしたら、やはり魔王からになる。
「……じゃあ、最近立て続けに起こった暗殺のていに関してを……」
「くくくっ……取ってつけたようなご質問、ありがとうございます」
ガリュムが語った内容は、こうだった。
ナビナ、スパイク 、ファーファ、ミルベラの四人の王子は、ここ三年の間に死亡している。この資料にも『暗殺』と記載してあるが、正式な決闘を行った結果、カートの側近であるボルバラに倒されている。トドメまでキッチリとだ。
そのうちの二人、三男ナビナと四男スパイクが死亡したのは、この二ヶ月以内だという。
亡くなった王子の派閥が、体裁を保つ為だけに用意された『暗殺』という嘘。
上層部だけでなく、民もその嘘に気付いているそうだ。
王子たちの関係性など、詳しく聞いたのだが、情報が膨大過ぎて追いつかない。
とりあえずわかったのは、ボルバラに殺された王子たちは、全てカートよりも弱かった、ということだ。
……それなのに、カートは王子同士の決闘を配下に任せきりにしたのか?
「カート王子は、根本的にやる気がありませんから」ガリュムはやれやれといった顔を見せた。
その後もガリュムからページを教えて貰い、魔王国の主な戦力を把握していく。
上級魔族から魔獣に至るまで、総勢14億ともなる魔王国の頂点にいるのは、もちろん魔王デスルーシだ。
2,000歳を超えてなお王の座に君臨し続ける史上最強の魔王。不可侵条約が結ばれてからの魔族の平均寿命が120歳程度な事を考えると、びっくりするほどの長命である。
ちなみに全盛期は1,000年以上前だそうだ。
その下に護衛のバルゼが居る。戦闘力的には魔王を凌ぐが、国家としての地位はNo.2にあたる。
実はこのバルゼ、既に魔王に対して3度ほど戦いを挑んでいるのだという。結果は全敗。惜しかった事など一度もないそうだ。
挑戦をしなくなったのは、魔王の衰えを感じたから。最強だった魔王を倒せなかったバルゼは、力で優った今、魔王を護る生き方を選択した。
その下が『魔八将』と呼ばれる将軍たち。
昨日の会議に集まった面々がそうだという。魔王の息子『カート』は、その八人の将の一人であり、バルゼに次ぐ魔王国No. 3に位置しているのだそうだ。
実際、その実力は相当なものらしい。
リザードマンのカルビア、ヴァンパイアのゼス、サキュバスのハルパラ、キマイラのライム、ケンタウロスのクライン、サイクロプスのカンパネルラ、バジリスクのジュウ……それぞれが領地を運営している。
将軍であり、貴族のような立ち位置だ。
領土争いなどは起きておらず、正式な決闘以外で領主が入れ替わる事もない。
現在の八将のうち、カート王子とサキュバスのハルパラ以外は引退間近の高齢だという。
カートも60歳であるが、魔王の家系は長命であり、肉体的には人間で言うところの15歳かそこらのようだ。
資料にはそれぞれの勢力に関しての記載もあったが、その全てが魔王デスルーシに対立するものでは無かった。
皮肉にも魔王と対立の可能性があるのは、実子であるカートの勢力のみ。そこでも名前が上がったのは、カートの側近・ボルバラだった。
次の魔王を狙う為に魔王の命を狙うのが、世襲で魔王を継ぐ可能性のある息子……不思議な状況だ。
「何故、そのような予想をされたんですか?」
「デスルーシ様の統治に不満を抱く者はおりません。次代の魔王は現状維持すら難しいでしょう。国民に力を示す為に、世襲で継ぐよりも、魔王様を倒して勝ち得た王の座に価値を見出す事は想像に難しくありません」
「世間もその意図に気づきますよ。事実上最強のバルゼが王の護衛になっている中で、実子のカートが衰えた父親を倒すって……国民の心を掴む行為とは真逆じゃないですか?」
「ええ、私共はそう考えております。カート様にも、他の七将からそれとなく伝えております」
「カートをけしかけているのは、護衛のボルバラですか?」
「その通りで御座います。理由はわかりませんが」
そうすると、ますますタルトっぽいな。息子に無意味に殺される魔王……その状況を作り出す事は、復讐の範疇だろう。
国家運営に関わるのは、主にその面々だった。それとは別に武神バルカンがいる。
ダンジョンに篭って、自らを高め続けているそうだ。魔王が言う通り、単純な戦闘力なら魔王国随一らしい。
「なるほど……単純な戦闘力って、絡め手に弱いって事ですよね?」
「はい。バルカンには妙なプライドがありまして……策略の類は武ではないと考えているようです」
「勝利よりも誉れですか……国としてはそれでいいんですか?」
「他種族との諍いなどありませんから。それに、バルカンには魔晶石の生成という仕事もあります」
「ダンジョン内で、大量の魔素を放出して、クリスタルを魔晶石にしているんでしたね」
「ええ、クリスタルが増えて、バルカンも大忙しです」
「わかりました……大体こんなものですかね」
魔王デスルーシの声として、警戒しなければならないのは、自称息子の『タルト・ナービス』息子の『カート』カートの側近『ボルバラ』の三名と、その配下か……
「英太様、デスルーシ様からは、ご自身の事は?」
「ご自身……とは?」
「いえ、私の口からはとても」
言え、と言ったなら、ガリュムは口を開いただろう。それが魔王デスルーシの命令だからだ。それをさせるくらいなら、本人から聞いた方がいい。
……しかし、俺はなんとなく「それ」が何か勘付いていた。
「英太様……」
「何ですか?」
「私には、いえ、魔王国における全ての者に対して、敬語は不要で御座います。徐々にでも構いませんので、魔王様に対する様な口調に変えて行ってください」
……確かに、魔王にはほぼタメ口だった気がする。それは何というか、王として負けてはならないというか……
「はい。わかりました」
……タメ口って難しい。